影をもたない騎士の帰還
光と影の均衡が崩れ、世界が永劫の薄明に沈みかけた時代。人々は、伝説の「陽光の心(シャイン・ハート)」を持ち帰ることのできる、影をもたぬ者を求めた。
アルティスは、その条件を満たす唯一の存在だった。彼は生まれた時から、どんなに強い光を浴びても足元に影が落ちないという、奇妙な呪い——あるいは祝福——を背負っていた。光の神の寵愛、あるいは闇に呪われた者。人々は彼をそう呼び、畏怖した。
そして、世界を救うための「終わりのない遠征」に彼が選ばれたのは、必然だった。
それから十年の歳月が流れた。アルティスという名は、希望と、そして失われた祈りの同義語となり、人々の記憶から薄れつつあった。
しかしある朝、王都アイレムの東の空が、これまでにないほど眩しく輝いた。
崩れかけた都の正門、いにしえの石柱が立ち並ぶ参道に、一体の甲冑が姿を現した。
それは紛れもなく、アルティスだった。
十年前に旅立った時の、薄汚れた革鎧ではない。彼の全身は、まるで純粋な陽光を鍛え上げたかのような、神秘的な銀の甲冑に包まれていた。一歩足を進めるごとに、その鎧は朝日を反射し、凍てつく朝露を陽光の雫へと変えていく。
彼の背には、遠征の苦難を物語る、引き裂かれた白い布が風に舞っていた。それはかつての王家のマントであったかもしれないし、神殿の聖なる帳(とばり)であったかもしれない。だが、今の彼にとっては、過ぎ去った時の長さを表す、ただのぼろ布に過ぎなかった。
彼は立ち止まることなく、一歩、また一歩と、かつての故郷へと歩みを進める。
彼の足元を見て、都の城壁にいた衛兵たちは、息を呑んだ。
眩い朝日を正面から受けて歩いているというのに、彼の足元には、依然として一つの「影」も存在しないのだ。
影をもたないということは、光が彼を素通りしているのではない。彼自身が、光を吸収し、その一部となっていることの証明だった。彼は、闇に打ち勝ち、光そのものを身に纏って帰ってきたのだ。
彼が進むにつれ、参道の水たまりは黄金色に輝き、冷たい大気は、まるで彼を祝福するかのように、輝く微粒子——光の粉——となって舞い上がった。彼の存在そのものが、世界に光を、そして命を取り戻しているかのようだった。
遠くに見えるアイレムの城は、彼が旅立った時とは比べ物にならないほど、輝きを放っていた。彼が近づけば近づくほど、城の石壁は光を帯び、いにしえの魔法の力が蘇っていく。
彼が持ち帰ったのは、物理的な宝玉ではなかった。
影をもたぬ彼自身が、世界の光の「核」となり、光を身に宿すことで、この地を永劫の闇から救い出したのだ。
彼は、かつての彼であって、彼ではない。
光の使徒、世界の救済者。
崩れかけた石柱の間を通り、アイレムの正門へと続く黄金の道を、アルティスは歩き続ける。その顔は兜に隠され、表情は見えない。だが、その足取りは、十年の苦難を乗り越え、ついに約束を果たした、静かな勝利の意志に満ちていた。
そして、彼が都に入った瞬間。
アイレムの城壁に、十数年ぶりに、人々自身の鮮明な「影」が、力強く落ちた。
世界は、光を取り戻した。
そして、彼は、光の彼方へと帰還したのだ。

【第43回】3つのお題に空想のひらめきを
#影をもたない騎士の帰還
#片桐みかんさん企画
