【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第14話
第14話 建築と演劇と
「やるって言ってたんだ、広報が」
そう言いながら夫がリモコンをいじりますと、テレビ画面いっぱいにヘリコプターが現れました。
「ブボボボボ ボボボーホッホホー」
すかさず、トキのきいちゃんがヘリコプターの音を口真似します。「ホッホホー」は違うと思いますが、楽しそうなので、ま、いいか。
深緑色というか、モスグリーンというかカーキ色というか、とにかくそういう色をしたヘリコプターは爆音をさせて飛んでいきます。それにかぶせて、ババーンという感じに、「自E隊のホンモノ見せちゃいます」という派手なデザインのタイトルが画面に大写しになります。このバラエティ番組はよく自E隊特集をやっているようなのです。
「ブボボーーブボボーホッホー♪」ときいちゃんはノリノリ。
「最近多いよねぇ、テレビで自E隊」と私、美花。
「Ф§※☆B-×××」と夫の敦。
夫がカタカナとアルファベットと数字を言いましたが、まったく頭に入ってきません。私は夫の横顔を見ました。夫はまっすぐに画面を見ていて、映し出されるヘリコプターの名前を言ったみたいです。
「§※※}C-×××」
と夫の敦がま。
ん? 違う名前言った? テレビ画面を見るとまだへリコプターが映っていますが、たぶん違う種類に変わったのでしょう……
さすがは防A省勤務〇〇年。業界用語に精通しています。私が元演劇人として、「ホリゾント幕」とか「スタニスラフスキー・システム」とか「人形立て」とかを知っているような感じでしょうか?
正直、私にはペリコプターや飛行機や戦車(?)などの見分けはつきません。そりゃあ、空を飛ぶものか地面を走るものかくらいはわかりますが、そもそも普通の車だって、車種というんですか? あれの見分けもつかないのに、こういう特殊なものなんてとんでもない。色はみんな同じ深緑といいますか、モスグリーンといいますか、あ、そうだ、夫に教わったんだった、この色はーーー
「みんなOD色だね」と私が言うと、夫はうんうんと頷きます。
その時です。きいちゃんが興奮気味にこう言ったのです。
「ハト、ハトだね! きいちゃんもとぶ! とぶぅとぶぅ」
「ハト?」
と夫はきいちゃんを見ます。
「ハトハト、ブボボボボー ブブホォーー」
と続けるきいちゃん。相変わらずテレビに向かって言っています。きいちゃんはぬいぐるみ。きいちゃんの体はテレビの方へ向けてテーブルの上に載せてあるんですけどね。
「鳥の鳩のこと言ってるのかな? なんでだろ?」と夫。
「たぶん…、飛ぶものはみんなハトだと思ってるのかも」と私。
「え? どうして?」
「この前あたし、きいちゃんだっこして窓から鳩が飛んでるのを見せたの。そしたら、きいちゃんも飛ぶ飛ぶ言ってさ」
夫はきいちゃんを自分の方へ向けて置き直してから、自分の両腕を横に広げて上下に動かし、ばたばたと飛ぶまねをします。すると、きいちゃんは「ううう」ともどかしそうに唸ったあと、
「バサバサバサッ バサバサッ バサササッ」
と飛ぶ音を言葉で表現するのでした。私はなんだか見ていられなくなって……
「ちょっと! かわいそうじゃない。ぬいぐるみは飛べないんだから」
私のこの言葉に夫は腕の動きをピタリと止め、「しっ」と言い、
「駄目ばい、ぬいぐるみなんて言ったら」
と夫はきいちゃんに聞かせたくないのか、小声になります。
しょーがない。これは、やるっきゃない! 私はきいちゃんを両手で掴んで立ち上がり、天井へ向けて思い切り両腕を伸ばしました。
「ほぉらぁ、飛んだ飛んだぁ。きいちゃん、バサバサバサ バサバサバサ」
「きゃあああーー」
きいちゃんは大喜びです。キャッ、キャッというかわいらしい声。なんて幸せそうなのでしょう。よく公園などで子供達の方から聞こえる笑い声です。子供のいない我が家でこんな笑い声を聞けるとは……
「もっともっとぉ」
ときいちゃんはおねだりします。
「もう、しょうがないなぁ~」
なんて言いながら、私はきいちゃんのぬいぐるみの体を上げ下げしたり、飛行機みたいにしたり色々してあげます。ちょっとサービスしすぎかな? 夫はというと、にこにこして私達を見ています。
その時、テレビの画面が変わりました。
「あっ。これ、俺がつくった」
と夫は言いました。
見ると画面には「陸J自E隊〇×△駐屯地」という文字の入ったおそらく石かコンクリートのようなもので造られた(注:筑後川美花は建造物の材料について全くの無知なのです。困ったものです)門が映し出されています。
夫の顔を見ますと、今まで見たことがないような目で画面を見つめています。嬉しそうな、誇らしそうな、そんな風な。
「えっ、この門みたいなの、あっちゃんつくった?」
「うん、そう。門みたいじゃなくて、門です」
「へえ~、すっごーい。きいちゃん、これ、あっちゃんがつくったんだって」
私はだっこしたままのきいちゃんをテレビの方へ向けます。
「……」
あれれ? きいちゃん、黙っちゃった。どうした?
その時、またテレビの画面が変わりました。
「あ。これも俺がつくった」
画面には四角い建物が映っています。それは街で見るようなものでなく、飾り気もなく質素な灰色をした建物ですが、どしんと構えたように建っています。
「この建物?」
「うん」
「大きいじゃん。へえぇ~。きいちゃん、これもあっちゃんがつくったんだって」
きいちゃんを覗き込むと、ガラス玉のようなきれいな目でじっとテレビの方を見つめています。まだ何も言いません……
「きいちゃん、どうしたのかね?」と私。
「つくるって意味がわかんない?」と夫。
こう言った後、信じられないことに夫は、演劇的に言うところのパントマイムを始めたのですよ。「きいちゃん、きいちゃん」と呼びかけ、照れながら(ちょっとかわいいかも)、夫はまず鉢巻を頭に巻くジェスチャーを大げさにしてみせます。流石、昭和生まれ。男っぽさを演出しているつもりのようです。
それからーーー
大きなシャベルで穴を何度も掘る → 肩で息をつく → 再び大きなシャベルで穴を何度も掘る → 額の汗をぬぐう →釘を口にくわえる → なぐり(注・演劇用語で金槌のこと)で釘を打つ打つ打つ → 額の汗をぬぐう
お世辞にも上手いとは言えませんが、なかなかの熱演です。
「あはははは~~」
「きゃきゃきゃきゃきゃ~」
私もきいちゃんも大笑い。おっかしいね~~。
でもほんとは違うのですよ。夫の仕事は建物等の図面を書くことなのです。(若い頃には穴掘り等もしていたようですが)
私はハッとしました。
「ああー! しまったぁ、録画してないぃ」
なんということでしょう! 夫のつくった門や建物がテレビに映ったというのに、録画をしていないなんて!
夫はパントマイムをやめ、ラストシーンまで演じきり幕が下りた後の役者のような顔をして言いました。
「あ。確かに……」
夫が建設現場風のパントマイムをしていた間に、画面はすでに変わっていて、自E官たちの訓練の様子になっています。夫のつくった門と建物をもっとじっくりと見たかった。と私は素直にそう思いました。
「ねえ、見に行こうよ、あっちゃんのつくった建物」
「入れんばい」
そうだった。夫の職場は普通に入れる場所じゃなかった……
「けど、フェンスのとこに行ったら、外からでも見えるんじゃない?」
「まあ…、ちょっとは見えるかもしれない」
「じゃあ、見に行こう」
と私が言うより早く、
「みるぅ、きいちゃん、あっちゃたてものみるぅ」
と先にきいちゃんに言われてしまいます。いつもあまり表情の変わらない夫ですが、目じりの優しい皺と口元が嬉しそうで……。きいちゃん、でかしたぞ。その時です。私の胸の奥に眠っていたある感情が目を覚まし、みるみる膨らんでいったのです……
「いいなぁ、建築は残って……」と私は呟いていました。
「え?」と夫。
「建物は残るからいいなと思って。演劇は消えちゃうから……」
夫はさっと私の顔を見て、すぐに理系スイッチが入った表情に変わります。
「あっちゃんが設計した建物や門は残るでしょ。だから、あとになって、私ときいちゃんが一緒に見れるんだし。だけど、演劇はその場ですぐ消えちゃうわけだしさ……」
「ビデオは? 撮ってないの?」
「撮ってたよ。記録用の映像って感じの。貧乏劇団だったから、ちゃんと編集できるような映像はないんだ…、残念だけど……」
「そうなんだ」
ふと思います。そう言えば……
「ねえ、あっちゃんって、お芝居って観たことある?」
「おしばい?」
「芝居…、演劇、舞台」
「小学校にオーケストラの人がきたばい」
「それは、音楽の生演奏だね。じゃ、じゃあ、あっちゃんは観たことないんだね⁈ 芝居ーーー」
そういえばうちの劇団が都内の小劇場で芝居を上演しても、他の劇団の芝居を観に行っても、客席はほぼ女性客で埋っていたものです。たぶん、キャパ(総客席数)の8割いや9割くらいだった、と思い出します。
私のなかで、演劇人だったときのあれこれがまるで走馬灯のようにぐるぐるーーぐるぐるぐるぐるぐるるるるーーー
「美花ちゃん?」
(いいことも悪いこともぉ)ぐるぐるぐるぐるるるるるーーー
「み、か、ちゃん!」
「みかちゃ、みかちゃあ~」
あ。
夫ときいちゃんが私を呼んでいます……
はあ~、危なかった。危うく演劇の走馬灯という渦潮に飲み込まれて死ぬかもしれなかった…ですよぉ……
いくらもう若くはないとは言っても、まだまだ死にたくありません。私は演劇人を引退して転妻(転勤族の妻)になったんだから、また違った世界をたくさん見たいと思うのです。つまり、今在るものを見てみたい。
夫にこう提案してみます。
「定年したらさ、あっちゃんがつくった建物とか見る全国ツアーをしようよ!」
「え⁈」
何を言ってるんだという顔の夫。きっと突然話題が変わって、尚且つ突飛なこと言い出したと思っているのでしょう。夫よ、いつも私のくるくる変わる話を聞いてくれてありがとう。
それにしても、私ったら、転勤族という旅人生活に懲りずに、夫の定年後も旅をしたいのだろうか? 思わず、きいちゃんのぬいぐるみの体をぎゅうぅと抱きしめます。
「みかちゃ、くるし、くるしよぉ~」
きいちゃんの声にはっとして、抱きしめ力を弱める私……
夫は理系の冷静さに、ちょっぴり困惑の色を混ぜた瞳で私を見たあと、テレビの自E隊特集の方に向き直るのでした。
夜は更けてゆきーーー
