第3回【一雅の軌跡】 〜絶望の中で選んだ別れと、公務員として掴んだ安定の先で〜
支えてくれた彼女の存在
前回、26歳の夏に「一生歩けない」と宣告された絶望についてお話ししました。
実は当時、私には大学時代から長く付き合ってきた彼女がいました。
入院中、私が他の人とほとんど会えない精神状態の中でも、彼女は頻繁に面会に来てくれて、心の支えになってくれていたんです。
彼女にだけは、心を開いて支えてもらっていました。
あの時、彼女がすぐに離れていっていたら、今の私はなかったと思います。
本当に感謝しかありません。
揺れる彼女の心と、重くのしかかった不安
しかし、彼女の心が今後どうするべきか、大きく揺れているのが、私には手に取るように伝わっていました。
もしかしたら、繊細すぎた、感じすぎた、考えすぎた、HSPならではの感覚だったのかもしれません。
私は再就職を目指すとはいえ、確実な約束は何もありませんでした。
さらに障害を負ったことで、生殖機能も大きく低下していました。
子供が大好きで、保育士をしていた彼女に、子供を持たせてあげられないかもしれない。
その不安と現実が、私に重くのしかかりました。
自ら告げた別れという決断

決して、彼女が私を一方的に振ったわけではありません。
私は自ら、彼女に別れを告げることになりました。
真剣に結婚まで考えていた彼女との別れは、本当に辛く、大きな人生の苦しみであり挫折でした。
入院仲間と支え合った日々
当時、同じ脊髄損傷の障害を負って、車椅子生活になった病棟の数人の仲間たちも、私と同じように恋人と別れていました。
障害を負った当事者の間では、こうした別れは決して珍しい話ではなく、よく聞く経験でもあります。
当時はそういった入院仲間たちと、お互いに励まし合い、バカを言い合いながら、なんとかその痛みを乗り越えようとしていました。

親元を離れ、社会復帰への第一歩
1年余りの入院生活の後、私は人生の再スタートを目指し、親元を離れて職業訓練校の寮に入りました。
そして、簿記やパソコンの資格検定を取り、まずは事務のパートとして、社会人としての再出発を果たしました。
公務員として掴んだ安定
2年間働きましたが、パートでは収入も少なく、安定とは言えませんでした。
私の次の目標は、フルタイムの正社員、正規職員になることでした。
徐々に体力も回復してきた、パート2年目の秋。
地方公務員の身体障害者枠の募集に応募し、運良く合格することができたんです。

再び新たな職場へ就職し、フルタイムの勤務にも徐々に慣れていきました。
そこから数年間、順調な日々を過ごしていました。
第4回の【一雅の軌跡】は・・・
仕事もあり、生活も安定してきた。
なのに、私の中にはどうしても埋まらない、何かが足りないという思いがありました。
すべてを失った夏から、必死でもがき、公務員として掴んだ安定。
それでも感じていた、何かが足りないという感情。
第4回では、ある出来事をきっかけに、その足りなかったものの正体に、雷に打たれたように気づくことになります。
私が失った光を、もう一度取り戻すために起こした行動についてお話しします。
【一雅の軌跡】は音声SNSでも、配信しています。コチラ⬇️からお聴きください。
