光を定義する闇
もし、この世界から一切の闇が消え去り、全方位が均一な白色の光に満たされたとしたら、私たちは何を見るだろうか。
皮肉なことに、私たちは何も見ることができなくなる。
物の形を認識させるのは、その背後に落ちる影だ。山の稜線が美しいのは、谷間に深い闇が溜まっているからであり、愛する人の表情が立体的に浮かび上がるのは、頬や目に微かな陰影が宿るからだ。
私たちはしばしば、闇を「欠如」や「悪」として遠ざけようとする。しかし、本当の闇は光の敵ではない。それは、光を定義するものだ。
夜という深い闇があるから、窓から漏れる小さな電球の灯りに「温もり」を感じる。孤独という闇を知っているから、誰かと心が通い合った瞬間の「輝き」に涙が出る。
真っ白なキャンバスに白い絵具で絵を描けないように、私たちの人生という物語も、悲しみや苦しみという黒い絵具があって初めて、喜びという色が鮮烈に際立つ。
闇は、光を消し去るための存在ではない。
光がどこにあるのかを、そっと教えてくれるための道標なのだ。
_闇があるから光がある
闇があるから光がある
影があるから形がある
夜があるから朝がある
死があるから生がある
そんな当たり前のこと
誰もが知っていること
だけど、その当たり前のことが
なぜかとても愛おしく感じられる
闇の中で光を探し
影の中で形を求め
夜の中で朝を待つ
死の中で生を生きる
それが、私たちの人生
それが、私たちの物語
闇があるから光がある
そのことに感謝しよう
そのことに祝福しよう
そのことに、生きている喜びを感じよう

#闇があるから光がある
#青ブラ文学部
#山根あきらさん企画
山根あきらさん、宜しくお願いします🙇⤵️
