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【小説】ある技官、その妻とトキのぬいぐるみ 第9話

第9話 ショウサイソーシ

「ショウサ、イ…ソウシ、ショウサイ…ソウシ、ショウサイ…ソーシ…」
 ショウサイソーシ…ショウサイソーシ…
 ショウサイソーシ…ショウサイソーシ…
 なーんてブツブツ言ってるのは、トキのぬいぐるみ、きいちゃんが鳥語を喋ってるんじゃありません。かと言って、私、美花が、次の転勤で故郷の落花生県に帰れるよう魔法の呪文を唱えているわけでもありません。
 はあぁ~、若い時と違って物覚えが悪いから苦労します。私があんまり何度も繰り返すから、きいちゃんまで、
「みかちゃ、なになに? ショウチャイソーシ、チャイソーシソーシ」
 と、真似を始めちゃいましたよぉ。ちょっと間違ってるけど、なんか楽しそうにしています。ま、いっか、あはは……

 皆さん、聞いてください。昨夜こんなことがあったんですよ。
 夕飯の後、夫がテーブルに1冊の雑誌を置いたのです。
 ん? 何の雑誌かなと思って目をやると、表紙には『MA××RU』という文字。その下に、若い女性モデルが迷彩服を着て敬礼のポーズでにっこりと笑顔をつくっている写真が。あ、きっと、防A省・自A隊系の専門誌なのだなと流石にわかりました。
 夫はパラパラとページをめくり、私に見せてきます。本当はすぐに食器を洗った方が家事がはかどるのですが、ここは、夫とのコミュニケーションを優先させようと、椅子に座り直しました。
 演劇人だった私にはまったく無縁の、初めてみる内容ばかりです。夫はあれこれ解説をしつつ、ページをめくっていきます。そのうちにページいっぱいに見慣れない表が現れました。マス目には、★★★とか▭▭▭とかVVVとかが入っています。
 劇団の制作の仕事で香盤表は作っていたけれど、こんな表は生まれて初めて見るなぁ。なんて思いながら世間話のように続く夫の言葉を聞いていると、それが一旦切れて、一呼吸おいた後、こんな言葉がさらりと耳に入ってきたのです。
 「これ、覚えて」
 私ははっとしました。な、に? 何を覚えろと?

 これが昨夜の出来事です。今日になり、夫が出勤し、洗濯物を干した後、私は例の雑誌の例のページを広げました。うーん…、ムムム……。夫の解説によると、その表は防A省・自A隊の階級と階級章の一覧ということでした。
 ……………はっ、としました。私は〝無〟になっていた? 一覧表を眺めて3分くらい経ったかもしれません。まったく頭に入ってきません……
 まずい! こ、これをいきなり全部覚えるのは無理! しかも、陸J、海J、K空とあるけどこの際、海と空の階級章はいい(見ない)ことにしてっと。そうだ、とにかくまずは必要最低限のことを覚えることにしよう。じいっーーと一覧表を眺めじっくり吟味し、究極これだけ覚えればきっと防A省の妻として乗り切れる筈だと見当をつけたのがーーー
 階級の上の方から順にいってみます。

 しょう   そう 

 これらは、それぞれもっと細かい階級に分かれていますが、まずはこれだけ覚えておけば、あとはだんだんついてくるでしょう……
 因みに、「将」である幕僚長の方と私がお会いする機会は絶対ないと思われます。(一般の企業で言えば会長とか社長とかCEO、劇団で言えば主宰とか座長とかかな。あ、劇団だったらみんな同じ稽古場にいます、普通に)
 私が缶車で挨拶するとしたら、佐(1佐、2佐、3佐)、尉(1尉、2尉、3尉、准尉)、曹(曹長、1曹、2曹、3曹)の旦那さんたちかな。(女性も増えつつあるようですが、私はまだ会ったことありません)
 士(士長、1士、2士)あたりの若くて独身の人達は駐屯地の中に住んでいるらしいので、私は会うことはないかな。
 階級章の★★★とか▭▭▭とかVVVとかの数は明日覚えることにします。
 ふと思ったんですが、これってアメリカの戦争映画とかで見る軍人の制服とか迷彩服とかに付いている類のものだよね? 確か、襟とか胸元に付いてたような。うーん、私って日本人なのに、日本のじゃなくて、アメリカのやつがモヤモヤッと頭に浮かぶのってどうなのかなぁ、と……
 それにしても……
 朝のゴミ出しの時に、出勤していく缶車の旦那さんに挨拶しつつ迷彩服の襟をチラリと見て階級章をチェックする、なんて出来ないよなぁ。絶対相手にわかっちゃうだろうし。それに、階級によって挨拶の仕方とかを変えるわけ? なわけないし……。
 うーん、覚えてもいったいいつ使うんだろう? などと私が考えていると、きいちゃんが遊んでくれという感じで喋り出します。
「みかちゃ、ショウチャイソーシ、ショウチャイソーシ」
「はいはい。きいちゃん、ショウサイソーシ、ショウサイソーシ」
 しばらくは、きいちゃんとの言葉遊びになりそうです。


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