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随想録16 「キンシャサの奇跡」~モハメド・アリとジョージ・フォアマン

 1974年10月30日、ザイール共和国(現在のコンゴ民主共和国)の首都、キンシャサで、当時、世界中で10億人がテレビ中継を見たというあるスポーツの試合が行われていた。
 皆さんは何の試合かご存じだろうか。当時、WBA・WBC世界ヘビー級統一王座、ジョージ・フォアマンに、同じくWBA・WBC世界ヘビー級元王座、モハメド・アリが挑戦したのだ。

 アリは元々はカシアス・クレイという名だったが、ソニー・リストンに勝ってチャンピオンになった日の翌日にイスラム教に入信して、モハメド・アリと改名していた。そして、アリはその後、ベトナム戦争に反対し、兵役を拒否したため禁固五年の有罪判決を受け、王座を剥奪された上、ボクサーライセンスも3年7ケ月の間停止されていた。しかし、1970年の終わりからボクシングを再開していたのだった。

          法廷を出るアリ(1967年6月)

     トレーニング中のアリ(1971年 チューリッヒにて)

 この元チャンピオンと現チャンピオンとの対戦に、「ボクシング界世界最強の男」を決める試合という枠組み?を超えて世界は沸いた。それはモハメド・アリがただのプロボクサーではなく、イスラム教への改宗や徴兵拒否問題を通じて、そして「ホラ吹きクレイ」として、世界的な有名人になっていたからである。

 この二人の対戦の下馬評は圧倒的にフォアマンが有利だった。というのは、フォアマンが対戦当時、40戦無敗(内37勝がKO勝ち)と圧倒的な力を誇っており、その「象をも倒す」と言われたパンチ力で、ヘビー級史上最強の呼び声が高かったからである。それと同時に、アリがボクシング活動再開後敗れていたケン・ノートンやジョー・フレージャーといった強者たちをまるで問題にせずKOしていたことも大きな根拠になっていた。
 「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と言われた華麗なアウトボクシングで一世を風靡したアリも、ブランクの影響もあり、さすがに今回は分が悪かろうというのが大方の見方だった。

 事実試合は初回から圧倒的にフォアマンが優勢で、アリは「蝶のように舞い、蜂のように刺す」そのスタイルを封印(おそらくフォアマンには通用しないとふんだからであろう)、ロープを背にしてガードを固めながらフォアマンの「象をも倒す」という強打をずっと受け続けた。それはもはやボクシングの試合などではなく、ただの一方的なリンチ?のような異様な光景だった。当時、家のテレビでこの試合を観戦していた私などは、「フォアマンよ、どうかアリを許してやってくれ」と心の中で叫んでいた。

         フォアマンの強打にのけぞるアリ

 しかし、アリは屈しなかった。ロープを背にして、ガードの上からサンドバッグのように打たれても打たれても衰えることなき闘志でフォアマンを挑発する。そして「もっと打ってこい」と言葉の挑発にフォアマンがますますむきになって”殴りかかる”、という光景が8回の終わり頃まで続いた。

          ロープを背にして防戦一方のアリ

 そしてついにその時がやってきた。と言っても、アリがついにKOされた?いやその逆である。
 8回になると、パンチを打ち続けたフォアマンに明らかに疲労の色が見られるようになってきた。そして、8回終了間際、一瞬のスキをついてアリのパンチがフォアマンの顔面をとらえた。よろめくフォアマンにアリの速射砲がさく裂しフォアマンはダウン、レフェリーは無情にもカウント10を数えたのだった。アリのKO勝ち、まさに「キンシャサの奇跡」だった。

            フォアマンをKOするアリ

 信じられないような逆転劇だった。繰り出されたパンチの数はフォアマン100に対しておそらくアリ1くらいだろう(少しも大げさではない!)。テレビを見ていた私などは思わず、「マジかよ」とばかりに、テレビをまじまじと見つめた(当時私はそんな言葉は知らなかったが😁)。

 古希を超え、私も驚いた出来事に遭遇した事はこれまで数々あれど、このアリ・フォアマン戦もその一つである。
 ちなみにアリは1984年にパーキンソン病にかかり、その影響で喋ることや歩くことに困難をきたすようになったが、それはこのフォアマン戦でパンチを浴び続けたことが大きな原因と言われる。

 1996年のアトランタ五輪で最終点火者としてモハメド・アリが久しぶりに姿を見せた時、世界中の人が20年以上前のあの「キンシャサの奇跡」の光景を思い出した。そしてその震える手を見て、「アリがんばれ!」と心の中で叫んだのだった。

           アトランタ五輪でのアリ

 アリは2016年に永眠した。その葬儀には、アリに敗れた後人生観が変わり、28歳でボクシングを引退、キリスト教の牧師になり、心の平安を得ていたフォアマンの姿もあった(何と、フォアマンは1994年に45歳でWBA世界ヘビー級王座に返り咲いた!?。これにもビックリした)。追悼式は、アリ・フォアマン戦と同じく、世界中で10憶の人がその中継を見たという。

 それにしても、私は今でも妄想する。ジョージ・フォアマンとマイク・タイソン、この規格外の二人がお互いの全盛期に戦ったら一体どっちが強いんだろうと。そして、その全盛期のフォアマンに、まさに”頭”で勝ったアリ、「ウーン凄い!」とうなるしかない。

  好々爺然としたフォアマン(2016年 ラスベガスでの講演時)

 「宗教を見つけた時、私は彼に夢中になった。そして、アリは私にとってこれまでで最も愛する友人となった」と述べ、その逝去を心から痛んだジョージ・フォアマンも、2025年3月21日、76歳で帰らぬ人となった。合掌。

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