全幅の信頼。
子どもたちと先生との完全なる信頼関係。そこで見えた世界。
「終わっちゃったな……楽しかった。音が揃うの、最高気持ちいい」
イチョウ並木の下、黄金色の絨毯を長女は踏みしめた。
秋時雨に濡れたやわらかい落ち葉が足音を消した。
静寂がひろがった。
長女はそれをゆっくり味わい、その後ゆっくりと、何度も練習した曲を口ずさんだ。
……小学校とはこんなにも魅力的なところだったのか。
6年かけて、こういう展開になるとは。
あれからもうすぐ、1年が経つ。
市主催の小学校音楽会は、市立の全小学校の6年生が参加し行われる。
早くから準備してきた、大切な行事。
各学校ごとに合唱を一曲、合奏を一曲。
長女の学校の順番がきた。
音楽のM先生の合図で、演奏が始まった…
ちょっとこれ、超格好良いんですけど!!!
その超格好良い演奏をしているのが、私が見続けている、あの6年生達だなんて。
――
M先生は音楽専科の男性教諭。長女2年の年から、M先生が育児休業をはさみつつ、音楽を担当してきた。
3年生になった頃、長女の学年は児童の態度により授業が進まなくなった。クラス替えは2年に1度の学校で、4年進級時に異例のクラス替えが実施された。
更に5年進級時、通常のタイミングでのクラス替えがあった。学級崩壊はしなくなったが、幼さゆえの授業の遅れは免れない。
長女の学年は、少々個性的なカラーを持つ。年齢のわりに幼く危うい部分が目立つ。同時に、他の学校のどの学年より友達思いでポジティブなのだと、先生方は評していたが。そのカラーゆえに授業は落ち着かず、思うように進まない。5年生の長女のクラスにおいて、学校の依頼により保護者が、一部の教科でサポートするようになった。
授業にならない状態は、М先生の育児休業中に始まった。代替の音楽教諭の授業も例外ではない。長女は辛抱強く授業を受けていたが、限界が近づいていたと思う。彼女の口から、このままでは授業受けたくない…という発言がこぼれ始めた。
「おかあさん、学校来て」
その時から、仕事を調整し学校のサポートの求めに応じてきた。
確かに年齢不相応な印象の学年だ。彼女たちの保育園時代から、私は気づいていた。それが深刻だとは感じていなかったのだけど、どうやら私は楽観的すぎた。
そんな折、育児休業明けのM先生が学校に戻ってきた。子どもたちの喜びようを娘から聞き、これは何か変わるかもしれない、という予感がした。
ある時、長女が笑顔で話してくれた。
「すごいよ、М先生帰ってきたら、みんなちゃんと音楽の授業受けてる。やっぱ全然ちがう…うん、すごく楽しい」
そこからは、徐々にだが確実に、クラスは良い方向へ向かっていった。
5〜6年担任の先生と、専科のМ先生。2人がこのときに何らかの策を講じたのかは分からない。ただすべての流れが、確かに変わっていた。
――
合唱が終わり、続いて合奏が始まる。
印象的な琴の音色に続いてキーボードが加わる場面だが。
加わったのは明らかに馴染まない音。不況和音。
機材の設定が変更されている……??
M先生はそこで静かに指揮を止めた。子どもたちの演奏も止まる。
一瞬の間。
本番演奏中に機材トラブル発生。
客席がざわつくなか、М先生は落ち着いた動きで、キーボードの交換と音出しを指示。
その間、舞台上の子どもたちは…
誰もが動揺する事なく、再開を静かにゆったりと待っていた。
そして合奏は、はじめから再開された。まるで何事もなかったかのように。
そのとき確かに感じたもの…
それは、
揺るぎない、全幅の信頼。
M先生と子ども達ひとりひとりに、互いへの信頼が満ちている。
このホールに居合わせた総ての観客がそれを観たことだろう。
そこには、以前のような不穏な気配は微塵もない。
琴の音色、和太鼓のリズム。リコーダー、アコーディオン……
60人あまりの合奏。統べるは、信頼を一身に受けるマエストロ。
主役は、未来を創造する子ども達。
最後の1音の後に、静寂がひろがった。
やがて鳴り響く拍手。
よかったねと、どこからともなく聞こえるそれは、どれも涙声だった。
ひとり会場を出てロビーの窓越しに、秋晴れとなった大空と色とりどりの木々を見ていた。秋は実りの季節。あの幼かった子ども達の成長した姿は、あまりにも眩しい。
このクラス・この学年のメンバー揃って一緒に過ごすのは、あとわずか4ヶ月。
中学からは2つの中学校へ別れてしまうのだ。
だからこその、この最後の大舞台。
おつかれさま。最高だったよ。そしてありがとう。
(完)

2024年秋に書いた記事をリライトしました。
この話からもうすぐ一年が経ちます。中1となった長女の級友たちの現在は、実は順風とは言えない部分があって。あの頃の輝きを、それを知るわたしから子どもたちへ「今」届けたい……そう願い、書かせていただきました。
こちらを、灯火杯 4th 2025Autmn に。
参加させていただきます。
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