魚屋でのバイト時代、店主から「お前は社会で通用せえへんぞ!」と怒鳴られたが、奮起してお金を溜め一人暮らしをした話【言葉の庭の企画】
専門学校を卒業してから、ずっと社会へ出るのが怖かった。
だから短期バイトをしては実家に引きこもるような暮らしを続けていた。
だんだん不安が募り、このままでは立ち行かなくなると思って一念発起してアルバイトで100万円を溜めようと目標を立てた。
近くのショッピングモールに入っている魚屋のオープニングスタッフを募集していたので、そこへ面接に行き採用していただくことに。
僕なバイトしていた魚屋は、完全なる男社会で体育会系。
徒弟制度的な文化が残っている場所は「頭で理解するのではなく、体でわからせる。そのためには鉄拳制裁も辞さない」という考えが浸透している。
こういう業界ではハラスメントという概念がなく、言葉が荒い。
荒くれ者たちのたまり場であることも少なくない。
粗野でないと生き残れないため、そうでなかった人も、適応して荒くなっていく。
店主の男性はいつも怒鳴っていた。
「お前そんなんやったら、やっていけへんぞ!」
「アホか、見てたらわかるやろ!」
「見て覚えるんや!」
ときつい言葉を吐くため、パートの女性たちはいつも陰で「あんな言い方せんでも」としばしば悲しんでいた。
あまりのきつさに、やめていく人も少なくなかった。
始終、暴言を吐いていた店主の男性はかなりの小心者だった。自分の肝の小ささを悟られないため、過剰に強い男を演じていた、そんな印象がある。
彼は朝礼で、みんなの前に立って話す際に指先を見ると、緊張でプルプル震えていたこともあった。
感謝と謝罪を口にできないタイプで、一度、休みの日「お前、今日バイト入ってるやろ。なんでけえへんねん!」と電話でまくしたてられた。
「おかしいな?」と思いつつ、バイト先へ行きシフトを確認すると休みになっていた。
「休みみたいですけどね?」とやんわり伝えると、「明日、休みにしたるから、今日は働いていけ。それでええやろ」と苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
自分より身分が下のものに頭を下げてはいけない。それが男らしさの鎧からきているのかわからないが、彼もまた一部の現代男性がかかっている呪いで苦しんでいるようにしか思えなかった。
そんな環境で、一年くらいバイトしただろうか。
無事、目標金額の100万円を溜めることができた。
僕にはずっと疑問に思っていたことがあった。
それは店主の「お前はモヤシやから社会では無理」「ここ通用せえへんやつは、どこ行っても無理」という否定の言葉だった。
バイトが続けられたのは、彼のこの言葉への反感があったからかもしれない。
内心「なにくそ!」という反抗心でいっぱいだった。
「それはあなたがいる業界の中での話なのでは?」と感じていたのだ。
当時はまだ就職するのが当たり前という価値観が強く、在宅でライターの仕事をするという考えのない時代だった。
スーパーの副店長と話しをする機会があったのだが、「就職しない人間には全員、価値がない」といった考えを持っており、心底驚いた。
そのあと、2年間の会社勤めを経て「やっぱり集団環境は無理だ」と悟り、フリーランスとしての働き方を模索する。
意識したのは
・仕事における裁量権がある程度、自分にあること
・一日の中で「いつ働きいつ休むか?」を自分で決められること
という二点だった。
そのあと、良質なクライアントとの縁にも恵まれ、今にいたりフリーランスとして働き始めてから10年以上が経過した。
僕はこれまで他者から定義され、それを信じ込んでしまうことがよくあった。
「お前は〇〇だ」「〇〇だから、××になるにちがいない」というやつである。
魚屋の店主の差す「社会」というのは、彼が所属する「社会」を指していたのだろう。あくまでそれは「彼の見えていた社会」でしかない。
僕が今、送っている暮らしの中の「仕事」を、彼はきっと理解できない。
「〇〇は××である」という思い込みと決めつけは、社会や相手を窮屈にさせる。
時代の価値観がいつだって更新されるし、その人の仕事によって価値観は大きく変わる。
会社が10個あれば、10通りの価値観やルールがあるように、普遍的なものというのは少ない。
だからあなたも「そのままいくと絶対に●●になる」「あなたは××にちがいない」という他者からの一方的な定義に心を痛めないでほしい。
いろいろ言ってくる人は、いろいろ言いたいから言っているだけで、あなたのことを心配していない可能性がある。
自分の主義主張を顕示したい欲求が先んじて、あなたに響かない言葉を伝え続けているのかもしれない。
それはあなたのことではなく、自分の内側を見ながらの言葉なので、響かなくて当然だろう。
届く言葉、響く言葉は、相手に関心がある人しか発信できない。
他責せずに行動しながらたくさん試して、あなたに合った暮らしを見つける。
シンプルだが、それでいいのだ。
外圧など気にしなくていいし、焦る必要もない。
あなたはあなたらしく暮らす権利がある。
そのためには、脇目も振らずあなた独自の価値観を見つけよう。
自分軸とは内発的なものによって、作り上げられる。
だから外側からあなたを定義してくる声になど、耳を傾ける必要はないのだ。
押しつけてくる人間への反発心は、ときにあなたを成長させてくれるかもしれない。
でも「心が限界だと感じたら、早めに逃げた方がいい」というのも同時にお伝えしておこう。
こちらの記事はメンバーシップ「言葉の庭」の9月の企画
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「あのとき、私、頑張った」
「逆境にくじけず立ち向かった記憶」
「あのとき逃げなかった私、えらかった」
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