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noteは毎日投稿しなくていい。初心者が陥りやすい「継続」の罠

noteで収益化している方の記事を読むと、よく目にする言葉がある。

「まずは記事をたくさん書くことが大切」
「どれだけ良い記事でも、読まれなければ意味がない」
「収益化を目指すなら、毎日投稿したほうがいい」

どれも、決して間違った話ではない。

だからこそ、noteを始めたばかりの人は、こう思うのではないだろうか。

「自分も毎日投稿を頑張ってみよう」
「1日1記事くらいなら書けるはずだ」

しかし、ここにはnoteの挫折につながる大きな罠がある。

この記事は、noteを始めたばかりで、将来的に収益化したいと考えている方に向けて書いている。

毎日投稿を否定したいわけではない。

ただ、投稿頻度を優先するあまり、記事の質や自分の生活を犠牲にしてしまえば、収益化に近づくどころか、noteそのものを続けられなくなるかもしれない。

ここで一度、毎日投稿を続けることの意味について、立ち止まって考えてみたい。

毎日投稿が勧められる理由

まず、毎日投稿に意味があることは間違いない。

noteに記事を投稿すると、新着記事やフォロー中の記事として、読者の目に触れる機会が生まれる。

しかし、時間がたち、ほかの人が新しい記事を投稿すれば、自分の記事は少しずつ後ろへ移っていく。

投稿直後は見つけてもらいやすい。
時間がたつほど、自然に読まれる機会は減っていく。

それなら、投稿回数を増やして、読者の目に触れる機会を多くしたほうがいい。

この考え方は合理的であり、私も賛成している。

書かなければ記事は増えない。記事がなければ、読者に見つけてもらうこともできない。

問題は、毎日投稿そのものではない。

自分の時間や力量を無視して、「毎日投稿しなければならない」と思い込んでしまうことである。

そのペースを本当に続けられるのか

1週間くらいなら、気合いで毎日書けるかもしれない。

しかし、本業があり、家事や育児もある生活の中で、それを何か月も続けられるだろうか。

仕事で疲れた日もある。
子どもがなかなか寝ない日もある。
体調が悪く、何も考えたくない日もある。

そのような日でも「今日の記事を書かなければ」と自分を追い込めば、noteは次第に楽しい場所ではなくなる。

投稿することが重荷になり、記事を書くこと自体が嫌になってしまう。

毎日投稿を1日休むことより、無理を続けた結果、noteをやめてしまうことのほうが大きな損失ではないだろうか。毎日続けることだけを「継続」と考えなくてもいい。

収益化を目指すなら、短期間に何本投稿できるかだけではなく、半年後や1年後も続けていられるかを考える必要がある。

AIで量産すれば解決するのか

そこで考えたくなるのが、AIの活用である。

AIを使って短時間で記事を作れば、毎日投稿を続けられるのではないか。

私は、記事作成にかなりAIを使っているほうだと思う。

構成を整理したり、自分では気づかなかった視点を見つけたり、読みにくい文章を修正したりするうえで、AIは非常に役立つ。

それでも、AIが一度で作れるものは、基本的にはたたき台だと考えている。

AIに何本も記事を作らせていると、次第に違和感が出てくる。

「前にも似たような記事を書いた気がする」
「言っていることが、いつも同じだ」
「それらしいけれど、内容が薄い」

AIは整った文章を作ることが得意である。

しかし、文章が整っていることと、その人にしか書けない価値があることは同じではない。

内容の薄い記事を高い頻度で投稿し続けたら、読者はどう感じるだろうか。

最初は読んでくれたとしても、同じような内容が続けば、やがて「この人の記事は、もう読まなくていい」と判断されるかもしれない。フォロー中の記事として表示されても開かれなくなり、最終的にはフォローを外される可能性もある。

さらに怖いのは、「この人は面白くない記事を書く人だ」というレッテルを貼られてしまうことだ。

投稿頻度を増やすこと自体は間違っていない。しかし、記事の質が伴わなければ、自分の記事に価値がないことを、投稿するたびに広めてしまう。悪い印象を持たれたあとで信頼を取り戻すには、最初に信頼を得る以上の時間がかかるだろう。

収益化に必要なのは、一時的な表示回数ではない。「この人の記事なら、次も読みたい」と思ってもらえる信頼の積み重ねである。

毎日投稿は認知を広げる手段になるが、品質が低ければ、悪い印象まで広げてしまうのである。

数字を追うほど、他者の反応に振り回される

もう一つ、見落としやすい問題がある。

それは、毎日投稿を続けるうちに、他者からの承認に依存しやすくなることである。

noteを始めた頃は、私の記事を読んでくれる人は少なかった。

だからこそ、比較的気軽に投稿できた。
読者の反応や記事の完成度を、今ほど強く意識していなかった。

しかし、フォロワーが増えるにつれて、少しずつ読者の目が気になるようになった。

今日は何人に読まれたのか。
スキはいくつ付いたのか。
フォロワーは増えたのか、減ったのか。

数字を追い始めると、いつの間にか記事を書く目的まで、読者の反応に左右されてしまう。

「毎日投稿しているのに、誰も見てくれない」
「これだけ手間をかけても、スキが付かない」
「収益化までの道のりが遠すぎる」

その結果、疲弊して「もうやめよう」と思ってしまう。

当初、自分のために記事を書けばいいと思っていた私でさえ、読者の目を気にするようになった。おそらく、同じ状態になる人は少なくないだろう。

ここで大切なのは、自分の課題と読者の課題を分けて考えることだと思う。

読者が何を求めているのかを考え、役に立つ記事を書く。
ここまでは、書き手である私の課題である。

しかし、その記事にスキを押すか、フォローするか、商品を購入するかは、読者が決めることだ。

読者の反応は分析材料にはなるが、私が直接コントロールできるものではない。

自分にできることへ力を注ぎ、自分では決められない結果に心を奪われすぎない。その線引きがなければ、noteを長く続けるのは難しい。

もう1点、問題がある。

毎日投稿を続けていると、1日でも投稿しない日があることに不安を感じるようになる。

「更新を止めたら、読者が離れてしまうのではないか」
「連続投稿の記録を途切れさせたくない」
「休んだら、そのまま書けなくなるかもしれない」

これも、読者の反応や連続投稿という記録に、自分の行動を縛られている状態だと思う。

私は自分の時間を、できる限り自分で決めたいと思っている。

人生の時間をいつ、何に使うのか。その舵取りまで他者の反応に委ねてはいけない。

自分の生活を優先した結果、離れていく読者が一定数いたとしても、それは仕方がないと割り切る。

すべての人に読まれ続けることよりも、自分の生活を守りながら、必要としてくれる人へ長く記事を届けるほうが大切だからだ。

noteは短距離走ではない

noteの記事は、投稿したその日だけ価値があるものではない。

過去の記事が検索や関連記事から読まれたり、プロフィールを訪れた人がさかのぼって読んでくれたりすることもある。

記事は、少しずつ積み重なっていく長期資産である。

だからこそ、noteを短距離走のように考えないほうがいい。

フルマラソンで、スタート直後から全力疾走する人はいない。

自分の体力を把握し、最後まで走り切れるペースを守る。坂道では速度を落とし、余裕があるときには少しペースを上げる。

noteも同じではないだろうか。

自分の力量や記事に使える時間を把握し、その時々の生活に合わせて投稿速度を変えていけばいい。

毎日書ける時期には、毎日投稿する。
忙しい時期には、週1回に減らす。
どうしても余裕がなければ、しばらく休む。

アクセルとブレーキの配分は、自分で決めていい。

今の私にとって、note収益化は最優先ではない

帝王切開で次女を出産した妻は、体の回復が思うように進まず、昨日、残念ながら再入院することになった。

今は私一人で、長女と生まれたばかりの次女の世話をしながら、家事も回さなければならない。

一時的とはいえ、育児と家事を一人で担う生活になった。

父に長女の遊び相手を頼んだところ、快く引き受けてくれた。それが今の私にとって、大きな救いになっている。

こうした状況になれば、人生の優先順位は当然変わる。

noteを収益化したいという気持ちはある。

しかし、今はそこにアクセルを踏み込む時期ではない。

子どもたちの生活を守り、自分自身も倒れないようにする。今の私が最優先にすべきなのは、そちらである。

収益化を諦めたわけではない。

今の生活に合わせて、走る速度を落としただけだ。

大きな石から壺に入れる

「壺と石の話」という有名なたとえがある。

壺に砂や小石から入れてしまうと、あとから大きな石を入れる余地がなくなる。しかし、先に大きな石を入れておけば、その隙間に小石や砂を入れることができる。

大きな石とは、自分の人生で本当に大切なものだ。

家族、健康、仕事、自分の時間。

noteの毎日投稿に追われている人は、一度立ち止まって考えてみてほしい。

今、自分が最も大切にしなければならないものは何だろうか。

毎日投稿が、自分にとって本当に必要な挑戦なら続ければいい。

しかし、連続投稿を途切れさせないことが目的になり、大切なものを壺から追い出しているのなら、ペースを見直してもいいのではないだろうか。

毎日投稿しなくても、noteは続けられる。
休んだからといって、それまで積み重ねた記事が消えるわけでもない。

投稿頻度は、目的ではなく手段である。

他者の反応に自分の時間の使い方を委ねず、その時々の生活に合った速度で走る。

それが、noteを長く続け、結果的に収益化へ近づくための現実的な方法だと、今の私は考えている。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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私は、普通の会社員として、失敗から学びながら、お金・時間・心の余白を増やす過程を発信しています。
これまでの歩みや、noteを始めた理由については、こちらの自己紹介記事にまとめています。


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