The Tale of the Indigo Night
雨の音は、世界の調律_
すべての境界線が水に溶けてゆく、淡い群青の夜のおはなし。
その喫茶店は、激しい雨が世界を覆い隠す夜にだけ、アジサイの茂みの奥にひっそりと「しずく」を落とすように現れます。
雨宿り喫茶『しずく』

軒先には、星の破片が溶け込んだような青い雨粒のランタンが揺れ、ガラスの扉を開けると、珈琲の香りに混じって「懐かしい記憶」の匂いがしました。
「今夜の迷い子は、あなたね」
カウンターの奥で、黒猫が静かに琥珀色の瞳を光らせます。店主がそっと差し出したのは、あたたかい『雲のクリームソーダ』と――信じられないほど透き通った、一足の長靴でした。
それは透明な長靴

この雨の街に置き去りにしてしまった、あなたの『大切な忘れ物』を探しに行くための靴よ」
少女がその靴にそっと足を入れた瞬間、不思議なことが起こりました。
靴の表面に、またたく星屑や、満ちていく三日月、小さな雨傘の模様が、淡い光を放ちながら浮かび上がったのです。それはまるで、夜空そのものをガラスに閉じ込めたかのよう。これを履いていると、不思議と冷たい雨が少しも怖くなくなりました。
「さあ、終電の時間が近づいているわ。遅れないようにね」
黒猫に促され、少女はきらめく水溜まりを静かに踏み鳴らしながら、アジサイの咲き乱れる小径を歩いていきました。
辿り着いたのは、『紫陽花(あじさい)駅』

夜の闇とアジサイの藍色が溶け合うホームには、ぽつんと置かれた木目のベンチと、文字盤が逆回りに進む古い時計。そして、静かに滑り込んできたのは、窓からあたたかな金色の光を漏らす、レトロな一両編成の「終電」でした。
行き先表示に光るのは『終電(Last Train)』の文字。
この電車は、誰も知らない明日へと向かう、夜の旅人だけの特等席。
少女が透明な長靴で一歩、電車のステップに足をかけると、アジサイの花びらが夜風に舞い、きらきらと光る雨粒が彼女を祝福するように包み込みました。
車窓から振り返ると、紫陽花駅も、雨宿り喫茶『しずく』も、まるで最初から幻だったかのように、深い藍色の夜霧の中へと消えていきます。
けれど、少女の足元には、たしかに優しく発光する「水硝子の靴」が残されていました。
それは、どんなに深い雨の夜でも、決して迷うことのない、彼女だけの光の道標。電車はガタゴトと音を立てながら、星を散りばめた夜空の彼方へと、ゆっくり走り出すのでした。
#3つのお題に空想のひらめきを
#片桐みかんさん企画
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