迷子の天狗さまと、お山の大騒動
ここは豊かな自然に囲まれた、とある美しいお山。
その頂近くには、神通力を操り、風を巻き起こし、山を守る偉大な天狗さまが住んでいました。
赤く立派な顔、高い鼻、そして背中には立派な黒い翼。
見た目はどこからどう見ても威厳たっぷりの天狗さまなのですが……実は彼には、誰にも言えない(いや、山の仲間にはすっかりバレている)致命的な弱点があったのです。
そう、天狗さまは、とんでもない**「方向音痴」**でした。
はじまりの「てんぐ山ちず」
ある晴れた日のこと。天狗さまは、ふもとの村までお買い物に出かけることにしました。
「今日こそは迷わずに帰ってくるぞ」
そう意気込んで、引き出しの奥から引っ張り出してきたのは、先代の天狗が残してくれたという古びた地図。そこには大きな文字で**『てんぐ山ちず』**と書かれています。
しかし、いざ森の分かれ道に立ってみると、天狗さまは早くも頭を抱えてしまいました。
「こっち……であってるのか?」
右を見ても左を見ても、生い茂る木々はどれも同じに見えます。
おまけに、目の前にある案内看板がこれまた曲者でした。
『あっち ⬅️』
『⬅️ こっち』
『たぶんこっち? ➡️』
『こっちかも? ➡️』
『たぶんあっち? ⬅️』
「あっち」に「こっち」に「そっち」。おまけに「たぶん」なんて書かれているものですから、天狗さまの頭の中は、目の前を飛び交う疑問符(?)でいっぱいになってしまいました。
心優しい(?)森の仲間たち
一本歯の下駄を鳴らしながら、頭をポリポリとかきむしる天狗さまの様子を見て、森の小さな仲間たちが集まってきます。
「うーん……どっちだぁ〜」と、看板の文字をじっと見つめているのは小さなリス。
切り株の陰からは、麦わら帽子をかぶったタヌキと、赤いマフラーを巻いたウサギが顔を出しました。
「天狗さま、また迷子ポン? 『あっち』ってどっちポン?」
タヌキが首をかしげて尋ねます。
「あっち……?」とウサギも一緒になって空を見上げました。
天狗さまは、ちっとも威厳のない顔でウインクするように片目をつむり、困り果てています。
「ううむ、地図によればこの道のはずなのだが……羽があるなら飛べばいいと思うだろう? だがな、上空に上がると余計に景色が広がりすぎて、どこがどこだかさっぱり分からんのだ!」
木の枝の上からは、真っ黒なカラスが「カー、カー」と、まるで天狗さまをからかうように陽気に鳴いています。
辿り着いた、本当の道
「しょうがないポン。おいらたちが、本当の『てんぐ山』ののぼり口まで案内してあげるポン!」
見かねたタヌキが言いました。
「うん、あっちだよ!」とウサギもぴょんぴょん跳ねて先導します。
実は、すぐそばの草むらには、苔むした立派な石碑が立っていました。そこには大きく**『てんぐ山 ⬆️』**と書かれているのです。灯台下暗しとはまさにこのこと。天狗さまは地図と看板に夢中で、足元の本物の案内板に気づいていなかったのでした。
「おお! そっちだったか!」
天狗さまはパッと顔を輝かせ、仲間たちと一緒に歩き出します。
山を守る偉大な天狗さまが、小さなタヌキやウサギに手を引かれてお山を登っていく姿は、どこかちぐはぐで、でも、とっても微笑ましい光景でした。
今日もてんぐ山は平和です。たとえ天狗さまが、明日また同じ場所で迷子になるとしても、優しい仲間たちがきっと「こっちポン!」と道を教えてくれるに違いありません。
(おしまい)

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