桑名くん と お弁当箱
透けるほど白く、か細い腕。その持ち主を、
わたしは勝手に『食えぬヤツの桑名くん』と呼ぶことにした。
彼を見かけるのは、休み時間のラウンジ。授業中もたまにラウンジ。放課後は広い教室の真ん中あたりのテーブル。
腕同様に全体的に極細のシルエット。顔は目が印象的かな。 服装はダル着。しかも彼の場合、寝て起きたまま? な感じのスウェットとTシャツ。
ここは専門学校。わたしが担当の学科とは別の科を履修する彼と、初めて出会ったのもラウンジだった。一緒にいた顔見知りの学生に、声をかけた。
「何してるの?」
「この間の…」
「あー、あれ引き受けたんだ。間に合いそう?」
「友だちに手伝ってもらってるから、なんとかなる。かな?」
産学協同プロジェクトの案件を、請け負うことにしたらしい学生。その手伝いをしてくれている友だちが、桑名くんだった。彼は、わたしの割り込みをものともせず、一心不乱にパソコンの画面と向き合っている。その指先に無駄な動きはまったくない。空中を滑るようにキーを叩き続け、次々と作業をこなしていた。
そんな出会いではあったけれど、会うたびに次第に言葉を交わすようになり、妙に馬が合うことを認識するようになった。
スマホゲームに興じる学生たちを、ラウンジの手すりに寄りかかって眺めていた時だったと思う。話題はゲームのことになり、彼は言った。
「中学の時、僕、ゲームで死ぬ手前までいっちゃったんですよ」
それ以来、ゲームには一切手を出さなくなったという。
とはいえ、彼は、とことんやり尽くさないと治まらないタイプらしい。最近は、よく絵を描いている。タブレットの画面を拡大してペンで描く。しかも仕上がったら膨大なサイズになるだろう細密画。
手すりに乗せられた彼の細い腕を見る。
「あのさ、食べてる?」
聞かずにはいられない。
「食べることに、ぜんぜん興味ないんですよね~」
それが、彼の応えだった。
食えぬヤツの桑名くんは、食わない、食えない、桑名くんだった。
ある日の放課後、帰り際に彼が座るテーブルの横を通りがかった。あいさつを交わし、通り過ぎようとして、蓋をあけたままのお弁当箱が目に入った。食べた形跡はない。
友人たちと会話し、笑う彼の横顔を見て、再び、お弁当箱に目を移す。小さなお弁当箱。明太子の片腹の残りを切り分けて、冷蔵庫に収める時に使う容器ぐらいの小ささだった。
数日後、彼はいつものラウンジにいた。手すりにもたれかかり、友人と話をしている。わたしはその友人に話しかける。
「ねぇ、桑名くんのお弁当箱知ってる? こーんなに小さいの」
片手で小さくコの字を示す。
「けどね、ウインナーとほうれん草と、卵焼きと……いろいろなおかずが、ぎゅうぎゅう詰めになっているの。色とりどりでね。本当においしそうなの」
このあたりから、声に苛立ちが混じってくる。
「食欲そそがれるでしょ。栄養もありそうでしょう。なのに、桑名は食べないの」
桑名くんの小さなお弁当箱には、おかあさんのせめてもと願う声なき声が、ぎゅうぎゅう詰めにされていた。
感情が昂ぶってきて、声が震える。
「おかあさんの、……おかあさんの気持ち」
最期は独り言みたいに小さくなっていた。
「……泣きたくなったよ」
彼は後ろを向いてうつむいたままだった。
それからは顔を合わすこともなく、卒業式の日。
座席に着くと、通路をはさんだ席に桑名くんが座っていた。
あいさつを交わした後も、彼は、なにやら言いたいことがありそうな雰囲気を醸し出して、こちらを向いている。
結局なにも言い出さないまま滞りなく式は進み、記念写真の撮影となる。
彼は、後をついてくる。わたしの隣に立つ。
口の悪い講師が、声をかける。
「おっ桑名、今日はキメてるね。いつものでやり通せばカッコイイのになー」
そういえば、ダル着専科の桑名くんが、ビシッとした服装をしている。
「うるさいなー」とか適当に相手をしながら、ボソリとつぶやいた。
「おかあさんが、ちゃんとした格好をしていきなさいって、言ったから」
「えっ、……そうなんだぁ」
わたしの顔は少しずつニヤけてくる。
また、講師から声がかかる。
「卒業生は前だろ。早く行けよ」
「いいだろ、僕は先生の隣にいたいんだ!」
桑名くんが、やけっぱちの大声で叫んだ。
まわりにいた講師たちが、一瞬、ポカンとして、それから笑い出した。
彼の、声にならないメッセージが、じんわり伝わってきた。並んで写真に納まろうと思ってくれて、ありがとう。だから、わたしも提案する。
「じゃぁ、腕組んで写真撮ろっか」
桑名くんは驚きながらも、その細い腕を差し出してきた。
『おかあさん、いい息子さんですね』
卒業記念写真ができあがってきた。
後ろの方で、腕を組んだ二人組が笑っている。
(本文 1,911字)
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