雪解けの湿原|尾瀬「水芭蕉に会いに」フォトエッセイ
雪解けの冷たい水が、
足元の木道を静かに浸していく。
長い冬を耐え抜いた水芭蕉の白い苞が、
まだ開かない肉穂を守るようにして、
生まれたての光を浴びていました。
ファインダーを覗くとき、
私はただ「美しさ」を探すのではなく、
この湿原が吐き出した、
最初の一息を捕まえようとしていたのかもしれません。
プロローグ
都会で働く日々は、どこか焦点の合わない、ざらついた日常の繰り返しでした。絶え間なく流れ込む情報と、効率を求める声。気づけば私は、自分が本当は何に心を震わせ、何を美しいと感じていたのかさえ、見失いかけていたように思います。
5月24日。まだ雪の匂いが残る尾瀬へと向かいました。重いザックを背負い、一歩一歩、木道を踏みしめる。その微かな振動が、眠っていた五感をゆっくりと揺り起こしていきます。
「いい写真を撮りたい」
そんな、自分を縛り付けていた小さな執着を、雪解けの冷たい水にそっと流してみることにしました。
レンズを覗くことは、単に外側の世界を切り取ることではありません。それは、自分自身の内側にある「静寂」を見つめ直す作業であると。
三年の月日を経て再会した、水の中に咲く水芭蕉。
漆黒の闇に現れた、瞬きのような天の川。
そして、すべてを白く包み込む朝霧の中に架かった、真珠色の虹。
これから記すのは、不器用な私がカメラという鏡を通して、もう一度、この世界と、そして自分自身とつながり直した、ある春の記録です。

ここから先は
13,541字
/
19画像
¥ 290
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
