そのままを見せているから【内側に潜る】
思い出したことを、忘れないうちに。
今日はちょっと、わたし自身のことを。
社交不安のことに、触れます。

赤面症はこのころから続いてきた
小学校低学年の頃から、自分の赤面症を恥ずかしく思ってた。
その頃、周りの友達はそれについて何も言わなかった。
同じくらいよく赤面してた男の子から、「極夜、顔赤いよ」と言われたことはあった。けれど彼の顔も同じく真っ赤なので、嫌な気分にはならなかった。
赤面恐怖は小5から。
母と、当時の学級担任、それぞれから受けた言動により社交不安という形にできあがってしまった。(ここでは詳細には触れないでおく)
説明はこのへんにして。
今は赤面することを、おそれていない
20代前半までは赤面恐怖はつらかった。
そのため前職では、同僚たちに任されていた仕事・挑戦すべき認定試験をパスせざるを得なかった。
転機は、ネット上で知り合ったメタル仲間たちとバーやクラブ、飲み会で会うようになったこと。
年齢も立場も違う、ただ熱量だけは同じだけ持っている、アツい仲間たち。
良い面も弱い部分も赤面恐怖も、あるがままを引き受けてくれた。
スポットライトが当たることに、「場」を作ることに、挑戦させてくれた。
それぞれが心に傷を抱えていた。だからこそ、支え合えた。
あの時の仲間とは、今はもう会ってないけれど……。
赤面がなくなったわけじゃない。赤面を個性として、己の武器に変えた。
今でも時々、赤面はわたしの前にやってくるけど、そのまま好きにさせている。
それも込みでの、わたしだと考えるようになった。
赤面の他には、動悸とか発汗、声が震えたり、手が震えたりもする。
いつも記事に書いてる兄貴に会うときも、手が震えた。
だから、そのまま伝えたんだ。
手が震えてました、って。
そうしたら、次からはもう震えなくなった。
恥ずかしさに勝る喜びがそこにあるか。
喜びが勝れば、赤面することを厭わなくなる。
赤面しても、それでも〇〇したい。
この気持ちこそが、わたしを変える。
そんな、お話。
今日は、このへんで。
読んでくれて、ありがとう。
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