彼女とわたしのちょうどよい距離
式典が終わり、ふわりと空気が緩んだ。笑みを含んだ会話の声と衣擦れの音。人波に押されてゆっくりと進む。前日にひねった足首が疼く。
階段の壁に手のひらと体重を預け、段の高さをさぐる。一段降りるたびに、重心がくずれて体が揺れる。
わたしの前を行く彼女が振り返った。
「気持ち悪いなぁ。ベッタリくっついてこないでよ」
息を呑む。目が合う。
「足くじいているから、追い越せないのよ」
吐き捨てるようなため息とともに、ぶっきらぼうな声が出た。
ほとんど顔を合わすこともないまま、数年がたち。ある日、彼女が隣に座っていた。短く切った前髪の下で、大きな目が朗らかに笑う。
「初めて会った日のこと、覚えてる?」
しばらくして、話を振ってみた。彼女は、まったく覚えていなかった。
「えっ、そんなこと言ったの?」
酷い女だと、自分のことを笑い飛ばす。
一緒に笑った。
リビングの窓にバイカウツギの白い花が揺れる頃、一枝、持って行った。
「バイカウツギじゃない。好きだって話したことあったっけ?」
さぁ、どうだろう。枝がはみ出た大きな包みを抱えて、帰っていく。
「あのさ、これ、良かったら使って」
彼女が差し出したのは、濃い赤色のマグカップだった。
「犬の器を探してたら見つけたんだよね。うちの夫婦もお揃いだけど」
彼女が溺愛する老犬と、お揃いの色の器。
共通の知り合いが、個展を開くという。彼女の運転で出かける。お祝いのワインも彼女が用意した。
ドライブレコーダーをちらりと見て、
「わたしの運転、Cとか言うの」
「どんな運転したら、Cになれるの?」
この日の運転はとても穏やかだった。
道すがら、以前から気になっていた店の前を——ここは通り過ぎるわけにいかない。窓際に座ると、後のテーブルはなにやら神妙な面持ち。口に人差し指をあてる。ただ、どうしようもなく、ふたりとも笑い声が大きい。
今日、職場で彼女の姿を見かけた。遠くから互いに手を上げる。
いいなと思ったら応援しよう!
今日も読んでくださって、ありがとうございます🐾