子どもへの理不尽な怒りをどうやって自ら手放したのか、メモしとく。【観察記録】
こんばんは、極夜です。
今回の投稿は【観察記録】。観察対象は、わたし自身。
時々観察に取り組むことにしてる。
そこからの気づきを記録することにしたよ。
そしてせっかくなのでシェアも、アリかなと。
それでは、よろしければ続きをどうぞ。
今日のメニューはこちら。
1. 自分勝手だった行動、言葉、考えは、ある?
2. その理由って?
3. さらに深掘りね。怒りとか恐怖、不安…その根源的な感情(欲求)って…?
さあ、始めるよ。
仕事で疲れ切った状態で帰宅した日。
家でちょっとやらかした。
イライラして、家族に自分勝手に当たり散らした。自分の思うように動かない子ども達に毒を吐き、強く叱りつけてしまった。
…もう、ただただ私が悪い。
家族に、子どもに、ごめんなさい、と。
その気持ちを次の日、静かに振り返ることにした。
…そもそもどうして、こんな自分勝手に怒ってるの?
最初、その理由は「自分勝手な家族」への「怒り」だと思った。
続けて深掘りしていく。
…そのとき。ここでひとつ、ひっかかった。
「自分勝手な家族」と思っているわたしこそ、「自分勝手」なんじゃない?
子ども達はまだ未熟なのだから、そりゃ…わたしの思うように、動けるわけがないんだよね。
そこへわたしが子ども達相手に「自分勝手」にあれこれ押し付けてるんだ。
そういうこと。自分勝手は、わたしだ〜!
そして勝手に怒りをぶつけてたんだね。
そこで次へ。
最後の質問、その根源的欲求は何なのか?を考えてみる。
これはもう真摯に、内面を見つめていくのみ。痛みを伴うところだけどね。
怒りの裏に隠れた己の本心は?
自己の深い部分から何が出てくるのか?
…観察を続けると、わたし自身が、わたしの観察の目を逸らせようとするんだ。
それでも、そっと光をあてる。
…そこに見えたものに、わたしは目を見張った。
それは、「家族への支配欲」。
ああ、と思った。間違いない――
根源はその欲望だった。
気づけてよかった。
支配欲というのは、「愛」というカモフラージュを被っていることがあり、自分でなかなか気づけないのだと、教わった。だけど、気づけばもうそれは制御できる。大丈夫なんだ。
その気づきを得た時から、愛する家族への「支配欲」を手放せるようになった。
自分の中のドス黒いのを正面から見つめるのは、正直きついよ。
だけどわたしは、それをする。
それは他ならぬ自分自身のために。
それでは、今日はこのへんで。
読んでくれて、ありがとう。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは紙の本の購入費として使わせていただきます✨😌✨