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就職活動の移り変わり③~1970年代から現代~

またもや不況の時代

 70年代に突入したころ、ベトナム戦争の泥沼化、ドル・ショック、オイルショックなど様々な将来不安要素により企業は採用を渋り始める。
 これにより、62年、日経連が放棄した就職協定が72年に復活する。72年は推薦・会社訪問開始日を5月1日、選考開始日を7月1日に設定した。高度経済成長期の有名大学では、5月に内定を獲得していた大学生が多いくらいだったため、いかに採用選考が早期化していたかがわかる。これにとどまらず、74年、75年とさらに後ろにずれ込み、76年は推薦・会社訪問開始日が10月1日、選考開始日が11月1日になった。
 就職協定の後ろ倒しは、高度経済成長期で地位を失ったキャリアセンターの影響力をまた高めることになる。企業が、ポテンシャルよりも学力というより堅実的な基準を重視することになったからだ。

 さらに、この不況下、大学生の人数が倍増し競争が激化する(60年大卒が約12万人に対し、70年大卒が約24万人)。
 これにより、これまで高卒者が就いていたブルーカラーの職種に大卒者も就職する時代になる。もはや、大卒者はエリートで、幹部候補生という認識はなくなったと言っても過言ではない。また、不況期の典型的なパターン通りに、公務員や教員を目指す学生が増えた。

 先ほど、就職協定により採用時期が後ろへとずれ込んだことを述べたが、一度前にずれた採用時期を全体で揃えて戻すことは不可能であり、早期採用を続ける企業もあった。
 また、先にも述べた通り、不況下で少数精鋭を採用するとなれば、学歴フィルターでふるいにかけるのが合理的だと企業は判断する。学歴フィルターのふるいに引っかかった者は、ぜいぜい会社訪問開始日から精力的に動くほかなかった。
 当時、大学生にもっとも人気のあった東京海上火災(現東京海上日勤)のビルには、履歴書を出すため前日の午後9時半から並ぶ者もあった。
 東京海上火災に行列ができる理由は、先頭に並んだ学生が内定を得たとか、多くの大学から採用しているとか様々に言われている。ただそれ以上に、履歴書提出とその後の面接という就職活動の勝負時期が10月の頭に集中するため、とにかく早く精力的に動くことが内定の近道だと大学生が考えた結果なのだと思う。

前日から東京海上火災のビルに並ぶ学生(2024年3月11日朝日新聞朝刊より引用)

 一方このころ、高卒者はブルーカラーの職に就くのが一般的になり、今日に至るまで高卒=ブルーカラーという様相は固定化されてきた。また、給料も高卒男子より大卒男子・短大卒女子は約2割増しだった。
 こうした学歴社会の確立から逃れるため、高校生を中心に「個」で勝負できるマスコミ業界が人気になる。学校の勉強ができなくても、己のセンスとアイデアで勝負できるステージを求めたからだ。
 ただ、結論から言えばこの業界もまた学歴社会化していく。みんなが入社したいと思うようなマスコミに務めるには、企業とのパイプの太さでランク付けされた専門学校に入学する必要がでてくるからだ。

 また、仕事に就く女性に対して抱かれる意識は、未だに戦前のそれとなんら大きく変わりなかった。
 20代後半で結婚していなければ何か欠陥があるかのような見方をされる。そんなわけで、企業も近いうちの退社を前提として雇うため、責任のある仕事を任されにくい。仕事も頑張りたい女性にとっては肩身が狭かっただろう。
 このころの女性に対する意識がよくわかるエピソードを1つ紹介する。このころを知らない私からすれば目を疑うような内容である。

 紀伊国屋書店に「女子社員採用にあたって留意すべきこと」という内部資料があることが発覚しました。
 この資料には「採用不可の女子」という表現で以下の、8項目が記載されています。
(1)ブス、絶対に避けること
(2)チビ、身長140センチ以下は不可
(3)田舎者
(4)メガネ
(5)バカ
(6)弁が立つ、新聞部は要注意
(7)法律に興味をもっている
(8)慢性の既往症
 
 こういったことが平気でまかり通っているということは黙って看過すべき問題ではありません。

(第98回国会 衆議院 予算委員会第四分科会 昭和58年3月5日、土井たか子議員の発言を要約)

 いずれにせよ、70年代を通して男女ともに就職難の状況になり、65年に男子90%、女子70%あった就職率はそれぞれ、80%、60%ほどに落ち込んだ。こうした状況で求人難の企業側と就職難の学生側の両者に就職情報産業が関わることで影響力を強めていったことも見逃せない。

バブル期

 70年代の長期的な就職難から80年代は少しずつ好転し、85年のプラザ合意からバブル崩壊まで待ちに待った売り手市場が到来する。特にバブル期は、企業が学生をあの手この手で採用しようとした。
 ここでまた、学力よりもポテンシャルを重視して採用する企業も多くなる。常に学生は振り回されるのだ。

 さらに、この売り手市場で、企業が早期採用を復活させ、企業と学生の接触期間が長くなる。
 しかし、この状況を望ましくないと感じる企業があった。リクルートだ。リクルートにとっては、就職協定が遵守され、接触期間が短い方が望ましいため、就職協定遵守の働きかけを政界に対して行った。就職協定が遵守されていれば、学生はリクルートブックに頼らざるを得なくなるからだ。これが、リクルート事件に発展する。(リクルート事件に関しては、ここではこの程度に留める。)

 80年代の興味深いトピックとしては、採用選考の過程で学生に対し一部有料化をする企業が現れたことだ。83年、ミサワホームが有料の会社説明会を実施した。2014年、ドワンゴは有料の入社試験を実施した。時代は変わるが、両者ともに、真剣に入社を希望する人にだけに来て欲しいという想いのもと有料化に踏み切った。就職情報産業が就職活動に参入するにつれ、誰もが簡単にエントリーできるようになり、目的意識を持たずに入社試験に挑む人が多くなったという問題意識が背景にはある。

 誰もが簡単にエントリーをできるようになったことは学生側から見れば良いことのように聞こえるが、人気企業の立場から考えれば何千、何万と来るエントリーシートを精査することは不可能だ。これを簡単に仕分けるための基準は、学歴による足切りということになりがちだ。これまでは、学歴で足切りされる学生側も、足切りする企業側も、説明会を学歴別で会場を分けるなど、姿を見せながら公然と区別を行ってきた。しかし、就職情報産業が影響力を強めるにつれて、学歴による足切りが学生側に見えないところで行われるようになっていく。この構図は今日にまで続く。

 また、85年雇用機会均等法が成立したことも大きな出来事だ。採用、配置で男女格差をなくしていくことが努力義務にとどまったため、すぐに大きな効果は表れなかったが、90年代を通してついに今日に近いような状況となっていく。
 前述した紀伊国屋書店の例など、今日では考えられないような女性差別が存在していた時代背景を考えれば大きな進歩だった。

バブル崩壊から現在まで

 90年代はバブルの崩壊から長期の不況に突入する。就職率は、90年代を通して男女ともに7割前後だ。それは、男子大学生からしてみれば就職難を感じさせる。しかし、女子大学生、短大生からしてみれば就職率が男子大学生のそれと同程度になったことは大きな進歩だと捉えられる。
 96年、就職氷河期という言葉が新語・流行語大賞の審査員特選造語賞を受賞した。その後長く続く、就職市場を形容する言葉として一般的に使われるようになる。
 こうしたなか、『面接の達人(メンタツ)』がベストセラーになる。不況になれば就職攻略本を求める傾向はやはり変わらない。

 また、97年に今日でもお馴染みの「リクナビ」が登場する。62年に求人情報だけを掲載する就職情報誌「企業への招待(後のリクルートブック)」が創刊され、就活生のメインの情報源の1つとなったが、時代を経て紙からネットへと媒体を移した。

 同じく97年、就職協定が廃止し、代わりに経団連が倫理憲章を策定した。その後同様の指針が策定されたが、2018年以降、指針すら策定されなくなった。
 就職協定を保てていたのは、良くも悪くも大学が大学生を管理し、大学からの指定校推薦が幅を利かせていた時代までだった。就職の経路も多様化され、大学が学生の就職状況を管理できなくなった今、採用選考の早期化は後戻しできないまでに常態化した。

 そして大学は、より職業人養成機関としての色合いを強めていく。
 2010年に改正された大学設置基準法では、すべての大学、短大にキャリア教育、職業教育に取り組む体制の構築が求められた。事実今日では、大学が就職先の紹介に限らず、就職ガイダンスの実施、エントリーシートや面接対策の指導など様々なサービスを提供するようになった。それと同時に高校生も大学を選ぶ際に、就職力を求めるようになった。

 こうして移り変わりを見てみると、就職活動の変わらなさがいくつも存在することがわかる。しかし、女性に対する差別や偏見は、過去に比べれば取り除かれてきた。また、就職活動に関して果たす大学の役割が変わってきたこともわかる。
 そして、学生の就職活動は常に企業側に振り回されてきた。企業も生き残るために努力した結果であることも事実だ。
 
 「今どきの若い奴は」企業も世間もこう言う。しかしこれは、戦前でも戦後でも常に言われ続けてきたし、言い続けてきた。今どきの若い奴が求める人材に達しない原因は社会にある。社会がそういう若者を作ってきたからだ。生まれた瞬間にこれまでの世代より劣った状態で生まれてくる訳ではない。
 また、就職活動に関する問題や採用に関する問題も山積している。これも、教育なのか、社会システムなのか、ビジネスなの何かに欠陥があることは間違いない。
 では、どういう人材がこれから必要になるのか、そして、人材を育成するためには誰が何を行っていくべきか、そのなかで就職活動はどうあるべきなのか。それを教育に携わる者も新卒生を採用する企業も、就職情報産業もよく考える必要がある。
 その考えるための土台として、今回は就職活動の移り変わりを文章にした。書ききれない部分、足りない部分は多々あると思うが考えるきっかけになれば幸いである。
 

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