「ぼっち学生時代」というトンネルを抜けると、はてしない自由が広がっていた【あの春の日】
高校時代のことを思い出す度、今でも心臓のあたりがきゅっと縮む。
ぼっちという言葉がまだなかった頃、僕はぼっち高校生生活を続けていた。
小学校、中学校と地元の友達がいたため、楽しく遊びながら暮らしていたのだが、高校は地元を離れて私立へ行くことに。
元来の人見知りが出ただけでなく、スポーツ推薦でやってきた体の大きいアスリート男子を頂点とするスクールカーストにどっぷり入れられた僕は、どんどん笑顔をなくしていった。
学校にいるだけで疲労困憊になり、帰宅すると制服を着替えずにベッドへ横たわる。コンタクトレンズを外さないまま、朝まで泥のように眠る日が続いた。
今考えると、現実が辛過ぎて早く夢の中へ逃げ込みたかったのだ。
そんな地獄の高校生活も、やがて終わりを迎える。
3月の卒業式、同級生は仲間や学校と離れるのが嫌で泣いていた。
僕は感傷に浸ることもなく、ただ「ああ、これで終わりなんだ。もうこの学校に通わなくていいんだ」とひたすら安堵していた。
卒業式のあと、ひとり校門を出て駅まで歩いたが、思春期の絶望的なトンネルを、あの瞬間抜けられたように思える。
規律と集団の中に押し込まれ心を殺されそうになったが、思春期のトンネルを抜けたあとは、社会の常識に捉われることなく自由に動き続けた。
「大人になると、会社に就職して働かなければならない」と何度も言われたが、そんな言葉は無視して自由に動き回り今にいたる。
終身雇用は完全に崩壊し、自宅で仕事をしながら自由に生きる人々が増えた。
テクノロジーの恩恵に感謝しながら、自分らしい生き方を続けられている。
高校時代は、耐えに耐えたあのときの自分をほめてやりたい。
あの苦しかった3年間を経て「もっと自分らしい生活をしたい」と心から思えた。
卒業式のとき「これから、どうなるのだろう?」と不安に思いつつも「もうこんな窮屈な思いをするのは二度とごめんだ」と、僕の心がはっきり叫んでいた。
あのときの叫びが、きっと今の暮らしにつながっている。
ときには絶望も悪くない。
拒絶や心の痛みが教えてくれることって、実はたくさんある。
