向こうは向こうで生きている
ある日、カーテンを開けると、うっそうと茂る庭があった。
えっえーーーっ。
わたしはこれまで庭の草一本抜いたことがない。その事実を思い出した。
というか、植えた記憶もないけれど……。
庭仕事1年目。長靴と作業用手袋、ネット付きの帽子を購入。格好だけ一人前。そこら辺にあった錆びた剪定鋏を使って、ジャングル感を創出するシダ類をざくざく刈ってみた。実家の高枝挟みを借りて藤のツルを切ってみた。
2年目。思いがけず群生したキクザキリュウキンカが、心を潤してくれた春。マイ剪定鋏を買い、陽の光を求めて藤の剪定に乗り出す。小型ののこぎりを見つけ、それでは足りずレシプロソー(電動のこぎり)に手をのばす。どう頑張っても、高木には手が届かない。実家に来た庭師さんが、ついでに我が家の高木にも手を入れてくれた。
3年目。ほっとしたのもつかの間、途方もない数の新芽が出て、ゴイゴイ伸びる様に驚愕する。それはさておき、藤の花穂がかつてのように長く垂れ、剪定の成果かとひとりほくそ笑む。伝統工芸の草引鎌を見かけて『これだ!』と小躍りする。年に数回は庭仕事をするようになった。
今、ここ。
こちらは穏やかに暮らしたいだけなのに、向こうは向こうで生きている。
高木の根元にこんもりと積もった落ち葉を、かたづけたほうがいいんだろうなと眺め、視線をあげたその時だった。根元に脚立を置き、あの二股に登れば、あそこの枝に手が届きそうだ。
途方もない数の天に立ち向かう枝をなだめるべく、レシプロソー片手に木へよじ登る我が身が脳裏に浮かぶ。
『やればできるかも』その気になっている。
自然の理に触発されて、思ってもみなかった世界へ踏みこもうとしている。
もしかしたら、草木と清遊するわたしになれるかも。
根元の枯れ葉を掻き集める。ギュウギュウに押し込んで、あっという間にりんごのコンテナ2個が溢れかえった。半分も片付かない。
腰に手をあて、二股を仰ぎ見る。
……なれないかも。
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