【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第3話
第3話 防A省の妻あるある
皆さん、はじめまして。筑後川敦の妻の美花です。
ええと、私の方からもちょっとお話させてくださいね。
実は私達夫婦は、リモート登山で知り合いました。自分でも、まさかそういう出会いで結婚までいくか、とびっくりしました。だけどその頃は、世界的ウイルスが大流行していたので、まあ、それもありだったと今では思っています。
ところが、私よりもっと驚いたのは、私の友人知人達でした。
なぜなら私はそれまで演劇の世界、それもいわゆる小劇場といわれる世界にどっぷりと浸かり、まさに人生の中心は演劇で、私生活などろくにないという日々を送っていたのですよ。
だから、まさか、あの〇〇(旧姓)美花がアラフォーで電撃婚⁈
しかも、お相手は演劇界とはめちゃくちゃ遠い世界の住人、公務員!
例えば、文K庁なら多少の縁もありそうだけど、まったく縁もゆかりもない防A省!
「ほんとに転勤についていけるの? もしだめでも、最低1年は我慢しなさいよ」
とか、
「東京から離れられるの? 劇場(小劇場、中劇場、大劇場含)こんなにないんだよ⁈」
とか、
「友達も知り合いも親戚も誰もいない土地を転々とするんでしょ? さみしくない?」
とか……。
それから、よく訊かれたのが、
「ねえねえ、迷彩服、美花が洗濯するの?」
という質問。
「しないよ」
と答えると、だいたいちょっとだけがっかりした顔をされたものでした。
ううーん…。小さな期待を小さく裏切っちゃってごめんね。うちの夫は迷彩服は着ないんです。私が洗濯しているのは、ワイシャツと作業着です。普通でしょ。
作業着を畳んでいますと視線を感じ、テーブルの方へ目をやります。そこには、トキのぬいぐるみが置かれていて……
「ねえ、あたしのこと見てる?」
「うん、みてる」
私のことを見てるんですって。なんだか嬉しいです。私はワイシャツをひらひらと振って見せます。
「これ、誰の服だと思う?」
「あっちゃの、ふく。あっちゃ、きる、ふく」
「当たり。よく見てるね」
キャキャキャキャ。トキのぬいぐるみは、かわいらしい男の子の声で笑います。ポッ。マッチの火が灯ったように、私の心はちょぴり明るくなるのでした。
