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壱(壹)岐神社 Iki Shrine 福岡市,西区

2025年11月28日(093)

朝の早めに生の松原にあります、壱(壹)岐神社にお詣りしてきました。本殿から海にかけて参道があり、海端に鳥居があるのが特徴的な神社かと思います。

それでは神社の本殿セクションから。

鳥居越しに拝殿をば。


壹岐宮
壹岐神社

御祭神 壹岐真根子命
創立 延宝八年 明治五年十一月三日 村社
御神徳 仁愛開運
例祭
十月十五日・九月一日・七月二十八日
由緒
壹岐真根子命 武内宿弥の身代となり無実の罪にて死亡
信仰篤き黒田藩主はその忠魂に稱えな
 松林四千百弐拾八坪を安永四年五月寄附せられる
近くに神功皇后様の植えられた
逆松は有名である(戦勝祈願)

鳥居 安永三年 午 正月
従四位 源朝臣継高公 寄附

奉納 壹岐神社
壹岐神社
三階松の紋。
壱岐神社(いきじんじゃ)

壱岐神社は、壱岐直真根子(いきのあたいまねこ)を
まつっています。『日本書紀』によれば、
武内宿禰(大和朝廷の初期に活躍したという伝承上の人物で大臣などをつとめる)は、都を留守にしている間に反乱の罪を着せられました。壱岐直真根子は、武内宿禰を助けるため、身代わりとなって亡くなりました。やがて無実であることがわかりましたが、壱岐直真根子が自分の命を犠牲にしてまで武内宿禰につくしたことから、ここに祭神としてまつられました。
生の松原の地名は、神功皇后が松の枝を逆さにさして戦勝を祈ったところ、松の枝が根つき、生き返ったという逆松の伝説にちなんで名付けられたと言われています。
7月28日 夏祭り
9月1日 八朔祭り
10月15日 秋祭り
『日本書紀』によれば、武内宿禰の身代わりとして
亡くなった壱岐直真根子を御祭りした社とされています。
生の松原の地名は、神功皇后が松の枝を逆さにさして
戦勝を占った際、その枝が生きて栄えた伝説に
由来します。この松は、その後枯れてしまい、
幹だけが当社に奉納されています。
現在、海岸には「逆松」の石碑と共に、
逆松にそって生えたとされる松が残っています。
この辺りは古くから名所として知られ、
文明12年(1480年)連歌師宗祇も
この地を訪れ歌を詠みました。

それでは海の方を目指して行きます。

松もたくさん落葉していた。
本殿から一直線に海の方を目指すとございます。
この日は雲が多めで、
陽が射したり曇ったりを繰り返しておりました。
見えて来ました。
鳥居越しに玄海島を望む。
海端の鳥居。一の鳥居。
松林。
海岸線にある病院。
小戸公園のヨットハーバー。
切り株三連星。
木漏れ陽が射して気持ち良い。
以上、壱岐神社でした。

この辺りは、元寇防塁や生の松原、長垂海岸、小戸公園など、海岸線がとても充実しています。歴史的にも重要な地域かと考えるのですが、残念ながら元寇防塁は本の一部が保存されているだけですね。

先に挙げた海岸線をひと通り歩いて、電車に乗って移動する、というのもかなりアツい行程ではないかと思いますよ!おすすめです。

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