何者でもない自分に戻る日
こんにちは、祥一郎です。
私は月に一度、平日に有休を取り、日帰りで温泉に行く習慣があります。
最初から、温泉が得意だったわけではありません。
HSP気質の私にとって、温泉は少し行きづらい場所でした。
作法もよくわからなかったし、休憩所で昼寝をするにしても、たくさん人がいる場所で横になることに、どこか気が引けていました。
それに、ひとりで行くと家族に悪いような気もしました。
でも同時に、こうも思っていました。
「本当にゆっくり休むには、ひとりの時間が必要なんだろうな」と。
もちろん、その後は家族も連れて行きました。
けれど、最初の一歩は、どうしてもひとりで踏み出してみたかったのです。
今年に入ってから、私は仕事上の立場が変わりました。
それに伴って、心も身体も、思っていた以上に疲れていました。
ガヤガヤした日々。
ごちゃごちゃした頭の中。
終わっても終わっても、また次のことを考えなければならない毎日。
なんとか期待に応えなければと、かなり力んでもいました。
そんな日々から、少しだけ離れたかったのです。
どうしても、回復系の趣味を持ちたかった。
頑張るための趣味ではなく、何かを上達させるための趣味でもなく、ただ自分を回復させるための時間が欲しかったのです。
そこで今年の1月、思い切って日帰りのひとり温泉を実行してみました。
場所にも、少しこだわりました。
家から車で1時間半ほど離れた温泉を選びました。
誰も自分のことを知らない場所。
知っている人に会う可能性がほとんどない場所。
自分だけの隠れ家のような場所。
そんなイメージでした。
初めて行ったときは、作法もよくわかりません。
わからないことは店員さんに聞きながら、よろよろと温泉に向かいました。
そして、ただ湯船に浸かってみました。
家のお風呂とはまったく違う水圧。
身体を包み込むような温度。
湯気の匂い。
肌に伝わる熱。
聞こえてくるお湯の音。
なるべく頭で考えず、五感で味わうようにしました。
ただ、熱い湯に慣れていない私は、すぐにのぼせ気味になりました。
それでも、なんだかそれすらも新鮮でした。
温泉を出たあとは、休憩所にある横になれるソファーでゴロンと横になりました。
テレビでは、火曜サスペンスのようなドラマが流れていました。
けれど、内容はほとんど頭に入ってきません。
頭の中が、少しずつボーッとしていく。
身体がホカホカしている。
まぶたが重くなる。
気づけば、うとうとしていました。
ここにいる間は、頭も身体も使わなくていい。
何かを考えなくてもいい。
誰かに気を遣わなくてもいい。
何かを達成しなくてもいい。
ただ、そこにいていい。
近年、こんなに癒されたことがあっただろうかと思いました。
誰とも喋らず、ホカホカの身体でうとうとする。
それだけの時間なのに、私にはとても大きな回復になりました。
頭と身体に、静寂が訪れたようでした。
そして不思議なことに、うとうとしていると、頭の中にいろいろな思いが浮かんできます。
これからのこと。
自分が本当は何に疲れていたのか。
何を怖がっていたのか。
何を望んでいたのか。
昔の思い出。
それらを、ただ眺めていました。
良いとか悪いとか、正しいとか間違っているとか、そういう判断をしない。
浮かんできたものを、そのまま見ている。

そうしていると、今の本当の自分の思いが、少しずつ伝わってくるような気がしました。
温泉は、ただ身体を温める場所ではありませんでした。
私にとっては、自分の内側の声を聞く場所でもありました。
日々の中で、私たちはどうしても頑張りすぎてしまいます。
役割を背負い、責任を背負い、家でも職場でも、何かしらの顔を持って生きています。
でも、温泉にいるあの時間だけは、肩書きも役割も脱げる気がします。
ただの自分に戻れる。
それが、私にはとてもありがたいのです。
温泉から帰るころには、いつも少しだけ気持ちが軽くなっています。
心の波が「凪」になるのを感じます。
大きな問題が解決したわけではありません。
明日からの仕事が急に楽になるわけでもありません。
それでも、なんとなく思えるのです。
「明日からも、なんとかなるかもしれない」と。
この静寂を味わいたくて、私は毎月、温泉へ行っています。
月に一度、自分を取り戻す日。
月に一度、頭と身体を休ませる日。
月に一度、何者でもない自分に戻る日。
私にとって温泉は、そんな大切な習慣になりました。
皆さんも、少し疲れたときは温泉に行ってみてはいかがでしょうか。
何かを頑張るためではなく、
ただ、静かに自分へ戻るため
祥一郎
