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3villages
世界が敵に見えるときは、内側を整える大切なタイミングである
世界はあなたの写し鏡である。
無力感を覚えていたころ、世界が濁って見えた。濁りの原因は、僕が抱えていた不安であり、自分の無価値を直視したくないあまり世界を敵視していた。
社会に出るのを躊躇っていた時期、誰かのやらかしが報道されると、ほっとした。自分の価値とは無関係な話題なのに、他者の価値が下落すると心底、安心した。まだ踏み出せていなかった僕は、そんな歪みを抱えていたのだ。
どうでもいい芸能ニュースなどをくまなくチェックし、有名人の価値の毀損を確認してはほっとする。馬鹿なことをやっている人はたくさんいる。つまり馬鹿は自分だけではない。それを確認したかったのだろう。
日記には批評家気取りで、誰かをこき下ろすようなことを書いて留飲を下げる。そんなことばかり繰り返していた。
いざ覚悟を決めて、動き出すと世界は敵でも味方でもないことに気づく。善人ばかりではないけど、悪人ばかりではない。そのグラデーションこそが真実だった。どちらを選んで視界に入れるかのちがいである。
もしあなたにとって、世界が今、歪んで映るのなら、それは内面の投影に他ならない。対峙したくない感情やあなた自身から目を背け、抑圧するほど世界は汚く見えるだろう。
整えるのは自分自身。この事実に気づいたとき、外界はあなたに優しく微笑みかけるかもしれない。
自分に価値がないと決めているのは、実はあなた自身なのだ。
世界の色を変えたければ、あなたがあなたの価値を受け取りに行く。シンプルだが、それ以外に選択肢はない。
あなたは誰かを憎むのではなく、あなた自身を愛した方がいいのではないか。
