王朝文学研究会 第 3 回フィールドワーク
9 月 18 日に今年度 3 回目のフィールドワークを実施しました。今回のフィールドワークは滋賀県の大津を訪れました。雨が心配でしたが、午後に少し降ったくらいで済みました。日が差している間はかなり暑く感じました。
午前中には逢坂山・逢坂関近辺を巡りました。逢坂山(関)は、百人一首の中で三首も詠まれている場所です。その三首の中でも「これやこの」の和歌を詠んだとされる蝉丸に関する神社が、逢坂には三つあります。
最初に、蝉丸神社を訪れました。石碑の説明によると、天慶 9 年に蝉丸が主体として祀られた神社だそうです。
蝉丸神社を出て道を下っていくと、「逢坂山関址」の石碑がありました。その近くでは、逢坂を詠んだ三首の歌碑や、逢坂の関に関する説明書きを見ることができました。

そこから狭い歩道を歩いていくと、蝉丸神社上社にたどり着きました。境内に、逢坂を詠んだ三首の他に、百人一首の中でも逢坂には直接関係のないと思われる、喜撰法師と紫式部の和歌が飾られていたのが不思議でした。

その後上社を出てさらに歩き、蝉丸神社下社を訪れました。ここでは、紀貫之が詠んだ和歌の歌碑と、その和歌の中に出てくる「関の清水」の跡を見ることができました。また、藤原実方の和歌に出てくる「さねかずら」の実物も見ることができました。裏山に行くと、小野小町の塚がありました。ただ、小町の塚は全国にいくつかあるそうです。


下社を出ると、今度は長安寺まで歩きました。そこでは、国の指定文化財にもなっている長安寺宝塔を見ました。霊牛を供養したとされる牛塔は、ずっしりとした存在感がありました。また、「関寺小町」という謡曲に由来して設置されている、小野小町の供養塔も見ました。

午後からは、三井寺(園城寺)に行きました。敷地内は広く、石段の上り下りが大変でした。総本堂である金堂内では、聖徳太子像や、千手観音像など、様々な仏像を見ることができました。また、三井寺の名前の由来にもなったという閼伽井屋では、天智・天武・持統の三大天皇の産湯として使われていたとされる泉が、ボコボコと音を立てて湧いていました。さらに、「弁慶の引き摺り鐘」として知られる鐘も見ました。弁慶がつけたといわれている傷跡がはっきりと確認できました。

その後電車で移動し、近江神宮へと向かいました。近江神宮は天智天皇を祀った神社です。石段の下から見える朱色の楼門の華やかさが印象に残りました。



今回は入れませんでしたが、近江神宮内には時計館・宝物館という博物館があります。これは、天智天皇が日本で初めて漏刻(水時計)を設置したことに由来します。館の周りには、ロレックス社が奉納したという中国古代の火時計などが設置されていました。火時計は、線香の火が糸を焼き切ることで球が落下し、その下のドラが鳴って時間を告げるという仕組みだそうです。
天智天皇が百人一首の一番歌の詠み手であることから、近江神宮では競技かるたの大会が多く行われており、「かるたの聖地」となっているそうです。近江勧学館では、実際に競技かるたの大会が行われた部屋を見ることができたり、百人一首のパネルを持っての写真撮影ができたりしました。
今回、私は初めてフィールドワークに参加しました。初めて訪れる場所で、知らないことばかりでしたが、自分なりに学びを得られたと思います。今回の経験を、今後の活動にも結び付けていきたいなと思いました。
(一年生 H)
