"鬱”なんて他人事だと思っていた私がまさかの当事者に
誰から見ても、いつみても、自分でも確信の「元気な私」
そんな私がまさか”鬱”になるなんて思ってもみなかった
それまでは他人事だと思っていたんです
この記事はあくまでも私の主観なので
ご承知おきくださいませ
私が自分自身の異変に気付いたのは
ある秋の夕暮れ時だった
いつもなら仕事が終わってホッと一息ついて
帰ってビールをたらふく飲もうか!と
足取りが軽いはず・・・・・
なのに
その日はなんか変!!!なんかいつもの私じゃない!!
【落ちる時って一瞬!を目の当たりにした】
原因も?理由も?何にもなし!予期なしの
突然の涙ぼろぼろは沈む太陽を見てからの事だった
なぜか無性に父親の事が思い出され
思い出せば出すほど
涙が出てきて車のハンドルを握る手も震えた事を今でも覚えています
その年の丁度梅雨に入った頃
父親が亡くなりました
私は4人兄弟の一番上で生まれ
何でも仕切りたがり屋でしっかり者の長女と
親族や兄弟からもお墨付きなのでした
「ちづるに任せておけば大丈夫!!」
当然、父親が亡くなった時も
葬儀の段取りから相続まで
淡々とやってのけていた
言えば「私がしっかりしなくちゃ!私が頑張らなきゃ!」
と、「ちづるに任せておけば大丈夫!」をお守り代わりに
いつもそう言い聞かせて頑張っていたんだと思います
しかし初盆が終わりようやく一段落過ぎたあたりの
その日は突然やってきました
「えっ!?私涙がとまらんじゃん!あれ?こんなことなかったのに!?」
ぬぐえどぬぐえど涙はダーダーと零れ落ち
目の前は靄がかかったように曇ってきました
なんで?なんで?なんなのコレ?
どうしてなのかわからなかった
しかし数日を過ぎた時自分でこう解釈しました
「あ!私もう誰も守ってくれる人がいない」
「さ・び・し・い」「悲しい」
それだけ父の存在が大きかったのでしょう
主人は35歳で没!親友は47才で没!
なくてはならない存在の人が今までもいたんだけど
今回ばかりは違っていました
今までこうなることはなかったのです
それはたぶんですね
旦那が亡くなったときは3歳の子供を育てるのに必死になれた
「私ががんばらなくちゃ!頑張って育てなくっちゃ!」って
背中に大きな重しを乗せたくらいの勢いで頑張って生きていた
親友が亡くなったときは
「彼女の分まで私が生きなきゃ!」と奮い立たせていた
しかし、今回ばかりは・・・・ちょっと違う💦
その年は一人息子も進学のため
家を離れ独り暮らしになったばかり
周りを見渡せば”もう誰も守ってくれる人がいない”
勝手にそう思ってしまったのです
”鬱”悪魔は人の心の一瞬の隙間をついてくる
葬儀から初盆まで
やるべき事やらなきゃいけない事を淡々とこなしていた時は
他の事を考える余裕もなかったんです
しかしすべての手続き等が終わり
なんだか力がぬけたようでして・・・・
心にぽっかりと穴があく!!ってきっとこういうことを言うんですね
この一瞬の隙間をめがけて悪魔は私の元へやってきました
そこから先は苦痛も苦悩もひっくるめてやってきました
まさに人生のどん底💦😿です
この先は明日以降に続きを書いていこうと思います
今では元気を取り戻して
それまで以上に元気を振りまいている私からお伝えしたい事があります
”こんな人は要注意”
●一人で頑張りすぎてる人
人に甘えたり頼ったりすることがとても苦手で頑張りすぎる頑張り屋さん
●思っていても本音がなかなか言えない人
ホントはこう言いたいけど逆を言ったりする
疲れていてもいっぱいいっぱいのキャパオーバー状態でもついつい
頼まれたらやってしまう
●リーダータイプ
人を引っ張っていこうとするが故に自分が自分がと自分本位になる
私はできる!をアピールしたい
今だから言える事
今でこそ学びもしたし人生経験も増えたおかげでいえます
大きな声で言えます
「周りを見渡せばもう誰も守ってくれる人がいない」と書いていますが
これは大きな失礼極まりない言葉でした
私の周りにはまだ母も弟も妹もその伴侶たちも
友人たちもお仲間たちも人生の先輩たちもいたのです
だからこその
”もっと人に頼れよ!!”もっと甘えろよ!!
”一人で考え込まなくていい”なのです
そして泣きたい時には泣けばいいし
怒りたい時は怒ればいいし
叫びたい時は思いっきり叫べばいいと思いました
我慢は限界を過ぎてしまうとはじけ飛んでしまいます
もうだめかもと思った瞬間に狂い始めます
一瞬にしてぽっかり穴があきます
穴には容赦なくこれでもか!これでもか!がやってきます
だから今の私は
丁度いい心の加減を”鬱”で知ることができました
明日は人生のどん底に入ってからの事を書いてみようかな(^^♪
今元気な私がつづる人生どん底・・・・
一体どうなっていくのやら
