星の砂を君に 第4話 聖夜の距離 愛
星の砂を君に
第4話 聖夜の距離 愛
クリスマスまでの一か月。
私は少しだけ頑張った。
三キロ。
できれば三キロ。
若い頃は少し食事を減らせば痩せた。
けれど四十代は違う。
鏡の前でため息をつく。
「大城さんの前で、少しでも綺麗でいたい」
誰もいない部屋で、そっと呟いた。
待ち合わせの夕方。
街はすでにクリスマスの光に包まれていた。
駅前のイルミネーションが揺れている。
その中で、彼はすぐに見つかった。
「柏倉さん」
迷いのない声。
振り向くと、大城さんが立っている。
余計な動きがない。
ただそこにいるだけで、空気が少し落ち着く。
「お待たせしました」
「いえ、僕も今来たところです」
短く言って、自然に歩き出す。
その一歩が、いつも少しだけ先にある。
◇
映画館の暗闇。
隣に座る距離が、なぜこんなに近く感じるのだろう。
スクリーンよりも、彼の存在の方が気になってしまう。
ポップコーンが差し出される。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
指先が一瞬触れる。
その瞬間、大城さんは何も言わない。
「今日は、どっちも!ポップコーン2つじゃないんですね」
大城さんは、微笑んだ。
ただ、何事もなかったように前を向く。
その自然さが、逆に胸を揺らした。
◇
映画が終わると彼は言った。
「余韻のある映画でしたね」
「はい。良い映画でした」
「これ、どうですか?」
今日の記念にもなるし、柄もいい。
2人は、マグカップを手にとった。
「良いですね。」
彼は、2つ買った。
「えぇ。2つ?」
「これは、どっちもです。」
2人は笑った。
外に出ると夜は冷たかった。
白い息がゆっくりと消えていく。
「寒いですね」
「ですね」
それだけ。
でも、その一言で十分だった。
瞳は一瞬、バッグに視線を落としたが歩き続けた。
彼は少しだけ歩幅を緩める。
私の隣に合わせるように。
そのさりげなさが、優しさよりもずっと心に残る。
◇
「次はどうします?」
私が聞くと、大城さんは少しだけ空を見てから言った。
「もう少し一緒にいたいですね」
胸の奥が、静かに揺れた。
「……はい」
気づけば、うなずいていた。
◇
ホテルのエントランスは静かだった。
街の喧騒が遠ざかっていく。
エレベーターの中で、数字だけが上がっていく。
彼は何も言わない。
その沈黙が、不思議と心地よかった。
◇
部屋に入ると、夜景が広がっていた。
観葉植物の影が、柔らかく揺れている。
小さなツリーの灯りが、グラスの中で揺れていた。
「プレゼント、どうしましょうか」
私が言うと、大城さんは少しだけ笑った。
「交換しましょう」
◇
小さな箱を開ける。
そこには繊細なネックレス。
小さな石が静かに光っている。
「いかがですか?」
「……綺麗」
「似合うと思って」
その言葉に、迷いはなかった。
とてもお洒落なデザインだった。
◇
私も箱を渡す。
深い色のマフラー。
ブランド品だ。
「大城さん。寒がりだから」
そう言うと、彼は小さく笑った。
「嬉しいです」
そっと、首に包んであげた。
◇
夜が深くなる。
薔薇の花びらが浮かんでいた。
湯気の向こうで、ゆっくり揺れている。
私はそっと着替え、灯りの中に立った。
部屋には柔らかな灯火。
観葉植物の影が壁に揺れている。
◇
窓の外には宝石のような夜景。
大城さんは窓際に立っていた。
ワイングラスを手に、窓の夜景を見つめている。
「柏倉さん」
振り向く声はいつも通り静かだった。
でも今夜は少しだけ違って聞こえた。
彼は迷いなく近づいてくる。
距離を測る時間はもうなかった。
◇
手が触れる。
強くも急でもない。
ただ自然に重なる。
そのまま引き寄せられる。
抵抗する理由は、どこにもなかった。
手が重なった。
瞬間、理由のない安心が胸に広がった。
ただ触れているだけで、自分が受け入れられていると分かる。
その事実だけで、呼吸が少しだけ浅くなる。
胸の奥が静かに熱を持っていく。
言葉よりも先に、体温が伝わってくる。
この人は今、ここにいる。
その呼吸の気配までもが、やさしく胸に落ちてくる。
なぜこんなにも嬉しいのか分からない。
ただ確かに、満たされていた。
「瞳」
名前は、静かに落ちた。
囁く声が、耳に響く。
それだけで、胸の奥が震える。
愛し合う指先が、しっかりと握りしめられた。
孤独だと思っていた時間の隙間が、
ゆっくりと溶けていくようだった。
◇
テーブルの上には真紅の薔薇が飾られている。
窓の外ではクリスマスの街が静かに光っている。
その光の中で、二人の距離だけが少しずつ溶けていく。
離れたくない。
その気持ちだけが、静かに残っていた。

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