創作大賞授賞式に触れた記事を読んだ時の感情と思考を書く。(前半)
創作大賞の発表、そして授賞式。
レッドカーペットを歩くのは、言葉に愛され、言葉を紡ぎ続けた魂。
人に愛され、人に愛を届け続ける魂。
受賞された皆様、おめでとうございます。
中間発表のあといちど落ち着かせる必要がありました。
あの日何がしかを表明した愛する仲間たちは、この週末に再び心をかき混ぜられ、またも乱れをあらわにする記事を書くことになった様子。
無論わたしも。
受賞者の喜びの裏側には多くの落選者の存在があって。今回何もしていないわたしでさえ、公開された記事あるいはXのポストにひどく感情を揺さぶられたのです。
創作大賞そのものにどのような意味があるのか?それまではまったく興味もなかった。考え始めたのは、ある方の言葉に出会ったからでした。
「創作大賞応募作の感想を書く」
彼女はそう宣言し、あらゆる事物をなげうって、創作大賞の渦に自ら飛び込んでいったのです。
勇気がなくて近づけなかったけど彼女がまぶしかった…誰かのために本気になれる彼女が。
そして見事にやり切って、ここにその結果が示されたのでした。
魅了された。なんという生き方……!
彼女をこれだけ走らせた創作大賞とはなんなのか。それを知りたいと強く思ったのです。
ここにあるのは、わたしも愛するエッセイストでありベストレビュアー賞受賞者のひとり、紫吹はるさんの授賞式の記事。
わたしこれ、見つけたのは始業1分前。ちょっとだけ、と思って隠れて読み始めてすぐ、こんな時に読んでいいもんじゃなかったと気づきました。
もうね、読んでて涙止まらんのよ。しかも色の付かない無色透明の涙が。
とくにこの文章がいい。はるさんの、そして他のベストレビュアー賞の方も同様におっしゃっていることで、ああ、そういうことなのか……と。
無色透明の涙は、「誰かを想い、行動し、言葉で繋が」ろうとしたその心を尊いものと感じ、溢れたものだった。
この賞は、私だけのものじゃない。書き手と読み手と、感想を書いたすべての人と、会場にいたすべての人と。言葉で繋がった、あのお祭りのような期間の証のようなものだと思っている。
書いてくれた方がいたから、書き手の方がいたから、私は賞を取れた。この賞は、皆さんのおかげでもあるから。
だから、私はこの賞が誇らしい。
はるさんは続けてこう書いている。
私はこれからも、感想を書いていく。作品の中にある光を、丁寧に掬って、言葉にして、誰かの心へ届けていく。怖さがあっても、迷う日があっても──それでも私は、言葉を信じていたい。自分を信じていたい。
これは、はるさんの決意であり、祈りなのでしょう。
はるさんの紡ぐ言葉に触れるうちに自然と伝わってきたこの想い、わたしの中で少しずつ育ってきています。
それがここに今、確かに在るのです。
感想を書けないわたしは、いなくなりました。いるのは、これから感想を書いていこうと決意した、若葉マークのレビュアー見習い。
感想文を書く行為は、他者の内部から生じるありとあらゆる強い感情を擬似体験していき、いちど自分の内部に受け入れて、そこから自分の言葉を丁寧に紡いでゆく……昇華していく。
これって、自分の内に確固たる強さがないと、ずっと続けることは難しいと考えています。想いの強い作品、激しい感情を伴う作品に引きづられないようでないと、参ってしまう。
過去の自分のままではできなかったと思います。
今のわたしは、強くなった。
わたしは、はるさんを追いかけていこうと決めました。
1からゆっくりではありますが、わたしなりのスピードで。
少しずつでも、届けたい。
ここで書き続ける。
読んでくれて、ありがとう。
極夜
(後半は創作大賞から離れて内省の方向で)

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