【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第13話
第13話 車の色とナンバープレート
「えっ。全部同じに見える⁈」
と、私は珍しく大きな声を出していたようです。
私の顔を見た妻は、弥生人のようなつぶらな瞳を大きく見開きました。そして、その後、視線を前方へと戻したのです。妻の視線の先にはーー、と言いますか、私も同じ方向へ視線を戻しましたので、同じものが見えます。
それはーーー
広大な敷地に並ぶ、車、車、車……
私達はとある大型ショッピングモールの駐車場に、パンパンに膨らんだエコバッグを両肩に提げたまま、立ち尽くしている状態なのです。
今から3時間ほど前、私達はこのショッピングモールに到着しました。
初めて訪れるショッピングモールだったので、車から降りるとき、どんな店があるのかなとか、買い物リストのあれとこれは絶対見ようとか、楽しく喋っていたのです。言い訳になりますが、互いにうっかりしてしまい駐車した場所を覚えるのを忘れての、この悲劇(お。これは、演劇人っぽい言い方ですね)なのでした。
数えきれないほどの車を見回しますーー。それらの車体の色は黒、白がほとんどであり、その中にポツンポツンとグレーが、ごく希に赤や青などの目立つ色が混ざっているというところでしょうか。
前置きが長くなりました。聞いてください、皆さん。筑後川敦です。
たった今判明した妻の衝撃の事実をお知らせします。なんと、妻の美花は、車の車種の見分けがつかないらしいのです。妻の言い方をそのまま使いますと、「車って全部同じに見える」というのです。ええ?! 車が全部同じに見えるって、そんなことあるんですかね⁈
繰り返しになってしまうのは承知で、もう一度言ってみます。
「車、全部同じに見えるんだ?」
妻の美花は例の弥生人のような素朴な瞳を少しだけ細めて。
「うん。でも…色が違えばわかるかな…」
「あ、ああ、そうか、なるほど……」
うちの車の色は白です。それでは、この大量の車の、おそらく一番多い色であろう白色の車の中から、うちの車を見つけることはとても困難です。
妻はナンバープレートをチェックし始めました。私の方は車の車種で捜し始めたのは言うまでもありません。
さんざん歩き回ってやっと車は見つかりました。どっと疲れてしまいましたが、私が運転して缶車へ向かいます。妻も免許は持っていますが、その運転は恐ろしいもので、とても平常心で助手席に座っていられません。恐ろしかぁ~。(妻は結婚するまでペーパー・ドライバーでした)
「美花ちゃん、次の車は違う色にしようか」
「そうだね、もっと目立つ色がいいね」
「何色がいい?」
「うーんと……」
赤じゃ若すぎるし、黄色は目立ちすぎるし、うーん、青か緑がよくない? 水色? 空色?
「空色がよくない?」と美花。
「空色? それに、よくないって、よいの、悪いの?」と私。
「もーー、『よくない?』は、よくない? だよ。あっちゃん、わかんないのぉ?」と、美花。
「わかんない」と、きっぱりと私。
「ええー、空色がいいってことだよ、あっちゃん」と美花。
すみません。実に下らない会話ですよね。独身の時の私でしたら、このようなやり取りは時間の無駄だと思い決してしなかったでしょう。(買い替えの予定はないのですから、このように次に買う車の色を相談したって無駄なだけです)
妻の弾むような喋り方からすると、どうも会話の内容というよりは、私と会話すること自体が楽しいようです。民間の女性のほとんどは、妻のようにお喋りが好きで、実際よく喋るのでしょうか? それとも妻の美花が元演劇人だから饒舌なのでしょうか?
「聞いてるの? あっちゃん、コミュニケーションだよ」
ぷりぷりとした感じで美花は弥生人のような(しつこいですね)小さな唇を尖らせつつ言います。そうそう。よく美花は「コミュニケーション」と口にします。おそらく劇団という組織では、演劇人同士のコミュニケーションが非常に重要だったのでしょう。
「空色がいいんでしょ」
こう返して、私はちゃんと聞いていたことをアピールしました。
その時です。
「あっ!!」
と美花が大声をあげたのです。咄嗟に私はハンドルを握り締め、尚且つ減速します。
「何っ⁈」と私。
「落花生ナンバー!」と美花が指差し叫びます。
注視しますと、私達の車が走る隣の車線の前方に、「落花生ナンバー」の車が走っているではありませんか。身を乗り出す美花をチラリと見ると、瞳がキラキラと輝いています。それは、美花の故郷に隣接する市町村の車のナンバーなのでした。
(※注 皆さんおわかりのように、N国には落花生ナンバーなるものは存在しません。しかし、あえて土地の雰囲気を感じてもらうため、特産品で表現しています)
確かに西の都に近いこの地域では、見かけないナンバーです。
すると、落花生ナンバーの車がウインカーを右に出します。すかさず美花が、
「あっ、行っちゃう……」
と呟きますが、その時にはもうその車は右折して走り去っていきます。私達の車は前進し続けているわけですから、故郷の車はもう見える筈がないのに美花は名残惜しそうに後ろを振り返っています……
「行っちゃったね……」
さみしそうな声を出す美花。
「うん…」
と返事をしつつ、これ以上なんと声をかけようかと思案していますと、美花はもう立ち直ったのか、立ち直ろうとしたのか、茶目っ気のある声で言ったのです。
「案外、自E隊の人の車だったりして?」
「そうかも」
車のナンバープレートと言えば、缶車の駐車場には全国の地名が並び、まるで見本市のようです。それはそうです。車の持ち主が皆、全国転勤族なのですから、当然といえば当然でしょう。
私としてはあまりにも当たり前のことなので、気にも留めていなかったのですが、美花はよく読み上げています。
「旭川。北海道かぁ、遠くから来てるねぇ…、行ったことないなぁ…、あ、動物園あるね、一度行ってみたいんだぁ……。神戸。ここからまあまあ近いね…、神戸って行ってみたいなぁ……、異人館とか? あと、古墳あるかな? きっとあるよね、どんな古墳か楽しみだなぁ」
という風に、地名のあとにあーでもないこーでもないと、思ったことがそのまま口に出るんです。
車を走らせ私達が缶車に帰ると、また大変でした。トキのきいちゃんが拗ねてしまい、なかなか口をきいてくれなかったからです。つーんとして、目も合わせてくれません。ぬいぐるみの体は動かないので、実際はそんな筈はないのですがね。でも、なんとなくそう見えるから不思議なものです。
少しして、やっときいちゃんが喋ってくれたのが……
「あっちゃ、みかちゃ、わるい、わるい」
「(俺と美花)……」
「きいちゃん、ひとり、さびしかった」
しかたがないので、次はきいちゃんも連れていく、一緒に車に乗っておでかけすると約束してしまいました。うーん、私達夫婦、世間にあぶない人だと思われないだろうか……。その心配を、きいちゃんが眠ったあと、そっと妻の美花に伝えますと、こう言われました。
「そんなことは、そのときに考えればいいんじゃない?」
鳥が羽ばたくように軽やかな妻のその言い方に、それもそうだな…、と思いなんだか眠くなったので、今日はもう眠ることにします。
皆さん、おやすみなさい。
