星霜の庭と願いを食べる竜
その森は、どの地図にも載っていない、時間の外側に存在する「星霜(せいそう)の庭」でした。
見上げるほど高い古木からは、クリスタルが滴るようにぶら下がり、水面には、まるで星を溶かしたような青い光が満ちています。
そこは、この世からこぼれ落ちた、清らかで、けれど重たい「願い」が集まる場所でした。
庭の最奥、最も光り輝く場所に、その庭の守護者であり、主である白銀の竜・アルヴィスが静かに座しています。
彼の体は、無数の年月をかけて研ぎ澄まされた、月の光に似た白銀の鱗に覆われています。黄金の角と、透き通った水晶の翼を持つその姿は、神々しく、威厳に満ちていました。
そして今、彼の前には一人の少女が立っています。彼女は人間の世界から、迷い、導かれてこの庭にたどり着いたのです。
彼女が抱える「願い」は、あまりにも強く、純粋で、それゆえに彼女自身を苛んでいました。
アルヴィスは、少女の願いを感じ取りました。それは、この庭を照らすどんなクリスタルよりも眩しく、けれど少しだけ悲しい輝きを放っていました。
彼はゆっくりと、その巨大で優しい手を伸ばします。その掌の上で、少女の「願い」は、まるで小さな太陽のように光り輝く球体となりました。
「お前の願いは、誠に美しい……そして、とても重たいな。」
アルヴィスの声は、森の静寂を破ることなく、風のように少女の心に響きました。
少女は驚きと畏敬の念を抱きながら、その巨大な竜の瞳を見つめました。
「私は、願いを食べる竜だ。」
アルヴィスは語ります。
「人間の願いは、時に彼らを動かす力となるが、時に彼らを苦しめる毒ともなる。私は、その毒となる部分、叶うことのない願い、あるいは叶った後もその人の心を縛り続ける願いを食らうことで、この庭の光を保っているのだ。」
「私の願いも……食べるのですか?」少女は、自分の心から溢れ出るような、その願いを、竜が奪ってしまうのではないかと不安になりました。
「違う。」
アルヴィスは、その光の球体を、まるで愛おしい宝物を扱うように、自身の鼻先に近づけました。
「私は、願いを『消し去る』のではない。お前の願いの中にある、苦しみや、迷い、そして悲しみを『食らう』のだ。そうすることで、その願いは、本来の純粋な、お前を前へと進ませる、本当の力へと昇華されるのだ。」
そして、アルヴィスは静かに、その光の球体を、ひとくち、深く吸い込みました。
その瞬間、球体から、かつての重たさは消え去り、より澄んだ、温かい光だけが残りました。
アルヴィスの体も、その純粋な願いの光を受けて、一瞬、より一層輝きを増しました。
「さあ、帰るがよい。」
アルヴィスは、残った光の球体を、そっと少女の手元へと返しました。
「お前の願いは、もう、お前を苦しめることはない。それは、お前の道標となるだろう。」
少女は、手元に戻ってきた、以前よりも軽やかで、けれど力強い光を感じました。彼女はアルヴィスに深く一礼し、この美しい星霜の庭を後にしました。
その背中を見送りながら、アルヴィスは再び、静かな眠りにつきました。
彼は、この世の誰かが、再び、その純粋で重たい「願い」を抱えて、この庭を訪れるのを待っているのです。
彼の存在は、人間の「願い」が持つ、その美しさと、強さ、そして、それを乗り越えようとする、人間の心の高潔さを、永遠に物語っているのです。

#「願いを食べる竜の森」
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