【話題】休職者が語る「死と時間」のリアル
序章 休職が教えてくれたもの
他人の評価に縛られた日々
社会人として働き始めると、私たちは必ず「評価」というものに直面します。上司の評価、同僚の視線、取引先からの印象、さらには友人や家族からの見え方まで。日常のほとんどが「他人にどう見られるか」によって決まっていくような感覚に陥ります。私自身も例外ではなく、常に周囲の期待に応えることを最優先にしていました。
しかし、その代償は大きかったのです。自分がどうしたいのか、どんな働き方を望んでいるのかを考える余裕もなく、「求められる役割」を果たすことに全てのエネルギーを注いでいました。気づけば、自分の気持ちや願望は後回しになり、心の中では小さな違和感が積み重なっていきました。
崩れていった心と身体
その違和感を無視し続けた結果、心身のバランスは崩れていきました。仕事に行くのが苦しい、眠れない、食欲がわかない。そんな状態が続くのに、私は「みんな頑張っているのだから」と自分を追い込み続けてしまったのです。
そしてある日、限界を超えてしまいました。心と体が「これ以上は無理だ」と叫ぶように動けなくなり、私は休職という選択をせざるを得ませんでした。当時は「自分は社会から脱落したのではないか」と思い、強い罪悪感に苛まれました。ですが、今振り返れば、この休職こそが人生の大きな転機だったのです。
死と時間の有限性に気づく
休職中、時間を持て余す日々の中で、私は「人は必ず死ぬ」という当たり前の事実と真剣に向き合うことになりました。これまで自分を追い込んでまで手に入れようとしていた「他人からの評価」は、死を前にすれば何の意味も持たないのではないかと気づいたのです。
限られた時間を、他人の期待を満たすためだけに費やしてしまうのは、あまりにももったいない。むしろ、自分の気持ちを大切にして、自分らしく生きることのほうが、はるかに価値のあることではないか、そう考えるようになりました。
自分らしく生きるための出発点
この気づきは、私の人生観を大きく変えました。もちろん、人は社会の中で生きている以上、他人との関わりを完全に無視することはできません。しかし、自分を犠牲にしてまで他人の目を気にし続ける必要はないのです。
休職は、私に「自分軸で生きる」という新しい生き方を考えるきっかけを与えてくれました。これは簡単なことではありません。ですが、一歩ずつでも「自分がどうしたいのか」を大切にしていくことで、人生は確実に変わっていくのだと実感しています。
こうして私は休職を通して「他人軸の生き方の危うさ」と「自分らしく生きる大切さ」に気づきました。では、そもそもなぜ私たちは「他人の評価」を気にしてしまうのでしょうか?
次章では、その心理的な背景を掘り下げ、なぜ人は他人の目に縛られてしまうのかを考えていきます。
第1章 「評価」に支配される生き方の危うさ
評価を気にしすぎる心理的メカニズム
人は誰しも、他人の評価を全く気にせずに生きることはできません。社会の中で生活する以上、相手からどう思われるかを考えることは、人間関係を円滑にするために必要なスキルでもあります。
しかし、問題はその度合いです。必要以上に評価を気にしてしまうと、自分の行動や判断の基準が「他人がどう思うか」にすり替わってしまいます。他人がどう思うか、が強い人は、他人の目を常に気にし、自分の価値を外からの反応によって決めてしまうのです。
承認欲求と自己犠牲の関係
人にはもともと「認められたい」という承認欲求があります。これは健全な形であれば、成長や挑戦を促す大切な原動力です。たとえば、努力を褒められて嬉しい、成果を認められて自信につながる、という経験は誰にでもあります。
ところが、承認欲求が強くなりすぎると「認められないと不安」「嫌われないようにしなければ」といった恐れに変わっていきます。その結果、自分の本音や感情を抑え込み、「嫌だけれど断れない」「本当は休みたいけど頑張る」といった自己犠牲が当たり前になってしまうのです。
私自身も、仕事で無理な依頼をされたときに「嫌だ」と思いながらも、「ここで断ったら評価が下がるのではないか」と考えて断れませんでした。その積み重ねが、やがて心身をすり減らす大きな原因となったのです。
休職直前の心の状態
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