時を駆けるコラショ
段ボールを開ける。
思わず声が出そうになる。
お前、まだいたのか…!
かつて私の頭の中に延々居座り続けた相手が、久方ぶりに現れた。
「めざましコラショ」との、15年ぶりの再会である。

「コラショ」というキャラクターをご存知だろうか。
ベネッセの小学講座に登場する、しまじろう的ポジションの赤い生き物である。
(今調べたら「赤いランドセル」をモチーフにした妖精らしい。初耳。)
私にはコラショとの、ちょっとした因縁がある。
学生時代、ベネッセの付録を検品するアルバイトをしていた。
付録を目にするたび、自分の小学生時代とは様変わりしたデジタル機器のそれらに日々驚かされたものだ。
その中でも忘れられないのがコラショの目覚まし時計だった。
検品のためボタンを押すたびに、元気いっぱいの声が響く。
「ヨイショ、コラショ、がんばろう!」
朝から晩まで、何度も何度も。
しまいには「ヨイショ」の「ヨ」が聞こえた瞬間に反応できるくらい耳に染みつき、前向きなセリフを表情ひとつ動かさずに吐き出し続けるコラショに嫌気が差し始め、最後の方は目覚まし時計ごと窓から投げ捨てたい気持ちになっていた。
そんなコラショと、まさか15年後にまた暮らすことになるとは。
人生、何があるかわからない。
息子は昔から寝つきが悪い。
「もう寝る時間だよ」
そう言って寝室に行ったはずなのに、ばぁばに電話をかけたいと言い出しおしゃべりが続き、1冊だけと決めた絵本は2冊になり、3冊になり、おしゃべりが始まり、眠れないからお話してと言われ、ようやく絞り出したオリジナルの物語が完結した瞬間にリビングに戻ると言い出し、それを止めると怒りだし。
眠くない日もあれば寝たくない日もあるのもわかる。
しかし君はまだ5歳児なんだ、さっさと寝てくれ。
こちらもイライラして叱ってはさらに興奮する息子。「あれ、眠気とは逆方向に事が進んでいるぞ」と我に返る頃には時計は23時を指している、なんていうこともしばしば。
寝ない子どもなんていない、誰だっていつかは寝るものだ、という言葉を聞くと、そりゃそうだよなと思う。
試しに眠くなるまで起きてていいよ、と言ってみたら、夜中の1時まで元気に楽しく遊んでいた。なるほど、もっと粘ればいつかは寝るのだろうけど、さすがにこれは違う気がする。
もはや手は尽くしたと思い、あきらめの境地。
そうそう、一緒に寝てくれるのなんて今だけだしね。
こうやって、いつか手を離れていく息子に思いを馳せて自分を奮い立たせる技の効果も、氷が溶けきったアイスコーヒーぐらいに薄れてきていた我が家に、めざましコラショがやってきた。
15年ぶりのめざましコラショは、なかなかの成長を遂げていた。多機能すぎる。
しゃべる。
光る。
話しかけられる。
こんなものを寝室に持ち込んだら、寝るわけがない。説明書を目で追うほどにイラついてしまう。
めざましコラショを手にした息子は、その夜、案の定大興奮だった。
何度もボタンを押し時計を光らせては時刻を確認している。
操作方法がわからずやみくもにボタンを押しては突然音が鳴る。
「おしゃべりしよう!」などとふざけたことを言い出すコラショに怒りが湧く。今何時だと思ってるんだ、お前が1番それをわかってるんじゃないのか。
取り上げたい。
でも相手は目覚まし時計である。こいつを寝室から追い出すのは本末転倒という気もする。
「いつめざましなるの?」という息子に「寝たら鳴るからね、寝ないとずっと鳴らないよ、ほら目つぶって」と返すやりとりを何度もして、早1時間半。
ようやく息子が眠りについた。
夫に「ベネッセって何考えてんのかな?あんなのわくわくして寝ないに決まってるよね!?」と文句をぶつけ、夫は「まぁ初日だしさ、自分の時計がうれしいんだよ」と理解を示す。くそ、あんたも息子とコラショの味方か。理不尽とは分かっていても、無性に腹が立つ。
しかし翌朝。
息子は目覚ましが鳴るより早く起きて、自分でアラームを止め、一人でテレビを見ていた。
いつも寝つきが悪いせいで、朝も何度声を掛けても起きないのに。どんな音で息子を起こしたっていうのだ。あれか?「ヨイショ、コラショ、がんばろう!」か?すごいなコラショ。
さらにその夜。
「おやすみタイマー」という機能を発見する。
寝る時間を設定すると、一時間前、三十分前、そして寝る時間にアラームが鳴るらしい。
その日から、息子は三十分前のアラームを聞くと、
自ら「歯みがきしよう。」と言うようになった。
歯磨きが終わると、寝る時間のアラームを今か今かと待ちながら「早く寝たいのにな」
と、衝撃発言まで飛び出す。
なんだと?これまで何時間も寝かしつけをさせられてきた私からすると、西から陽が昇るレベルの信じられなさだ。死語かな。
寝室に行くと「電気を消して」と息子が言う。
暗闇で光るエアコンのランプが怖いからと、ずっと部屋の電気をつけたまま寝ていたのに。
「布団をかけて、きれいにね」だって。
ばぁばにテレビ電話はしない?絵本は?ママとおしゃべりは?
と思っていたら、めざましコラショに「おやすみ」と話しかけている。
おしゃべり機能だ。
気づけば寝息が聞こえてくる。
あまりにもあっけなくて、私はしばらく寝顔を眺めていた。
今までずっと夢見てきた。
すぐに寝てくれたら、夜の時間ゆっくり過ごせるのに。
寝かしつけの時に叱らずに済めば、今日が楽しい1日で終われたのに。
急に叶った。
コラショに金一封包みたい。お前、すごいやつだったんだな。ずっと嫌ってて悪かったよ。
でも、一つだけ想定外だったことがある。
息子がすんなり寝てしまうのが、思いの外寂しい。
息子が自分で寝て、自分で起きるという日々が5日続いた。
私は早くも、自分が求められていないことに虚無感を覚えている。ないものねだりにも程がある。
あれほど「早く寝てくれ」と願っていたのに。
何年も夢見た未来だったはずなのに。
寝かしつけは大変だった。早く終われと何度思ったかわからない。
でも、こんなにあっさりと終わりが来るなんて聞いてない。もうちょっとグラデーション付けてくれないと。
昨夜も息子がコラショに話しかけていた。
「いまなんじ?」
見当違いの返事がくる。
どうやら音声認識は少し苦手らしい。
「コラショ、ぜんぜんぼくの話きいてくれない。」
そうでしょ、コラショなんてダメでしょ。ママとしゃべろうよ。
そう思ったけれど、その言葉は飲み込んだ。
代わりに、眠ろうとしている息子へ小さく声をかける。
「おーい。」
薄目を開けて、
「なにぃ?」
と笑う息子。
そのやり取りが、なんだか名残惜しくて、つい毎晩やってしまう。
夜は寝ない。
朝は起きない。
…はずだったのに。今では、朝は目覚ましより先に起きて、コラショがしゃべる瞬間を今か今かと待っている。
できるようになれば楽になると思っていた。実際かなり楽になった。
下の子も生まれて、別の種類の大変さが増している中で、今日も寝かしつけが2時間近く続いたなら、絶対に地獄だ。
わかっちゃいるんだけど、「ママ、見て」「ママ、一緒に」が少しずつ減っていく。
親って勝手な生き物だ。
あんなに終わってほしかった時間を、今度は惜しんでいる。
コラショ。
君とは、思っていたよりずっと長い付き合いになりそうだ。
これからも息子を起こして、寝かせて、たまには話を聞き逃しながら。
どうぞよろしく頼みます。君が役に立たないときは、私がいつでも代わりますのでね。
