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週刊オールライター第133号 「思い詰めた時に救ってくれた曲 その歌手は、昔の推しでした」

皆さんは、人生で思い詰めた時に救われた曲はありますか?
大好きなアーティストの曲、たまたま聞こえてきた曲の歌詞が刺さった・・・というような経験をお持ちの方がいらっしゃるでしょう。
私も、その経験があります。それも、その曲を歌っていたのは幼稚園の頃「推し」だった方が組んでいたユニットでした。今回は、その思い出を語ろうと思います。


1. 私を救ってくれた曲 フレンズ「泣いてもいいですか」

今回ご紹介するのは「泣いてもいいですか」です。この曲は、フジテレビでかつて放送されていたクイズ番組「クイズ!ヘキサゴンⅡ(以下「ヘキサゴン」と表記)」にレギュラー回答者として出演していた俳優のつるの剛士さん・崎本大海さんで結成されたユニット「フレンズ」の曲です。2009年夏に放送された大型生放送特番の「FNSの日」の総合司会を「ヘキサゴン」の司会をしていた島田紳助さんが務めることになり、彼に指名される形でつるのさんと崎本さんがテーマソングを担当することになりました。それが「泣いてもいいですか」です。

2. 「ヘキサゴン」が大好きだった私 人生初の推し活は羞恥心とつるのさんでした

幼稚園の頃の私は、「ヘキサゴン」が大好きでした。水曜19:00は必ずフジテレビを見ていました。好きになった理由は今でも分かりませんが、ヘキサゴンを見ることが幼稚園の頃の習慣になっていました。この番組は、2008年の「Pabo」誕生以降以降番組打ち切りまでの3年間、数多くのユニットが生まれていきました。その中でも私の心に強く印象に残ったのが、「羞恥心」でした。このユニットは、つるのさん、野久保直樹さん、上地雄輔さんの3人からなるユニットです。歌のコーナーで羞恥心が登場するとテレビの前で彼らの真似をしていましたし、さらに親からデビューシングル「羞恥心」を買ってもらいました。また、母は羞恥心がヘキサゴン以外の番組に出演することを知ると、録画してくれました。それが、人生初の「推し活」でした。
ちなみに私がアイドル趣味を始めたのは、ヘキサゴンが放送終了した7〜8年後のことです。

3. 「泣いてもいいですか」に救われた出来事

私が「泣いてもいいですか」に救われた日の思い出は、今でも忘れられません。
この出来事は、第120号「卒業旅行in静岡&大阪 友の応援と緊急事態、そして・・・」でも書いていますが、私が立ち直った出来事に、フレンズが関係していることは書いていませんでしたので、その模様も含め改めてここに書きます。

それは、2025年2月21日のこと。その日私は大学卒業記念のひとり旅行で静岡・大阪に行っていました。旅行2日目だったこの日は、東海道新幹線こだまと近鉄特急ひのとりを乗り継いで静岡から難波に向かい、難波にある金龍ラーメンで昼食をとりました。食べ終えた私は、友人から届いたLINEを見たのですが、その内容があまりにもショッキングな内容でした。それは、トラベルライターとしてご活躍されていた横見浩彦さんがお亡くなりになられたというものです。新型コロナウイルスに感染されて以降、体が弱くなられたことをXで知ってはいましたが、その訃報はまさに「急逝」でした。

横見さんは、日本全国のすべての路線の全ての駅を制覇したことで有名になったトラベルライターでした。漫画「鉄子の旅」シリーズの案内人としても有名で、私もこの漫画でやっていた「初乗り料金で1都6県大回り」という乗り鉄方法に影響を受け、中学2年の夏・大学1年の誕生日と2度も真似をしました。
また、私の恩人でもある鉄道ライター・栗原景さんの鉄道ライターデビューに深く関わっている人物でもあり、鉄道趣味業界各方面への影響力が大きい方でした。実は、栗原さんと横見さんが出会っていなければ、栗原さんが鉄道にまつわる記事を書くことはなかったそうで、当然この出来事がなかったら私と出会っていなかったのです。
1ヶ月前に栗原さんがご出演されていたトークショー「恋する!たび鉄部」の懇親会でその話を聞き、縁の大切さを痛いほど実感した私は、この時から横見さんの存在感がより大きくなったのですが、その存在が突如としていなくなったのです。ゆえに、ショックは大きすぎました。

難波から乗車した近鉄奈良線急行。

どうにか気を紛らわすべく、私は再び近鉄電車に乗車し、大阪上本町駅を目指しました。とあるお笑い芸人さんが自◯したニュースを聞いて、母方の大叔父のトラウマが蘇った時に、乗り鉄をして気分を紛らわすことができたため、この際も同じ乗り鉄という手段を選択しました。
この時立てたルートは、大阪難波駅から近鉄奈良線で大阪上本町駅、大阪上本町駅から大阪線に乗り換えて大和八木駅、大和八木駅から橿原線・京都線で丹波橋駅に出た後、丹波橋駅からは京阪本線で祇園四条駅に向かい、そこから歩いて私が通っていた大学の宿泊施設に向かう予定でした。

上本町からは、大阪線が分岐しています。

しかし、大阪線の準急乗車中にだんだん吐き気を催し、ついに耐えきれなくなり五位堂駅で緊急下車、トイレに駆け込みました。大阪線の準急・急行・快速急行に充当される車両にはトイレが設置されていることは知っていましたが、仮に車内のトイレで嘔吐したとしてもその処理のために車内点検やそれに伴うダイヤ乱れに発展する可能性があり、何の関係もない人たちを巻き込む訳にはいかないと考え、五位堂駅で緊急下車という判断を下しました。
幸いにもえずいただけで嘔吐に至ることはありませんでしたが、足元がフラフラして動悸が聞こえ、このまま乗り鉄を続行するのは困難な状態にまで精神状態が悪化していました。その結果、乗り鉄を五位堂駅で打ち切りました。
ホームで列車を待っている際、藁にも縋りたい思いから、私がその当時住んでいた市の心の相談ダイヤルに電話しました。

青山町行き急行。

なんとか電話がつながり、苦しい胸の内を聞いてもらった後、五位堂駅からの最短ルートで祇園四条駅に向かうことにしました。
一度鶴橋駅に戻り、JR大阪環状線に乗り換えて京橋駅、そこから京阪特急で祇園四条駅に向かうルートが最短なので、このルートで宿に向かいます。

大阪線急行。
鶴橋駅で乗り換えた大阪環状線。
京阪特急。
枚方市駅から祇園四条駅までは2階席に着席しました。

祇園四条駅で下車し、下鴨神社と祇園花月の前を通り、大学が運営する宿泊施設に到着した私は、すぐに横になりました。道中買ったホットミルクティーを傍に置き、ベッドで安静に努めました。

そして数時間後、三条河原町へ夕食を食べに行き、その帰り道にふと私の頭の中を流れた曲がありました。それが「泣いてもいいですか」だったのです。
ここまで前置きが長くなりすぎて申し訳ないですが、ここで「泣いてもいいですか」が登場しました。
ヘキサゴンが大好きで、つるのさんを推していた私は昔を思い出して懐かしくなり、YouTubeで検索して再生したところ、その歌詞が突き刺さってきました。

夕食後の散歩で撮影した京都三条大橋。
東海道の終点です。
下鴨神社。
電話相談の方から温かい飲み物を飲むように勧められたので、ホットミルクティーを買いました。

そして、もう一度別の電話相談に電話した私は、温かいミルクティーと温かい布団に包まれて眠り、翌日見事に回復しました。

4. 救われた理由

「泣いてもいいですか」に救われた理由ですが、バラード調のメロディーに載せてつるのさんと崎本さんが
「君の代わりに僕たちが泣いてあげるから、もう泣かなくてもいいよ」
と言ってくれたような気がしたからです。
ヘキサゴンを見ていた当時は、幼稚園〜小学校低学年でした。なので、歌詞の意味を考えたことはありませんでした。
それから15年以上経った今は、歌詞の意味を考えて歌えるため、歌詞と曲調が傷ついた私の心ににグサリと刺さってきたのでしょう。


むすびにかえて

今回は、私がかつて推し活をしていたつるの剛士さんが、崎本大海さんと組んでいたユニット「フレンズ」の曲「泣いてもいいですか」に救われた出来事をお送りました。
皆さんも、心を救われた曲はありますか?コメントでぜひ教えてください。

それではまた。

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