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自己紹介|ネコとわたしと物語エッセイ


姉と車で移動中のこと。

「この道もわたしが高校の頃まで砂利道だったのにね。ボンネットバスでさ」
唐突に姉が言った。
「高校の頃までって、いくらなんでもそれはないでしょ」と応えて、
わたしの脳は記憶をさかのぼる。


バスといえば、路線バスに乗って市街地の幼稚園に通っていた。姉とは歳が離れているが、姉の記憶が確かなら、ボンネットバスに乗っていたことになる。けれど、バスの形は覚えていない。

帰りのバス、終点まで乗るのはいつもわたしぐらいで、運転手さんと仲良しになった。丸い大きな顔の運転手さんだった。

ある日、他の乗客がいなくなったところで、いつも通り一番前の席まで移動しようとバスの中を走り出したわたしは、宙を飛ぶ勢いで転んでしまった。

バスが止まり……、

運転手さんは窓を開け外に向かって誰かと話している。わたしは、起き上がれないままメソメソしていた。

と、新聞紙が目の前に差し出され、なんだかあったかい。焼き芋だ。丸い大きな顔がのぞき込んでいた。

通りすがりの焼き芋屋さんから、窓越しに買ってくれたのだ。

そんな時代を走っていたバスだから、
やっぱり、ボンネットバスだったことにしよう。


わたしは、そこそこ広い盆地を流れる一級河川の、ほとりにある集落で育った。ぐるりと囲んだ丸い山の後方に、高く鋭角な山の峰が連なっている。

堤防がいつもの遊び場で、ピアノの稽古がある日もサボっては川へ遊びに行った。火の見櫓の拡声器から、有線放送の「ほよちゃん、ピアノのお稽古の時間です」と、母が依頼したであろう文言が追いかけて来る。

川には木の橋が架かっていて、時折、車が通る。車は人の歩く速さで進む。橋が壊れるかもしれないから。ガタガゴトガタゴト音が近づいてきて、遠ざかる。

わたしは、欄干から身を乗り出して、川面を眺めるのが好きだった。
流れを見つめていると、自分が川をさかのぼって行くように感じた。目を上げ、あの山の向こうまで行こう。山の向こうには何があるのだろう。行ってみたいと思った。


やがて、高校を卒業したわたしは、東京の学校へ進学した。
そして「山が見えないから」という理由で卒業と同時に田舎に帰ってきた。

山の向こうが、思ったほど魅力的ではなかったというわけではない。ただ、山が見えない場所は、どうにも落ち着かなかった。

そんなことを言いつつも、好きな仕事に就くとせわしない日々を送り、合間を縫って友人と遊び、それから恋をして破れ、自前の家を建て、山どころか家の庭さえまともに見ることなく過ごしていた。

そんな中、父を亡くし半年たった頃、ガンを告知された。


3回目の抗がん剤治療を受けて8日目、細胞が爆発する夢を見て目覚めた。

玄関先に出ると、かすかに動く気配。目をやると、藤棚に垂れた薄紫の花房が、 風に吹かれて揺れていた。

釣られるように目を上げると、 堅いつぼみをぎっしりと握り締めたナナカマドの木、 もう花の時期は過ぎて青々としたコブシの高木、 そして白っぽい空。 5月の空気は、生命にあふれているように感じた。

光のひとつぶひとつぶが、『見える』気がした。 手をかざすと、光を掴みとれる気がして、 思わず手をのばし、空を掻いていた。

『あったかい』 陽の光に包まれているのを感じている自分に気づいた時、 『感じてる!? そっか、生きているんだ』

身体の奥の芯と思われるところから、ものすごく強いかたまりが突き上げてきて、からだは生きるようにできているんだと気づいた。


ガン細胞だけでなく、全身の元気な細胞をも叩き潰す抗ガン剤に、すっかりまいっているわたしを、細胞たちは怒っている。細胞たちを助けなきゃ。

インベーダゲームさながらにガン細胞と戦うシミュレーションで、ガンを克服したという少年を見習って、わたしも闘いを開始した。

近所の農家のおばちゃんが届けてくれる有機栽培のキュウリやトマトから生命をもらい、父の一周忌に仏前に供えられた高級な果物もすべて私の肚に収まった。固形物を飲み込めなくなった夏を桃の汁を吸って乗り切った。

治療の為に病院へ行くと、病院中で一番元気な患者と言われ、看護師さんたちから他の病室への見舞い循環を仰せつかるほどに、気合いは十分だった。


が、あろうことか、勤めていた会社からリストラの噂が流れてきて、休業中だったわたしは第一候補。最後の治療を終えた翌日、わたしはガン患者から失業者になった。

家のローンがまだまだ残っている。かつらを被り職安へ。書類に記入しようとペンを取ると、手が震えて名前さえうまく書けない。
「更年期障害ですか?」申し訳なさそうに係員の女性から声がかかる。

「いえ、治療の副作用がまだ残っていて」

彼女は職業訓練の講座をすすめてくれた。重い教科書とパソコンをバッグに詰め、軋む肩に背負って半年間。若者たちと一緒に学んだ。徐々に体力も回復していった。


以前、一緒に仕事をした仲間たちが声を掛けてくれる。ほんとうにありがたい。講座に通ったおかげで、できる仕事も増えた。

わたしは、フリーランスで働くことにした。少しペースを落とし、けれどローンは払わねばならぬ。


ローンを払い終えた時、全身から力が抜けた。きっちり計算して、短いローンを組んでいた自分を誉める。そんな折、母を亡くし、ガンが再発した。

「あんたってば、親を亡くす度に、どおなってんの?」
姉が呆れるのも無理はない。
「親も親だよ。どうしても一緒に連れていきたいのぉ」
姉は涙を溜めて憤慨している。
「いやいや、最近の治療はガン細胞だけやっつけて、副作用もあんまり無いらしいよ」

その言葉通り、この度は治療中にもかかわらず、前より元気じゃない? と言われながら仕事も続け、治療を終えた。医療の進歩に感謝しかない。

ちなみに、一回目とは別の病院で治療を受けたのだが、ここでも病院中で一番元気な患者と言われた。わたしは悟りを開いたのだろうか。いやいや、ただの脳天気。そういえば、わたしは晴れ女だ。


縁あってネコと暮らし始めたことがきっかけで、ネコの視点を手に入れたのか、今さらながら、のんびりと庭を眺めるようになった。


畑と田んぼばかりだった集落の周りは、今や、家や店舗が建ち並び、路線バスが走る道も片側2車線になっている。

一級河川に架かる橋は、上りと下りそれぞれにコンクリートと鋼材の美しい姿に変貌している。

山は変わらない。

ぐるりと囲んだ丸い山の後方に、高く鋭角な山の峰が連なっている。
この場所が好きだ。


ネコと今日の庭と、遠い記憶も含めて、文章でスケッチしていきたい。そう思った。






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ほよこ 今日も読んでくださって、ありがとうございます🐾

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