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凍りついた時を壊して、挑むのは

横浜アリーナというハコは、私に初めてのライブ体験をくれた場所だった。
煌びやかな照明に、会場の温度をあげる炎、そして、色とりどりのペンライトの海。
DVDで観ていたような景色が、目の前に広がっている。
まさかそのなかに自分がいるなんて、まるで夢のようだった。

初めてのライブ体験から、干支が1周と少し。
もういい歳の大人になった私は、ライブというものにも慣れ、横浜アリーナを「目つむってでも行けるよ」と言うまでになった。
もちろんナメているわけでも、あの時の感動を忘れたわけでもない。
この10年ちょっとの間、他にも大小様々な会場に足を運んだけれど、やっぱり「初めて」というものは人間の記憶に強烈に残り続けるもので。
未だに、アリーナ席はセンター席と呼ばれるのが1番しっくりくるし、ライブ会場のキャパも「15,000」と聞くのが最も耳馴染みがいい。
気づけば私は、"横アリ仕様"の感覚を身につけたオタクになっていた。
今となっては、横浜アリーナは大切な思い出をたくさん置いてきたホームみたいな場所である。


そんな私のオタク観を構築したと言っても過言ではない会場に、先日、IMP.の7人が立った。
彼らが長らく目標として掲げ続けた夢の舞台が、まさしくこの「横浜アリーナ」だったのだ。

ここからは、今はなきものの名前も、場合により伏せられたまま語られることのある単語も、あえてあけすけに話したいと思う。
その理由は、当時のことを当時の温度に近い形で語りたいというだけであり、そこに他意は存在しない。


私が7人に出会った頃、彼らはまだIMPACTorsという名前だった。
その時にはもう、彼らは「2年後に横浜アリーナに立つ」という夢を掲げていて、"いつか"ではなく"2年後"と、こういう類のことに明確な期限を設けているのが珍しいなと思った。

冒頭でも話したように、私にとって横浜アリーナは、特別でありホームみたいな場所だ。その場所を、好きになったばかりのその人たちが目標として掲げてくれているということが嬉しかった。

だからなのかは分からない。日頃論理をこねくり回して整合性ばかりを取ろうとする私が、珍しく1つのポイントを見逃した。
「彼らの言う2年の起点がどこなのか」というポイントである。
きっとこれは調べればわかったことなのだろうが、当時の私にとって、それは必要な情報ではなかった。後から遡ってその時期を知ったところで、彼らがあとどれだけ歩を進めれば夢の舞台にたどり着けるかなんて、知れるはずもない。
それは時系列を見るだけで測れるような単純なものではないし、それを知って、彼らの夢を知ったような気になりたくなかった。


IMPACTorsのオタクをした期間は1年弱である。
その間、たしかにいろいろなことがあったが、ほとんど全てがオタク人生において初めての経験で、いまいち実感が湧かなかった。
彼らが辞めるかもしれないという報道が出た時も、なんとなく歯車が狂った感じのぎこちない年明けも、スプパラが決まった時も、少クラへの出演がおそらく最後だろうと囁かれ始めた時も。
私はなんとなく蚊帳の外の気持ちでいた。
不安に駆られて泣いている友人たちに、生き急ぐように現場やジャニショに通いつめる友人たちに、かける言葉が見つからなかった。

当時は、自分はひどく冷たい人間なのかもしれないとも思ったが、今となっては、当時の私にただ失うものがなかっただけなのだと分かる。
私がIMPACTorsと過ごした時間は、友人たちの半分にも満たない。彼女たちがIMPACTorsとともに作り上げてきた思い出のほとんどを、私は同じ温度、同じ立場で共有することができなかった。
ドラマも舞台もライブも。彼女たちにとっての「最後」は何もかも、私にとっての「最初」であって。卒業生の中に1人、入学生が混じってしまったみたいな感覚が、ちょっぴり苦しかった。



そうやって苦しくも楽しい新規ズハイをコソコソと味わっていた私にも、さすがに「最後」を実感せざるを得ない現場がやってくる。
紛うことなきスプパラ、Spring Paradiseだ。

5/25に東京公演の千穐楽、つまりIMPACTorsとしてのライブの最終公演が終わり、翌5/26になった途端、彼らはジャニーズではなくなった。

5/25が終わってほしくなくて、友人たちとオールしようかという話すら出た。
でも社会人としての人格をとってなくなく別れ、結局、5/25が終わる瞬間はひとりで電車を待っていた。
0:00の文字を確認し、恐る恐る公式サイトの、ジャニーズJr.のページをリロードしてみる。
だけどもう、つい数分前までそこにあったはずの大好きな人たちの名前は、どこにも見当たらなかった。

IMPACTorsという名前が消えても、彼らにもう会えなくなるという気はしていなかった。
なんの根拠もないけど、多少形は変わってしまうだろうけど、まだこの世界にはいてくれるだろうと、心からそう思っていた。
だけど、不可抗力というものがこの世には往々としてある。
それに負けてしまう可能性は十分にあったから、この時ばかりは少しマイナスに心がふれた。 
ただただ、悔しかった。


先日の横浜アリーナでのライブに入り、この時の気持ちが思い出された一節があった。
横原くんと基くんのユニット曲「Overnight」の「破られた未来のページ もう午前0時を指した時計」という一節だ。
会場で聴いた時は、さらっと流してしまった。
だけど翌日以降、仕事終わりの夜道で何度も聴いているうちに、急にあの日立っていた地下鉄のホームの光景がフラッシュバックした。

あの時破られたページが彼らの未来なら、じわじわと時間をかけて破られていったわりに、あまり綺麗な切り口ではなかったなと思う。
彼らはできる限り綺麗な切り口に整えようとしていたけど、結局は紙目が絶対の世界だった。
だけど彼らは、ガワから外されたページたちをバラバラにせず、燃やしたり濡らしたりせず、そのまま保って新しいノートに移植した。
本当はルーズリーフみたいに綺麗に移せたらよかったのだろうけど、それよりも、1ページたりとも欠けないことを重視してくれた。
彼らの前世懐古は、そのページを時々めくって見せてくれている感じに近いのだと思う。
IMPERIALのIMP.のラップパートも、MAGenterの懐かしさが散りばめられたような振り付けも。
彼らが見て見て!って思い出アルバムを見せてくれる様が好きなのだ。

私は彼らの過去を、「今の彼ら」というフィルターを通して見ていたい。
過去の事実は変わらなくとも、語り部の心や価値観というものは日々移ろいゆくものであるからだ。
当時と同じ温度で語られるものもあれば、1歩引いた懐古の温度で語られることもあるだろう。
誰が、いつ、どんな温度で語るのか。
自分で情報を集めただけの過去には付随しない、その余白の部分の変化を、私はこれからも楽しみ続けたいのだ。



最後に。
この前、ネットで見かけたとある表現の話をもって、今回のエントリを締めたいと思う。
最後に、と言ったものの、わりかし長くなってしまいそうな気配がするが、とりあえず話してみることにする。

横アリが終わって、「ようやく宝箱を閉じられた」と言った人がいた。
その人にとっては、横アリの公演が何かしらのひと区切りになったのだろう。
その言葉を借りるならば、私の宝箱のフタはずっと開いたままだ。

IMPACTorsとの思い出は、鍵をかけてしまっておくにはあまりに少なすぎた。
振ればものがカチャカチャと動いてしまうくらいの余白があり、それにより、もうちょっと入るかななんて期待をしてしまうくらいだった。

彼らが卒業してからIMP.としてまた姿を見せてくれるまでの約2ヶ月間、私は宝箱の整理なんてせず、好き勝手にデコって遊んでいた。
7人にいつ再会しても恥ずかしくないように、こちらはこちらでレベルアップしていなければ、そんな気持ちで。
本を読んだり、いろんな舞台や映画、ドラマなどを浴びたり。つまりはそういう、感性の面でのデコレーション遊びだった。
またきっと逢えるから、これから積み重なる思い出たちは、もっと立派な箱に入れてあげなきゃね。そんな気持ちでもあったような気がする。

それから時が経ち、7/14。
IMP.としてまた7人を表舞台で見ることができるようになった。
そこからというもの、整理する暇も与えられないくらい、たくさんの経験をさせてもらってきた。

私の宝箱は、あの時整理しなかった思い出と、まだ整理できていないIMP.との思い出でいっぱいだ。IMPACTorsとIMP.の思い出をごっちゃにして、スペースを見つけては詰め込み、ぎゅうぎゅうにしている私の宝箱は、フタを閉めたいと思っても、とうてい閉まりそうにない。

もしかしたら今後、そのパンパンの宝箱から、ポロッとこぼれ落ちてしまう思い出もあるのかもしれない。
今の私ならどんな思い出だって拾うけど、未来の私が同じ行動をするという保障もない。
それでも今は、この閉まらない宝箱をいっぱい入ったなあと眺めることが楽しくて。
何かを出したらまた別の何かが一緒にくっついて出てくるし、出したいものが途中で引っかかって出てこないこともある。
それでも、その乱雑さが「今」を重視する私らしいのかななんて思ったりしている。




P.S.
横アリ前に「Top Of The World」を口ずさんでいて気がついたことがある。
夢の舞台を7人で、IMP.として叶えることでさらに1つ意味を持つようになったなと思ったフレーズがあった。
こう感じるのは私だけなのかもしれない。自分でも「何が」というところまでは掘り下げられない。
それでも、IMPACTorsとIMP.をつなぐ要素の1つではあると思うから。
これは、タイトルとして使わせていただくことにしよう。



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