見出し画像

創作大賞2026応募w小説「あたしの道草 〜鼻が光る紳士と白いバラ」

ーあらすじー
アオイは密かに作家を目指す大学生。友人であるミナシロマリは、超天然な帰国子女ガール。ある日、マリに一目惚れした会社員・ダイスケとマリのデートが当日キャンセルになる。マリは気にせず街をブラブラ。
親友リエとの下着選び、27万円のギター即決、謎の外国人からの全米ツアーへのナンパ騒動など、「道草」を次々に展開する。
購入したギターで学園祭ライブに挑んだマリは、オリジナル曲「鼻が光る紳士」を熱唱。アオイは自分らしく生きる勇気をもらい、ダイスケも彼女の自由さに救われる。
後日、ダイスケとのデート(初対面)で、マリは騒動のお詫びとして、ずっと贈ってみたかったプレゼントをダイスケに渡すのだった。ちょっと笑えて気づけば元気になってる、天然帰国子女ガールの道草ストーリー。

※画像:Geminiで生成。



「すべての人間は、二つの人間からできている。一人は一歩一歩着実に歩く人間であり、
もう一人は『あそこに鳥がいる』と言って道草をする人間である」 ーーギルバート・キース・チェスタトン

「ぼくは、ときどき、じぶんが、 すばらしいまちがいをおかしているようなきがする」 ーーサロイヤン(『パパ・ユーアクレイジー』/訳:伊丹十三)



第1章 ポエム (アオイ)


あなたの眼差しは柔らかな風のよう
長いまつ毛と白い肌
春の陽だまりのような暖かい空気

さり気なく私を支えてくれるあなた
頼りない私を静かに導いてくれる

どうして?
どうしてあなたはそんなに優しいの?
そんなに優しくされたら私はきっと
この甘い誘惑に勝てなくなる

「アオイちゃん!」

夢中でキーボード打っていたら聞き覚えのある声に私は顔を上げた。

「マリちゃん!」

と言って私は、とっさに開いていたパソコンを閉じかけたが、目の前にいる相手を見てその手を止めた。

「レポート?」

マリちゃんは、ニコニコしながら私に聞いた。

う、うんと曖昧にうなづいて私はテーブルの紅茶を一口飲んだ。

「あたしもね、レポート出さないといけないんだけど、めんどくさいよね、19世紀のフランス文学って言われてもよくわかんないしね、まだ日本の文学作品のほうが面白いのが多い気がするんだよね、芥川龍之介とか太宰治とか安部公房とか三島由紀夫とか、小6の頃なんかはメチャクチャ読んだけど、、」

一息で悪気なく喋り続けるマリちゃんに私は、手を差し出して「まあ座ったら」って促した。

マリちゃんは、大学の同級生だ。高校が同じだったこともあって仲良くなった。大学内では、私のあまり多くない友達の一人だ。

マリちゃんは、高校2年のときに海外から帰国してきたいわゆる帰国子女だ。高校の頃はクラスが違ったこともあって付き合いはなかったけど、高校ではマリちゃんはその変わった雰囲気でかなり目立っていた。

でも、マリちゃんは帰国子女ということを鼻にかけることもなく、どちらかというと”天然”のキャラで目立っていた。日本語が少しカタコトだったこともそのキャラクターの面白さに拍車をかけていたみたい。

「マリちゃんはどうしてこんなところに?」

ここは、私が創作活動をするのに時々利用している、昭和の雰囲気を残したレトロな喫茶店で、落ち着いて静かなところが気に入ってる。

大学からもかなり離れているし、実際大学の友達とここで会ったことは今までなかった。

「アフリカ人の友達の友達がね、部屋を探すのに不動産屋に行きたいから助けてほしいって言われて、あ、直接言われたのは友達からだけど、今いってきたところ、狭い世界だから、何かあるとすぐに繋がりが出来ちゃうんだよね、危ないってよく言われるんだけど、基本上流階級の人だから大丈夫なんだけどね、で、のどが渇いちゃってお茶でもと思っていたら「白いバラ」っていう看板が見えて、あ、ここにしようって」

マリちゃんは言った。そして周りを見渡して「いい雰囲気だね」と付け足した。

「レトロな感じで、私も気に入ってるの」と私も言った。

「でも偶然だね」

注文したカプチーノを飲みながらマリちゃんは楽しそうに言った。

なんのレポート?ってマリちゃんが聞くので、私は

「実はレポートじゃなくて、趣味の創作、、」

と言った。

「えーすごいね!」マリちゃんは目を輝かせて言うので、私は嬉しい気持ちになった。私はマリちゃんのこういうとこが好き。

マリちゃんには以前、私が小説や詩なんかを創作しているという話をしたことがあった。マリちゃんには、人を素直にさせる不思議な雰囲気があって、なんでも話してしまう。マリちゃん自身も、正直で素直に何でも話してくれるから。作品を見せたこともあるんだけど、マリちゃんは私が書いたものをすごく褒めてくれる。素直な人に褒めてもらえるのはシンプルに嬉しい。

「前に見せてもらったのもすごい良かったよね、アオイちゃん将来は作家?小説家? そっかだから文学部なのか」

作家になる夢は、実は誰にも話したことがない。だからマリちゃんの言葉は嬉しい反面、ちょっとドキッとした。

マリちゃんはすごく褒めてくれるけど、私は自信がない。

小説サイトにも定期的に投稿もしているけど、上手く書けているのか実際にはよくわからない。好きで書いているだけなら、それはただの趣味だし、私が書くものは果たして趣味以上のものなのかいつも葛藤がある。そうこうしているうちに、いつの間にか大学を卒業して当たり障りのない会社に就職して、平凡な会社員として過ごすうちに結婚して仕事をやめて、、。

「あのあとね、あのあとってアオイちゃんに詩を見せてもらったあとね、あたしもアオイちゃんの真似して詩を書いてみたんだよね、でも全然だめで、コッソリ書いてたのに弟に見つかって大爆笑されちゃって、、詩っていうのが何なのかそもそもよくわかってないんだよね、アオイちゃんみたいにカッコいい詩が書きたかったんだけど、弟なんか今でも思い出して爆笑しているくらいだからよっぽどだよね、、」

マリちゃんは、ニコニコしながら話しているけど、私は逆にマリちゃんを羨ましいと思う。だってマリちゃんには邪心がないように見えるから。私は、いつもよく見せようと邪心だらけ。だから書くものもどこか気取っていてピンとこないものになってしまう。だから、書いたものを誰かに見せるのはとても恥ずかしい。こんなに書くことが好きなのに、人に見せるのは恥ずかしいってやっぱり私は自信がないんだと思う。

「でも、そんなに笑えるなら逆に気になるよ、その詩ってもうないの?」

ちょっと気になって私はマリちゃんに聞いてみた。

「あ、どうかな、ノートに書いてたんだけど、弟に大爆笑されたから写真撮って、それからはスマホに書こうと思ってて、、」

マリちゃんはスマートフォンを出して操作し始めた。

あ、これ、写真だからちょっと見づらいけど、とマリちゃんが私にスマホを渡してくれる。

ノートに少し角ばった特徴的な文字が並んでいる。

あなたは仏像みたいだよね
あなたは大きな口を開けている
まるでジムのインストラクター
それは仏像

あなたを愛しています
バラの香りが漂う紳士
無表情なあなたの顔
本当に顔は仏像
どちらかというと大仏
奈良の名物

あなたは生き仏
即身成仏したいの?
あたしの気持ちははっきりしてる
ここは払わせて

je t'aime(ジュテーム)

「プッ! ハハハハハハ!」

私は堪らず吹き出した。さすがマリちゃん、面白すぎ。

なんとなく続きがあるような気がして、スマホの画面を横にスクロールしてみると、お腹を両手で押さえて大爆笑している小学生くらいの男の子の写真が出てきた。私は慌てて写真を戻したけど、きっとマリちゃんの弟だ。

それっぽくフランス語も入れてみたんだけど、なんか変なんだよね、とマリちゃんは面白そうに言った。

これは逆に才能なのでは、と私は思った。

「ケンタなんか呼吸困難になってたし、日本語のニュアンスってホント難しいよ、だからアオイちゃんすごいよね」

「いや、これはこれで面白いよ、マリちゃん」

でも即身成仏なんてよく知ってたね、と私が聞くと、

「同じサークルの仏像好きのコに教えてもらったの、食べ物を食べないで餓死するっていう修行だって、怖すぎだよね」

マリちゃんは言ってカプチーノを一口飲んだ。

「でも、マリちゃん、ありがとう、なんか元気でた!」

私はマリちゃんに言った。

そっかあ、よかった、とマリちゃんはニコニコしながら言って、スマホの時計を見た。

「あ、あたしこのあとジムがあるんだった、行かなきゃ」

アオイちゃん、ごめんね、創作できたらまた見せてね、と言ってマリちゃんは席を立った。

「ここは払わせて」

と私はマリちゃんに言った。だってこんなに元気もらったんだから。

「ありがとう」

と、マリちゃんは笑顔で言って手を振りながらバタバタと店の出口の方へ行ってしまった。

マリちゃん、ありがとう。

私は「ここは払わせて」と言った自分にしばらくニヤニヤしながら、またパソコンに向かってキーボードを打ち始めた。


第2章 居酒屋「やし」 (ダイスケ)


居酒屋 やし。

「ここか? 、、しかし変な名前だな」

俺は、待ち合わせの居酒屋の赤い看板を見て独り言を言った。

高校時代からの親友サカガミシンゴから久しぶりに飲もうと連絡があり、久しぶりといっても2週間ぶりくらいじゃん、と思いながらも飲むのは嫌いではないので、俺は少しウキウキしていた。

駅前の商店街のかなり奥の方にあるその居酒屋は、最近オープンしたばかりの新しいお店らしかった。

駅自体はシンゴの住んでいるアパートの最寄り駅になる。

最初、駅前で待ち合わせていたのだが、俺の仕事が少し遅くなりそうなので、シンゴだけ先に行って飲んでるということになったのだ。

店の入口を入ると、週末だけあって店内はガヤガヤと騒がしかった。

意外に賑わってるなあと思いながら、俺が入口のカウンターの前で店内を見渡していると、若い男の店員が出てきた。

「いらっしゃいやし!」

「やし?」

一瞬聞き間違いかとも思ったが、俺は店名を思い出してピンときた。

居酒屋「やし」。

その「やし」なのか、、?

最近は、ちょっと変わったコンセプトで演出しているお店もあるので、その類の居酒屋なのかも。

「1名様ですか?」

「あ、連れが先に、、」

「わかりやした、どうぞ」

「やし」気にならなくもないが、俺は気にしないで店内をシンゴを探して見渡しながら歩いていった。

「ダイスケ!」

声がした方を見ると、木製の格子に区切られた4人席に座ったシンゴがこっちを見て手を上げている。

おう、と俺も軽く手を上げシンゴの向かいに座った。

座って気がついたが、シンゴの隣には大学生くらいのキレイな女の子が座っていた。

「え? もしかしてお前彼女できたの?」

シンゴは嬉しそうにニコニコ笑いながら頷いた。

「リエです、初めまして、ダイスケさんのことはサカガミさんからよく聞いてます」

その女の子が俺にニッコリ微笑んだ。

あ、初めましてダイスケです、と俺は言ってシンゴを見た。

「大学の後輩のリエちゃん、サークルの後輩でもあるんだけど、、」

「いつから?」想定外のことだったが、俺はショックを悟られないように、あえて驚いたようにリエちゃんを見ながらシンゴに聞いた。

「つい、1週間くらい前から。サークルの飲み会があって俺たちOBも参加したんだよ、そのとき、なんか気があって色々話してるうちに、、ね」

リエちゃんがダイスケを見て頷いた。

「マジか、、」

これは心の声だったが、その声は俺の口から実に自然に転がり出ていた。

「ダイスケ、ビールでいいか」

俺は頷いて、改めてリエちゃんを見た。かわいいじゃん。シンゴにはもったいない。

「ご注文お伺いやし!」

先程の若い店員が来て、ハキハキと言った。

そこも「やし」? と俺は思った。シンゴ達は驚く様子はない。もしかしたら来たことがあって慣れているのかもしれない。

「生ビール一つと、あと若鶏の唐揚、お刺身の盛り合わせ、リエちゃんは? 、、あ、じゃあハイボールも一つ」

少し赤い顔をしたシンゴは適当に注文して俺を見て「で、いいか?」と聞く。

「ん、とりあえず」

じゃ、それで、とシンゴが言うと、

「ご注文承りやしー!」

店員が大きな声で叫ぶ。

「やしー!」

別の店員たちが叫んでいるのが店の奥の方やあちこちから聞こえる。ちょっと奇妙だが、これは決まりごとの掛け声なんだろう。

「なんだよーじゃあ今日は彼女ができた報告というわけか?」

俺は、拗ねたようにシンゴに聞いた。

「まあ、そんなとこ、一応ダイスケには報告しとこうと思って」

なんだよー

今度はなんとか心の中に留めておくことができた。



俺達は、高校時代の思い出話やリエちゃんの大学でのことなどで程よく盛り上がった。

アルコールが廻って3人とも緊張がほぐれてきた頃、俺はリエちゃんに

「リエちゃん、誰か友達で彼氏募集してるコいない? いいコいたら紹介してよ」

リエちゃんも心無しか顔が赤く上気しているように見えるが、意外にお酒は強いようだ。もうハイボールをけっこうなペースで飲んでいる。

「そうですねえ、いなくはないですよ、彼氏は大学関係の人は嫌だっていうコも多いですしー」

やしー! やしー!

ガヤガヤした店内のあちこちで、お決まりの掛け声が飛びかっている。

「同じサークルにもそういうコはいますけど、あ、でもあのコは難しいかなあ」

誰? とシンゴがリエちゃんに聞いた。

「マリ」

「ミナシロかあ、あいつは難しいんじゃない、だって結構同じサークルのヤツ何人もフッてるでしょ?」

「うーん、でもマリに聞いたら、同じ大学とかサークルの人が嫌なんだって、でも一応彼氏はほしいと言ってたし、、」

「あいつは確かに美人だけど、どちらかと言うとお笑い系だからなあ」

「なになに、美人なの? 紹介してよ、リエちゃんー」

俺は酔いも手伝ってちょっと強めにプッシュしている。運のいいヤツはこういうところでラッキーを掴むのさ。

バッグからスマホを取り出して操作し、このコなんですけど、とリエちゃんがスマホの画面をこちらに向けた。

そこには紺色のジャージの上下を着た薄茶色のロングヘアーの女の子が表示されていた。

両手を顔の横で広げて、ちょうど赤ちゃんをあやすような仕草で体を斜めによじっている。確かに美人だ、と言いたいところだがなぜか変顔をしてるので正直わからない。キョーレツな変顔だ。でも、たぶん美人なんだろう。

「アハハハ!」

酔いが回っているのかリエちゃんが大笑いしている。

「ダイスケ、そいつは美人だがなかなか手強いぞ、めちゃくちゃ変わってるからな」

「でも、マリってたぶん男の人とちゃんと付き合ったことないんじゃないかなー、はい、これが平常時でーす」

リエちゃんが赤い顔をしてまたスマホの画面をこちらに向けた。

「おお!」

俺は思わず声を出してしまった。濃い茶色の大きな瞳が印象的なキレイな女の子が、澄ました顔で何かを指さしている画像が表示されている。確かにメチャクチャ美人だが、どこか無防備な可愛さもあった。

「ミナシロは、パッと見は面白キャラだけど、よく見ると美人だよなぁ」

「どうしようかなー マリは親友だし、ダイスケさんが変なことしないって言うんなら紹介できるかもですけど、、」

「変なことって何、そんなことは絶対しない!真面目にお付き合いを、、」俺は言った。

まあ、ダイスケはいい奴だよ、とシンゴもフォローしてくれる。

やしー!

「そっか、でもダイスケさん、本当にマリを傷つけるようなことは絶対しないでくださいね、ああいうコは意外に傷つきやすいし、なによりあたしの親友なんで、、あと、マリって帰国子女でちょっと天然っていうか変わってるところがあるんで、、まあ、傷付くとしたらどっちが傷付くかわかりませんけど、、」

やしー! やしー!

「天然? そんなに変わってるの?」

「んー一言でいうと宇宙人みたいな、、」

よくわかんないけど大丈夫だよ、と俺は言った。可愛い子に悪い子はいない。

今、ミナシロに聞いてみたら? とシンゴがリエちゃんに言った。

「ミナシロももしかしたら会いたくないっていうかもだし、ダメなら早いほうがいい」

皆、酔っているせいか言葉に遠慮がなくなってきてる。

俺も

「ダメ元でいいから聞いてみてよ、お、お願いします、リエちゃん!」

となぜか懇願するようになっていた。

やしー!

「うーん、、そっか、わかった、ちょっと聞いてみるよ、でもマリが嫌だと言ったら諦めてくださいね」

やしー! やしー!

店の奥の方で大きな歓声が上がっている。団体客もいるようだ。

ガヤガヤした店内でリエちゃんがスマホを耳にあてる。

「、、、あ、マリ? あたし、、、うん、、、今、大丈夫?、、そうそう、、、うんうん、でね、あのー知り合いがね、マリのこと紹介してほしいって言ってるんだけど、、どうする?、、、うん、、男の人、、そう彼氏の友達なんだけど、、、社会人で、、、建築系の会社に勤めてる人なんだけど、、、」

リエちゃんが俺をちらちら見ながら話している。

やしー!

「うん、、そっか、、、うん、わかった。、、え、、うん、、うん、わかったわかった、、その話はまた今度聞くから、、」

どうなったのか。リエちゃんはスマホをバックにしまってから俺に向き直った。

やしー! やしー!

「マリ、会ってもいいって!」

「やしー!!!」

俺は思わずガッツポーズをして叫んだ。

通りかかった店員が「お!」という顔で慌てて「やしー!」と叫んだ。

店のあちこちから一斉に「やしー!」という声が上がった。

会計のとき入口のカウンターの前でリエちゃんは少し眠そうでフラフラしていた。なんだかんだハイボールを結構飲んでたからなあ、リエちゃん。

シンゴも赤い顔をしている。

終電にはなんとか間に合いそうだ。リエちゃんはこのままシンゴのアパートに行くようだ。畜生、シンゴうらやましいぞ。

俺も少しフラフラしていたが、なんとも充実したワクワクを感じていた。

リエちゃんの友達のミナシロさんとの顔合わせはリエちゃんがセッティングしてくれるということになった。俺は、フラフラしているリエちゃんを見て、リエちゃんが今日のことを忘れないか心配になった。一応、俺にはシンゴから連絡が来るということになってるから、まあ大丈夫だろう。

ミナシロマリ、、。マリちゃんかあ。

顔がついついニヤける、

会計が終わり、俺達が店を出ようとしたら、ちょうど通りかかった最初のあの若い男の店員が「お客さん」と俺を呼び止めニコニコしながら

「やし!」

と俺に向かってガッツポーズを作った。

俺も小さく「やし!」とガッツポーズを返し店員に向かって頷いた。

「ありがとうございやしー!!」

店を出ると、店内から明るい掛け声が聞こえた。

サカガミシンゴたちと別れ、俺は駅までの道をふらふら歩きながら、心の中で何度も「やし!」と言っていた。

第3章 電車の中 (マリ)


(一)

周りがみんな知らない顔ばかりで、あたしも少し緊張していたんだよね。

だってまだそこの”現地校”に来てそんなに時間が経っていなかったし、当たり前だけど、まだ馴染めてる感じもしていなかったから。

フランス語は、実はほとんど理解できたんだけど、そのコ達はまさかあたしが、そのコ達が話しているフランス語がわかってるとは思ってなかったみたい。

まあ、海外では人種差別なんて普通にあるって知ってはいたし経験もあるんだけど、実際にされるとやっぱりショックだよね。

そのコ達がそのつもりでそう言ったのかはわからないけど、あるいはもしかしたら、そんなニュアンスもあるのかも、とあたしはそのとき思っていた。

でも、あたしはそれほど腹が立ったりしなかったんだよね。だって、もしそうだったとしても、それはそのコ達の問題で、あたしの問題ではなかったから。

もちろん、そのことでそのコ達があたしに攻撃を仕掛けてきたら、あたしも戦わざるを得ないけれど、そのとき、そのコ達はそんなことはしなかったし、そのつもりもなかったみたい。

ただ、単純にあたしのことが珍しかったんだと思うけど、まあ、少しは差別的な意識はあったのかもしれないね。だって、白人とアジア人では、やっぱり違うし、アジア人の中でも日本人は特に違うってあたしでも思うから。

でも、あたしはそのとき、そのコ達の心の奥底にあるかもしれない差別意識よりも、言葉にしたその表現がちょっと気になってしまったの。

そのコ達、あたしを見て、あたしに聞こえるくらいの声でこう言ったの。

「彼女、鼻が光ってる」

確かにそのとき、あたしは緊張で鼻にアブラが出ていたと思うんだよね。

そのコ達、、彼女たちは、まさかあたしがフランス語を理解しているとは思っていなかったみたいで、あたしに聞かれても平気な感じだったけど、鼻が光ってるって聞こえてあたしはちょっと笑いそうになったの。

もちろん、差別意識があるのかも、と考えれば少しは「え?」って思って、同時になにか恥ずかしいような気持ちもなくはないけど、あたしはそのときその言葉を純粋に「面白い」と感じてしまったんだよね。だって今でも覚えてるくらいだから。

それに、あたしも、転校してきたばかりの子の鼻が光ってたら、「あ、鼻が光ってる」って言っちゃうかもって思ったの。

だから、やっぱり差別的な意識はなかったのかも。わからないけど。 

後に帰国して、同じ大学の友達のリエちゃんにも笑いながら言われたことがある。

「マリ、あんた最初会ったときスゴイ鼻光ってたよね」って。

あたしはつい「あ、それ言われたことある!」って叫んだんだけど、現地校の話をしたら、リエちゃんはちょっと申し訳なさそうな顔をして、変な意味で言ったんじゃないんだけどって付け足した。

「気を悪くしたらゴメンね」ってリエちゃんは言ったんだけど、あたしはむしろ少し嬉しかったんだよね。

その頃には、あたしは、自分の光る鼻を誇りに思ってたくらいだったから。

リエちゃんは、もしかしたら、その言葉に差別意識を感じてしまったのかもしれないけど、あたしは全然気にしてなかった。

それに、そのことがどう変な意味になるのか、よくわからなかったから、気を悪くしようがなかった。

あたしは、自分の鼻がくすんでるって言われるよりは、光ってると言われる方がうれしいと思ってたからね。

後で知ったんだけど、「鼻が光ってる」って欧米では「得意になっている」って意味もあるらしいんだよね。

でもあたしは、全然そうじゃなかったから、やっぱり本当に鼻が光ってたんだと思う。

まあ、最近は友達に言われて、必要以上に光らないように気を付けるようにしてるけどね。

大学の友達に教えてもらった洗顔料でぬるま湯で優しく洗うと、割と光らなくなるみたい。

あたしはそんなに気にはしていなかったんだけど、友達の方が気になったみたいで、こうするといいよって教えれくれたんだよね。少し残念な気もしたけど、あんまり鼻を光らせてもね。

あたしは、ずっと自分の光る鼻のことを考えていたんだけど、それには理由があって、実は今、電車の中で、あたしが立っている目の前に会社員風のネクタイを締めたおじさんが座っていて、その人の鼻がビックリするくらい光ってるの。

そのおじさんは、少し疲れたような眠そうな顔をしていたから、決して「得意になってる」って感じではなかったから、単純に鼻が光ってるんだと思う。

あたしは、正直「負けた」って思った。

だって、そのおじさんの鼻は本当にピカピカと光っていたから。

このおじさんが、もしも「得意になって」いたら世界が明るくなるほど、鼻が光るかも。

あたしはそんなことを考えながら、目の前の座席に座っているおじさんの鼻に注目してたんだけど、別にそのために電車に乗っているわけではなかった。当たり前だけどね。

(二)

同じサークルの女友達にリエちゃんっていう子がいるんだけど、最近彼氏が出来たらしいんだよね。

大学のサークルの先輩でサカガミさんっていう人。

もう卒業しちゃったんだけど、あたしも知ってる人で、OBも交えたサークルの飲み会でどうもそういうことになったみたいなんだよね。

うん、悪い人じゃないと思うよ。一年生のときに、あたしにも色々教えてくれて、親切な印象がある。

サークルに新一年生が入ってきたとき、あたしがそのコ達のことを「コーハイ」って呼んでたら、サカガミさんが

「ミナシロ、山下は確かに後輩だけど、いちいち”山下後輩”っていう言い方はしないんだよ」

って教えてくれた。

あたしは、親の仕事でヨーロッパを転々としていたときに、パパのおすすめのショーンなんとかっていう渋くて有名な俳優が出ている映画をDVDで観て、日本人は「センパイ」「コーハイ」って呼び合うって言ってたから、そうだと思って新一年生のコを「山下コーハイ」って言ってたんだよね。

そしたら、そんな言い方はしないって。

「センパイ!」「コーハイ!」ってなんかかっこいいなあって思ってたから、軽くショックだったんだけど、サカガミさんが教えてくれてよかった。

でもよく考えたら、あたし高校生のときも下級生をコーハイって言ってたから、もしかしたらみんな心の中ではおかしいな、と思ってたのかもね。

そのころ、あたしはそれ以外にも色々と変なことを言ってたらしいから、「コーハイ」とかその程度ではみんな驚かないくらいになっていたのかもしないけどね。

でもセンパイには「サカガミセンパイ」って言うこともあるって、言わないのはコーハイだけだって聞いて、あたしは、やっぱり日本語は難しいって思ったんだよね。

もちろん、あたしは日本人だから日本語はネイティブなんだけど、海外の生活が長かったから日本語の微妙なニュアンスとかがちょっと苦手なんだよね。

あたしが好きな日本語で「おっちょこちょい」っていうのがあるんだけど、覚えたての頃は「おっちょこちょいちょい」なのか「おっちょこちょいちょいちょい」なのかわからなくなることがあって、適当に使ってたんだよね。

弟のケンタがまだ今より小さい頃に、あたしが「おっちょこちょいちょい」って言ってたら覚えちゃって、この「ちょいちょい」っていうのが楽しいみたいで「おっちょこちょいちょいちょい」って勝手に言ってて、あたしが「おっちょこちょいちょい」が正しいと言ったら、パパが「正解は”おっちょこちょい”だよ」って言って大爆笑。

あたしは、いまだにどっちかわからなくなって間違えることがある。

ケンタは、日本の学校に行くようになると、すぐに変な言葉をたくさん覚えて、ママに怒られてた。あたしもいつの間にか、、、。

「ふがっ!!」

目の前の鼻が光ってるおじさんが、その鼻をいきなり鳴らしたので、あたしの思考はそこで止まってしまった。

おじさんは、自分のイビキみたいな音に自分でビックリしたみたいで、辺りを寝ぼけたような顔で見まわしていたけど、実は目の前のあたしが一番驚いてた。

あたしは、驚いておじさんの顔をずっと見てたんだけど、おじさんがそれに気が付いてあたしを見て、目を逸らして、もう一度見て、また逸らした。

もしかしたら、あたしの鼻が光ってたから二度見したのかと、一瞬思ったんだけど、さすがに違うよね。

とにかく、あたしは、まあ弟のケンタもそうなんだけど、日本語がちょっと変なときがあるし、ニュアンスもよくわかってなかったり、勘違いしていることも多いんだよね。

そのせいで、よく笑われるんだけど、でも仕方ないよね。

 (三)

で、その最近彼氏ができたリエちゃんが、あたしに男の人を紹介してくれるっていうんだよね。

サカガミさんの高校の友達らしいんだけど、あたしのことを話したらあたしに会いたいんだって。

あたしも一応、彼氏は募集中だから会ってみてもいいかもって思った。しかもリエちゃんの紹介だしね。

サカガミさんの友達なら、いい人かもね。しかも年上っていうのもポイントだった。あたしは、年下よりは年上の方が合うと思ってたから。

サカガミさんは、なんでも、建築関係の仕事をしているらしくて、あたしからしたら、ある種の憧れを感じるくらい。

結構、もしかしたら腕とかに筋肉が付いてたりするのかなって勝手に想像してちょっと懐かしい気持ちにもなったりしてて、っていうのは、海外の人ってみんななんだか大きくてゴツいんだよね。

大学の友だちも、みんなヒョロヒョロってしてるから、ゴツい感じがなんだか懐かしいって感じてしまうの。

もちろん日本人でも筋肉質な人はいるんだけど、向こうの人は、やっぱり骨格からもうゴツいっていうね。

そんな人ばかりの環境にいると、どうしてもそっちがスタンダードになってしまうんだよね。

まあ、でもだから男の人としてどうかっていうのは、また違う問題だけど、それでも、リエちゃんに話を聞いたときにちょっと興味を持ったのは本当なんだよね。

なんとなく、勝手に懐かしいような気持ちになってしまって、会ったらもっとそんな気持ちになるのかも、ってよくわからない期待もしてしまったの。

あたしは、もともとフランス人と付き合いたかったんだけど、うまくいかなくて、そのあとアフリカ人と付き合いたいと思って友達のツテを辿ったりしてたんだけど、これもなかなかうまくいかなくて、、。


で、日本に帰ってきたら、日本人も意外にカッコいいよねってなって、それからは日本人で探してるんだよね。

でも、なかなかいい人がいなくて。

付き合ってって言われることはよくあるんだけど、いつのまにか友だちみたいになっちゃうんだよね。

たまに顔がかっこいい人もいたりするんだけど、なぜか段々ロボットみたいに見えてきて、なんだか特別感がなくなっていくっていうか、自分でもよくわからないんだけど、どうしても無理みたいってなってしまうの。

今でもみんな友達は友達なんだけどね。

あたしは、どういうわけか男の人に、特に日本人にはモテるみたいで、しょっちゅう声をかけられたりするんだけど、なかなかコレっていう人はいないんだよね。

デートみたいなのは何回もしてるんだけど、どうしてもそんな気にならないっていうか、まあ、ちょっと怖いっていうのもあったりして。

もちろん、相手からデートの後に「なんか思ってたのと違う」って言われたこともある。やっぱりあたしがちょっと普通じゃないっていうのが、合わないっていうか、嫌なんじゃないかな。

でもそれは、仕方がないよね。

夏に、大学の友達とお祭りに行ったときなんか、同世代の男の子たちにナンパ?されたこともあるんだけど、その時も「変わってるよね」って言われたんだよね。

その男の子、いきなりあたしにキスしてきたんだけど、あたしは全くその気にならなくて、やっぱりそういうことは好きな人としないとダメなんだなってそのとき思った。

あたしは帰国子女だし、普通の日本人とはやっぱりちょっと違うし、でも一応日本人ではあるから、日本的な部分もあるとは思うし、憧れもあるし、だから日本人でもあたしと合う人はいるとは思うんだよね、きっと。

あとは、やっぱり同じ大学とか、同じサークルの人は嫌っていうのがあって。

なぜなら、サークル内で、誰かが付き合い始めたときに、みんなの前で「私達、付き合うことになりました」って宣言しているのを見て、これは嫌だなって思ったの。

とにかく、それであたしは、リエちゃんにその建築関係の人に「会ってもいいよ」って言ったんだよね。

なにより、年上だし、大学関係じゃないっていうのが、あたしはいいと思ったのね。


(四)

あたしがそんなことを考えながら、目の前のおじさんの鼻をまだコッソリ見ていたら、持ってたバッグの中でブブーってスマートフォンのバイブが鳴った。

スマホをバッグから取り出してみてみると、SNSの通知が来ていた。

「リエちゃん!」

と、あたしはSNSのアプリを開いてメッセージを見て呟いた。

”サカガミさんに、スズキさんから連絡があって、急な仕事で行けなくなったらしくて、マリに謝っておいてほしいって”

あたしは、リエちゃんが紹介してくれた、その”スズキダイスケ”さんに今日会うことになってた。

待ち合わせは午後2時だったんだけど、まだ昼の12時だから早過ぎるんだけどね。

”サカガミさん”っていうのはリエちゃんの彼氏のサカガミシンゴさんのこと。

いきなり連絡先を教えあうよりは、とりあえず間にサカガミさんが入ってくれてて、そのほうがミナシロも安心だろって話になったみたい。

あたしはどっちでもよかったんだけど、確かに会ったこともない人にケータイの番号とかSNSを教えるのはリスクがあるよね。スズキさんは、そんなにおかしな人ではないって話だけど、一応ね。

”わかりました”

あたしはリエちゃんにメッセージを返した。

スズキさんは、今日、日曜日が仕事が休みって話だったんだけど、まあ働いてればそんなこともあるよね。

スズキさんに会うのは、ちょっと楽しみにしてたから残念だけど、まあ仕方ないよね。

でも、今日あたしはずっと家にいて、退屈だったから、早めに家を出たんだけど、これからどうしよう。

引き返して家の近くにあるスポーツジムに行こうか、とも思ったんだけど、もう待ち合わせのお店がある都心のターミナル駅に着きそうだったから、引き返すのもなんかもったいないよね。

あたしは、誰かと待ち合わせするときはいつも早めに向かうようにしてる。

理由は単純で、あたしが時間まで待てないから。

あと、あたしは方向音痴だから、待ち合わせのお店を探すのに時間がかかるだろうって”読み”でいつも早く向かうようにしてる。

でも、大抵は早く着きすぎて時間を持て余しちゃうんだよね。

今日は、予定自体がキャンセルだから、そういうのとは違うけど、時間ができたことには変わりないね。

とりあえず、あたしは駅前をブラブラすることにした。まあ、もともと早く着いたら駅前をブラブラするつもりだったしね。

なんたって、待ち合わせの二時間前に着いちゃってるからね。

第4章 白いバラ (マリ)


駅は終点だから、ドアが開くと電車に乗っている人はすごい勢いで降りていってる。

あたしの前に座ってた、鼻が光ってるおじさんも駅に着く頃には、どこかシャキッとした顔になって、鼻も光が増したみたい。

そこで初めてあたしは、そのおじさんがネクタイはしているものの、薄いグレーの作業着みたいな服を着ていることに気が付いた。

もしかしたら、建築関係の人なのかな、とあたしは思って、スズキさんももしかしたらこんな感じの人なのかも、と想像していた。

そのおじさんが立ち上がって、そそくさと電車の出口から出ていった後、あたしも降りていく人に続いて電車を降りて、ホームに立った。

今日は日曜日だからか、少しだけいつもより人が少ないみたい。お昼ということもあるのかもしれないけど、なんだか少しだけのんびりした雰囲気を、あたしは感じた。

平日の朝なんか、人だらけで凄いことになってるからね。

あたしは、まばらな人の流れになんとなく乗りながら、ホームから階段を降りて改札に向かった。

少ないとはいってもターミナル駅だから、やっぱり人が多い。でも、いつもとは顔ぶれが違うよね。

いつもは、あたしも行き先が決まっているから、あまり意識することはないけど、こうしてみると、みんなどこに行くんだろうね。

それぞれの人がそれぞれの目的地を目指して歩いているのがなんか不思議。

(五)

あたしは、いつもはあまり行かない西口のほうへ行ってみようと思った。

この前、友達の友達の部屋探しを手伝ってあげたんだけど、そのときもやっぱり西口の方から出たの。

友達に頼まれて、不動産屋に行ってその人とお店の人の通訳をしてあげたりしたんだよね。

あ、その友達の友達は黒人系で日本語が全然できなくて、それで、通訳とか手伝ってあげてって頼まれたの。

で、その人がタクシーで大使館に帰っていったあと、一人でブラブラ歩いてて。

それで、なんとなく大学の方に歩いていたら、なんとなくレトロな感じの喫茶店があって、ちょうどのどが渇いていたから、なんとなくお茶飲もうと思ってそのお店に入ったら、同じ高校の同級生で同じ大学のアオイちゃんがいてビックリ。

大体あたしはなんとなく行動することが多くて、アオイちゃんもなんとなく見つけて、なんとなく声をかけたんだよね。

アオイちゃんは、詩を書くのが上手で、そこでも創作活動をしてたみたい。

アオイちゃんは、とっても素敵な詩を書くコで、あたしは大好きなんだよね。

高校の頃は、話したことはなかったんだけど、大学で偶然会って、同じ高校ってことがわかって、仲良くなった。

アオイちゃんはあたしのことを知ってたみたい。まあ、あたしは16歳で日本に帰国して、編入した高校でも日本語が変でちょっと目立ってたみたいだから、アオイちゃんがあたしを知っててもおかしくないよね。同じクラスになったことはないんだけど。

アオイちゃんは、落ち着いた雰囲気の可愛いコで、あたしは基本的に可愛いコが大好きだから、すぐ好きになったんだよね。

詩を書いてるって教えてくれて、作品も見せてくれたの。それがとっても素敵で、カッコよかったの。なんか向こうの授業で、詩の朗読とか暗唱とかしたのを思い出した。

恋愛っぽい詩だったと思うけど、アオイちゃんって彼氏いるのかな。やっぱりああいう恋愛の詩を書くには、実際に恋愛をしてないと書けないよね。今度アオイちゃんに会ったら聞いてみよう。

その喫茶店に行ったらまたアオイちゃんいたりしないかな。

あたしも今日は暇になっちゃったし、その喫茶店で詩でも書こうかな。なんか、詩を書いてるってカッコいいよね。

あたしは、駅の西口から出て、駅前のロータリーに沿って歩いた。

駅には大きく東口と西口があって、どちらかというと東口の方が開けているから、あたしは東口に出ることが多かった。

だから、この間もそうだけど、西口ってなんか新鮮なんだよね。

この間の喫茶店は、西口にあるちょっと大きな公園を超えて少し行ったところにあって、あたしの中ではちょっとした穴場って感じ。そんなに混んでなさそうだし、雰囲気も古い感じであたしの好みに合ってるんだよね。

あたしは、小学校の低学年くらいにはもう海外に行ってしまったので、日本ではどうしてもその年代で止まってしまってるところがあって、少し古めのそのくらいの時代の雰囲気の方がなんか落ち着くんだよね。

だから、結構年上の人との方が、話が合うようなところがあって、逆に同世代のコたちが普通に知っているようなこととか流行りのファッションとかにはちょっと疎いのね。

向こうは、日本ではオシャレとかいろいろ言われてるけど、基本的にズボラなだけだから、あたしもその楽さに慣れてしまってるところがある。

服だって、自分が着たい服を好きに来ているだけだしね。

だからあたしが気に入ってる服は、紫のラインが入った紺色のジャージの上下だったりするんだよね。大学にももちろん着て行ったりする。

そんなことを考えながら歩いてたら、いつの間にか西口の大きな公園通り過ぎてた。公園はやっぱり人は多いね。

公園を超えた通り沿いのお店が並んだ先に「白いバラ」という看板が見えた。

このお店で、偶然、アオイちゃんに会ったんだよね。

「白いバラ」っていうネーミングもどこかヨーロッパぽいし、なんとなくレトロな雰囲気もあって、小さい頃、まだ海外に行く前に日本にいた頃を思い出すような、どこか懐かしい感じ。

お店の前まで来て、あたしは自動ドアを開けて中に入った。

それなりに人がいて、店内はちょっと混んでる感じ。

あたしは、この前来た時にアオイちゃんが座っていた奥の席のところに歩いて行った。

やっぱり、いないか。もしかしたら、と思ったけどアオイちゃん、いないみたいだね。

今日は日曜日だもんね。わざわざ出てきたりはしないか。

あたしは、ちょっと残念に思いながら、アオイちゃんがこの前座っていた席が空いてたから、そこに座った。

席はそこそこ埋まっていて、この前よりも少し混んでる印象。やっぱりお昼時だからかな。そういえば、あたしも少しおなかが減ってるかも。何か食べようかな。

メニューを見てあたしは、グレープフルーツジュースと高菜ピラフを注文して、一息ついた。

店内をもう一度ぐるっと見回してみる。

やっぱり、アオイちゃんいないよね。立ち上がってお店の角の方も見てみたけど、アオイちゃんはやっぱり来ていないようだった。

アオイちゃんのことを考えていたら、あたしはなんだか詩が書きたくなって、バッグの中から大学ノートとペンケースを取り出した。いつも持ち歩いてるんだよね。

あたしは、どちらかというとアナログ派だから、パソコンとかに書くよりノートに書くほうが楽なんだよね。

これからはスマホに書いていこうとは思ってるんだけど、今日はノートのほうがいいかな。

あたしは、ペンケースからオレンジ色のボールペンを出して、テーブルの上にノートを広げて、思いつくままに言葉を書いていった。衝動があるときは、一気に書き上げたほうがいいってフランス人の先生に言われたことがあって、それはアオイちゃんもそう言ってた。

(六)

鼻が光る紳士
明るい光で未来を照らす
得意になってもいいと思うよ

世界はあなたのために輝いている
あなたの鼻のように

あたしは恋人にも会えないまま
一人で暗闇を歩いてた

暗い夜道はピカピカの
あなたの鼻が役に立つ

ジングルべ、、、


あ、これってアレじゃん!

あたしは、書きながら自分の詩が、知ってる歌の歌詞に引っ張られているのに気がついた。

いい感じだと思ってたのに、やっぱり詩は難しいね。でも、誰かに見せるわけでもないし、まあいいか。やっぱり、鼻が光ってる紳士じゃ、あまりロマンチックじゃないよね。アオイちゃんもそうだけど、ヴェルレーヌとかランボーみたいにはいかないね。

あたしは、グレープフルーツジュースを一口飲んだ。

もしかしたら、韻を踏んでないのがいけないのかな。でもアオイちゃんの詩って韻なんて踏んでたかな。


高菜ピラフは、どこか懐かしい味がして美味しかった。好きなんだ、美味しいよね。チャーハンと似てるけど、微妙に違うよね。何が違うのかはわからないけど、あたしはピラフのほうが好きかな。

あたしは、グレープフルーツジュースを一口のんで、また大学ノートを開いた。

さっき書いた「鼻が光る紳士」の詩を読んでみた。うーん。

あたしは、ページを変えてもう一度衝動を言葉にしてみようとノートに向かった。


鼻が光る紳士
彼女の前で未来を照らす

鼻が光るあたしの前に
明るく広がる白いテラス

白いテラスに黒いカラス
白か黒かと大声で
紳士は叫んで声を枯らす

おお 鼻が光る紳士よ
あたしの鼻も光ってる

おお 鼻が光る紳士よ
あなたの鼻には完敗です

乾杯

ピラフを一つ
お願いします


なにこれ? 全然ロマンチックじゃないし、意味不明。

大体、鼻が光ってる紳士がそもそもロマンチックじゃないよね。ていうか、鼻が光ってるってなに? うーん。あたしなりに韻を踏んでみたんだけど、どうもそういう問題じゃないみたい。

ブブー!

あたしのバッグの中から、スマホのバイブの音がした。あたしはスマホをバッグから取り出して画面を見た。

「リエちゃん!」

リエちゃんから、SNSでメッセージが届いたみたい。あたしは、SNSのアプリを開いた。

”お疲れ! 今、どこにいるの? 家?”

”大学の近くの喫茶店でお茶飲んでます。リエちゃんは?”

”あ、こっち来てるんだ 今、私も駅にいるんだけど、どこ? ひとり?”

”ひとりです。西口公園のちょっと先にある「白いバラ」という喫茶店です。”

”そっか もし暇だったらちょっと付き合ってくれない?”

”大丈夫です。スズキさんに会うのがなくなったので暇です。”

”ありがと、じゃあ10分後くらいに西口公園の噴水のとこにいくから、そこで”

”わかりました”


第5章 リエちゃん (マリ)


(七)

「リエちゃん!」

西口公園の噴水の前にあるベンチに座ってスマホを見ていたリエちゃんに、あたしは声をかけた。

「あ、マリ! ごめんねー、スズキさんのデートがなくなったから大丈夫かなーと思って連絡してみた」

リエちゃんはベンチから立ち上がって言った。

「うん、あたしもこっちに出てきてたし、暇でどうしようかなって思ってたとこ、そこの先の喫茶店で高菜ピラフを食べてた、リエちゃんはどこか行ってたの?」

「ああ、えっと、実はサカガミさんと会ってたんだよね」

「え、デート?」

「ん-デートっていうか、昨日からずっとサカガミさんのマンションにいたんだよね」

「ええ! さすがリエちゃん! やっぱりスゴイね」

「別にすごくないでしょ、普通だよ、てか、マリ、あんた、その格好で今日スズキさんに会うつもりだったの?」

え、変かな?ってあたしは答えたんだけど、やっぱりジャージの上下っておかしいかな。

「まあ、あんたは美人で可愛いから何を着ても似合うと思うけど、さすがにジャージの上下っていうのもあんまりじゃない? スズキさんと初対面でしょ?」

「そっか、初対面でジャージはマズイか、でもいつも通りだし、そのほうがリラックスして話せるかなって、、」

「うーん、まあ、いつも通りでいいとは思うけど、、でも、もう少しオシャレな服にするとか、、なんかズボラな感じに見えちゃうよ」

そう言ってリエちゃんは、あたしを見て少し呆れたような顔をした。

「まあ、いいけどね、自由だから」

「そっか、このジャージ気に入ってるんだけどね」

実は、あたしなりに色々考えていつものジャージにしたんだけど、リエちゃんからしたらやっぱり変なんだね。

「まあ、マリの場合、あんまり関係ないか、、でも今日、ちょっと残念だったね」

「うん、でも仕事じゃ仕方ないよね」

「スズキさん、かなり残念そうだったらしいよ、また改めて誘うって言ってるみたい」

リエちゃんは、スズキさんに会ったことがあるから、大体どんな人か知っているらしい。

あたしはリエちゃんに気になってたことを聞いてみた。

「リエちゃん、ちょっと気になってたんだけど、スズキさんってどんな人?」

「え? 今? 、、、あ、うん、そうだね、よく考えたらあまりそういうこと話してなかったかもね、でも、マリ、あんまりスズキさんに興味ないのかと思ってた」

「そうなんだよね、実はあんまり興味はなかったんだけど、建築系の会社で働いてるって聞いて、もしかしたら結構ゴツイのかなと思って、ちょっとドキドキしてるんだよね」

「あれ、マリ、そういう感じがタイプなんだっけ?」

「うん、なんか懐かしいっていうか、、」

「懐かしい、、?」 

リエちゃんが、腑に落ちないって感じで、あたしの顔を見返してきたから、あたしはちょっと笑いそうになったんだよね。

まあいいけど、と言ってリエちゃんは、ちょっと思い出すような顔をしながら、顎に手を当てた。

「私も一回しか会ったことないからなあ、あくまでも、私の印象だけど、そんな悪い人ではなさそうな感じかな、サカガミさんとは高校時代に仲が良かったらしくて、今だに連絡とって会ったりするくらいだから、親友っていうかそんな感じみたい、サカガミさんの話だと、高校時代に一度彼女ができたらしいんだけど、すぐに振られたっていう話、、高校を卒業してしばらくはアルバイトくらいしかしていなかったみたいなんけど、2,3年前くらいに建築系?の会社に就職して今に至るって感じみたい、、あ、それから、スズキさんはそんなに身体が大きいっていうか、マッチョなタイプじゃないよ、残念ながら」

リエちゃんは、そう言ってあたしを見た。

リエちゃんは、あたしが筋肉系マッチョな人が好きだって思ったみたいだけど、あたしはただ単に海外では大きい人ばかり見てたから、そういう感じが懐かしいと思っただけなんだよね。

10才くらいの時にフランスに住んでた時に、近所にオランダ人のおじさんが住んでて、時々、道で会うと挨拶してくれたんだけど、メチャクチャ大きな人で、横に並ぶとあたしの顔がちょうどおじさんの腰のあたりで、あたしはおじさんの顔よりおじさんの腰の茶色いベルトの方が、よく覚えてるくらい。

もちろん、みんながみんなそんな大きな人ではないけど、全体的に海外の人はゴツゴツして大きい人が多いよね。

「なるほど、そっか」

あたしがそう言うと、リエちゃんは意味あり気にあたしの顔をじっと見て、

「サカガミさんの話だとスズキさん、高校を卒業してからは彼女はいなかったらしいよ」と言った。

リエちゃんは、あたしを促して西口公園の中を駅方面に歩きだした。

ふーん、とあたしは言ってリエちゃんに

「そういえば、リエちゃん、今日はショッピング? 洋服でも買うのかな?」

と聞いた。


(八)

「そう、それなんだけど、、」

リエちゃんは、歩きながらちょっと躊躇して「あの、、」と言った後、少し照れたように、でもそれもなんだかトボケながら

「実は、来週サカガミさんの誕生日なんだよね」

と言った。

「へえ、そうなんだね、あ、もしかして誕生日のプレゼント?」

「うん、まあ一応ね、、それでその、リサーチっていうか、、まだ今日買うかどうかはわからないけど、、」

「リエちゃん! いいねいいね! プレゼントいいね!」

あたしは嬉しくなって言った。

「なんでマリがそんなに喜んでるのー!? うん、でね、何をプレゼントしたらいいかなーって、、こんなことマリくらいしか相談できないから、、みんなホラ、いろいろうるさいじゃん?」

リエちゃんも少し嬉しそうに言った。

わかった、と言ってあたしは考えた。

サカガミさんでしょ、なにをプレゼントしたら喜ぶんだろう。やっぱり欲しがってるものがいいよね。サカガミさんって何が好きなんだろう。大体、男の人って何をプレゼントされたら嬉しいんだろう。

そこまで考えて、あたしは自分がサカガミさんのことを何にも知らないということに気がついた。

「リエちゃん、なにか考えてるプレゼントってあるの?」

あたしはリエちゃんに聞いてみた。

「うーん、それがまだよくわかんないんだよね。まだ私も付き合ってそんなに長くないし、、まあ、ネクタイとか、、?」

リエちゃんも、迷ってるみたい。確かに考えたらリエちゃんもまだ付き合って1,2ヶ月くらいだもんね。

「変なものあげてセンスないって思われるのも嫌だし、かと言って普通のっていうか、ありきたりなモノはイマイチだし、やっぱりしっかり爪跡を残したいんだよね、一応」

とリエちゃんが考えながら言った。

「あ、でもネクタイって結構いいんじゃない? あたしのパパ、、父親も母親にネクタイもらって嬉しかったって聞いたことがあるよ」

あたしは、パパが嬉しそうにママからのプレゼントの話をしていたのを思い出しながら言った。まだ、パパもママも若かった頃の話らしいけど、誕生日プレゼントにネクタイはいい気がする。

「まあ、悪くはないと思うんだけどね、なんかそれって付き合って間もないカップルには合わない気もするんだよね、、私のイメージではネクタイって新婚夫婦って感じ、、しかもなんか”ベタ”過ぎるっていうか、、ちょっと重いイメージもあるし、、なんか新婚の奥さんが夫に”しっかり働いてね”って言ってるみたいで、なーんかピンとこないっていうか、、、結婚なんかまだ考えられないしね」

なるほど、とあたしは思った。確かに、カップルっぽいかというと微妙な気もするね。

「サカガミさんって何か好きなものとかあるのかな? 趣味とか」

「やっぱ、そこだよねえ、うん、実はサカガミさん、音楽が好きで自分でギターも弾いたりするんだよねえ、あとはスキーでしょ、ゲームでしょ、サッカーでしょ、映画、旅行、お酒も好きだし、、」

「リエちゃん、いいじゃん! ギターをプレゼントすれば? サカガミさん喜ぶんじゃない?」

「マリ、あんたギターっていくらするか知ってるの? ギターって結構高いんだよ。しかも、私ギターのことなんてわからないし、、」

「うーん、そっかあ、じゃあ、太鼓は? アフリカンフェスタに行ったら売ってて、あたしもどうしても欲しくて買ったことあるよ、8000円くらいだったかな」

「あんた、アフリカの太鼓なんか買ってどうするのよ」

「家で叩くの、結構いい音するんだよ、今でも時々叩いたりするよ」

あたしはポンポンというアフリカの太鼓の独特の音色を思い出して、楽しい気分になった。

「あんたねえ、サカガミさんがアフリカの太鼓をあたしからプレゼントされて喜ぶと思う?」

「喜ばないかな? あたしなら嬉しいけどなあ」

リエちゃんは、ちょっと呆れたような顔であたしを見て、

「まあ、あんたの海外的?なのかよくわからないセンスは買うけど、、アフリカの太鼓かあ、、、サカガミさん喜ぶかしら? いや喜ばないでしょ!」

アハハハハ! リエちゃんが珍しくちょっとおどけて、あたしたちは笑った。

でも、あたしだったら本当に嬉しいけどなあ。


(九)

あたしたちは、西口公園から駅の方に向かって歩いて、駅前にいくつかある大手デパートの一つに入った。

「やっぱり、身に付けるものがいいかなあ、でもサカガミさんアクセサリーとかあんまり付けないんだよねえ」

リエちゃんはデパートの各階のフロア説明のボードを見ながら言った。

なるほど、とあたしは相槌を打ちながらリエちゃんの横で考えていた。

アクセサリーか、悪くないかもね、でも普段付けないんならあげても付けないかもね。あたしもアクセサリーは付けないから気持ちはわかる。

「うーん、やっぱり初めての誕プレだから、小物とか軽いものがいいのかな、予算のこともあるし、、」

リエちゃんが独り言っぽく言ってるのを聞きながら、あたしは、スポーツジムで知り合った年上のお姉さんが彼氏にあげるって言ってたプレゼントのことを思い出してた。

このお姉さんが言ってたプレゼント、彼氏にあげるのあたしの夢なんだよね。かなり憧れてる。

あたしは、リエちゃんにあたしの夢のプレゼントを提案してみた。

「リエちゃん、下着はどうかな?」

リエちゃんは、一瞬「ん?」って顔をしてから、ため息をつくように目を伏せながら「マリ、あんたねえ、、」と言って動きを止めた。

そっか、下着かあ、、と言ってリエちゃんは考え込んだ。

いいと思うんだよね。あたしの憧れの”男物の下着”のプレゼント。ジムのお姉さんは、彼氏の誕生日に下着をあげるって言ってたんだよね。

あたしは、軽くショックを受けて、だけどすごく羨ましくてウットリしたまま「いいですね!」って叫んでた。

だって、下着ってとても特別な感じがするし、身に着けてくれたら嬉しいし、男の人に履いてほしい下着をプレゼントするってなんだか大人って感じでカッコイイと思ったんだよね。

そのお姉さんは色々教えてくれて、女物のセクシー下着をプレゼントする人もいるんだよって言ってた。

あたしは、彼氏がそれを身に着けるのかと思ったんだけど、お姉さんは笑って、

「そうじゃなくて、彼女がその下着を身に着けて、彼氏はそれを脱がすんだよ」

って言ったんだよね。

なるほど! ってあたしは思って、これはとてもいいプレゼントだと思ったの。だって、これはカップルにしかできない、カップルのための特別なプレゼントだから。他のどんなプレゼントでもこれはやらないよね。

リエちゃんは、しばらく考えて、下着かあ、ともう一度呟いた。

「いやあ、でも、、、まあねー」

リエちゃんは、明らかに心が揺れてた。

「リエちゃん、付き合ってるんだし、変なことは何もないと思うけど、、」

あたしは言った。

「うーん、まあ、とりあえず、色々見ながら考えるよ」

そう言ってリエちゃんは、歩き出した。

いいなあ、あたしも彼氏のプレゼントで色々悩んでみたいなあ。あたしはプレゼントをあげるのが好きだから、彼氏はきっとあたしからいろんなものを貰えるね。でも、まずは彼氏を作らないとね。あー今日スズキさんが来てくれてたら、あたしはそのまま付き合ってたかも。もう、ほとんど誰でもいいって感じ。リエちゃんの話だと、スズキさん、割といい人みたいだし。このさいスズキさんでもいいよね。

それから、リエちゃんとあたしは色んな階を見て回ってプレゼントを探した。

色々あちこち回ってリエちゃんは、結局、青っぽい皮のキーケースを買った。鍵って毎日必ず使うから、その度に自分のことを意識させられるかなって言ってたけど、確かに! それに値段もちょうどいい感じだって。

こういうのは高価すぎると返って重い感じになるから、程々がいいんだよってリエちゃんは言った。でも、リエちゃんが買ったキーケースは割と高級感があっていい感じだとあたしは思った。

「リサーチのつもりだったけど、買えてよかった」

と言ってリエちゃんは満足そうだった。

「よかったね」

あたしが言うと、リエちゃんは何でもないような素振りで

「マリ、一応、ちょっとさっき言ってた下着も見てみていい?」

と言った。

「あ、もちろん!」

あたしは嬉しくなって言った。そうこなくっちゃね。

第6章 アンダーウェア (マリ)


(十)

リエちゃんとあたしは、5階にあるアンダーウェアのショップに行ってみた。

男の人の下着は、女の人のに比べると地味な感じで、派手なのはあまりなさそうだったけど、シックでなんかかっこいいよね。ブランドのせいかな。

実際にショップに来てみると、リエちゃんもあたしもちょっと恥ずかしくなったんだけど、なるべく気にしないように堂々と、当たり前のようにお店の中に入った。

いろんな種類のアンダーウェアが並んでいる店内を軽く見渡して、リエちゃんは、あたしに囁いた。

「やっぱり買うのはネットにするわ、なんか恥ずかしくなってきた。今日はリサーチだけ」

「わかった」

あたしも、そのほうがいいと思った。だって意外に刺激的で選ぶ余裕はなさそう。

特に、男の人の下半身だけのマネキンが刺激的で、あたしはドキドキしてた。

「マリに聞いてもしょうがないけど、やっぱりボクサーパンツがいいよね」

「え!」

あたしも男の人のパンツのことは、実はよく知らなくて、パパが履いてた海水パンツみたいなのや、弟のケンタの子供っぽいパンツしかイメージがなかったんだけど、例えばこのマネキンが履いてるのは、確かによく見るとボクサーっぽい感じがした。

「そうだね」

と、あたしは答えて考えた。弟のケンタは、いつもママが買ってくる白いブリーフっていうの? を履いてるけど、さすがにああいうのは子供っぽいよね。でもプロレスラーみたいな人が履いているような三角の小さいのは刺激が強すぎるっていうか、あ、でも付き合ってるなら、関係ないか。

ジムのお姉さんは、その下着をどうやって選んだかは教えてくれなかったから、その選び方はあたしにはわからない。

でも、男の人はどうやって自分の下着を選ぶのかな。

そこまで考えて、あたしは、リエちゃんに気になってたことを小さな声で聞いてみた。

「リエちゃん、パンツのサイズってわかるの?」

「え、うーん大体ね、、」

「へえ、そういうものなんだ、、やっぱりわかるものなの?」

「うーん、MかLとか? くらいじゃないかな、、」

なんだか生々しくて、あたしは顔が火照ってきた。

「マリ、なんでそんな真っ赤な顔してるの」

あたしは恥ずかしくて「へへ、、」って照れ笑いしたんだけど、やっぱり恋人同士だとそういうこともわかるんだね。

あたしがニヤニヤしているとリエちゃんは、あたしの顔を見て、ハッとしたように

「あ、マリ! まさかと思うけど 下着のサイズってそのサイズじゃないからね。」

「え?」

「あんた、男物の下着のサイズってなんの大きさだと思ってる?」

「え? えっと、その、だから、、男の人の、、」

だから違うって! と、リエちゃんはもう一度言って、あたしの腕を引っ張ってショップの外に出た。

エントランスのとこまで来て、リエちゃんはアハハハ!を可笑しそうに笑った。

「マリ、あんた変なこと考えてたでしょ、違うよ! アハハ! LとかMってマリが考えてるそのサイズじゃないよ!」

あたしは、よくわからなくて、えーでもって言ったんだけど、やっぱりあたしは何か勘違いしてたみたい。

「ええ、じゃあ、LとかMってなんの大きさなの?」

ってあたしは、リエちゃんに聞いてみた。

リエちゃんは笑いをこらえながら、

「いや、だから、それはパンツの大きさでしょ! だから、、まあウエストとか腰回りとかじゃないかな、たぶん」

と言った。

そうなんだね、知らなかった。あたしはてっきり、、。

まあでも、あんな下半身だけのマネキンに囲まれてると、やっぱりちょっと刺激的だよね。リエちゃんも言ってたけど、こういうのはネットで買ったほうがいいとあたしは思った。

リエちゃんは、まだまだクスクス笑ってる。そんなに可笑しかったかな。まあでも、プレゼント自体は買えたわけだし、とりあえずよかったね、リエちゃん。


(十一)

「ふーん、そうなんだねーあたしはてっきり、、、だってブラジャーは胸の大きさだから、、」

あたしは、今日2杯目のグレープフルーツジュースを飲みながらリエちゃんに言った。

あのあと、リエちゃんとあたしは、もうアンダーウェアのショップには戻らなかった。

あたしたちはそのままデパートを出て、駅前のコーヒーショップでドリンクを飲んでいた。

「まあ、そう言われてみれば、マリが勘違いするのも分からなくもないけど、、考えたこともないな、、いや、でも、やっぱ違うでしょ」

リエちゃんは、可笑しそうに言ってカプチーノを飲んだ。

「サカガミさんに聞いてみれば?」

「そんなこと聞けるわけないでしょ! まあ、とりあえずプレゼントは買えたから、、下着は無理にプレゼントしなくても大丈夫だし、、よく考えたらちょっと攻めすぎてる感じもするし今回はやめとくわ、、まあ、でもマリ、今日はありがとう、助かったわ」

リエちゃんは、そう言ってカプチーノのカップをテーブルのソーサーの上に置いた。

「いや、全然! あたしも楽しかった。でもリエちゃんって大人だよね、あたしは割とモテるんだけど、付き合うってなるとけっこう難しくて、、デートは何回もしたことあるんだけど、なかなかやっぱりそういう目で見れる人がいなくて、、あたしも誰かにプレゼントあげたいなあ」

「ん、まあ、マリは確かにモテるとは思うよ。私も何人かマリと付き合いたいって人を聞いたことがあるし、、でも、マリって結構、理想が高いんじゃない? 誰でもいいから付き合っちゃえばいいのにって思うけどね? 何事も経験だよ、、大体マリってどんな人が好きなの? 聞いたことあったっけ?」

リエちゃんにそう言われて、あたしはうーんって考えた。

あたしが好きな人のタイプ、、、。こういうことって何回か聞かれたことがあるんだけど、それまで聞かれる度にあたしは「ゲンズブール」って答えてたの。

フランスの俳優っていうか歌手の人なんだけど、日本では誰も知らないんだよね。

元々はママが好きだったんだけど、ママの影響であたしも好きになって、でもこれが本当に好きなタイプなのかっていうと、実はあたし自身も考えちゃうんだよね。だって、あたしは胸毛が苦手だから。

ママが若い頃にジェーン・バーキンに似てるって言われたことがあるらしくて、それでゲンズブールも好きになってっていうことみたいなんだけど、ママからしてもかなり年上なのに、あたしからしたらもう殆どご先祖様っていうくらい年が離れてるから、どうもなんかあたしみたいな若者が好きなタイプとしては、ゲンズブールを知っている人でもあまりピンとこないみたいなんだよね。あたしも、実際のところよくわからなくなってて、、。しかも、ゲンズブール自体がもう亡くなってるしね。

だからリエちゃんに「好きな人のタイプは?」って聞かれても、どう答えたらいいか考えてしまったんだよね。

あたしは、どんな人が好きなんだろう?

「とりあえず”年上”かなあ」

あたしは答えた。

「ざっくりしてるね、そういえば、なんかフランスのなんとかっていう俳優が好きって言ってなかったっけ」とリエちゃんが言ったからあたしは

「あ、そう、セルジュ・ゲンズブールね、確かに好きなんだけど、どちらかっていうとそれは母親が好きなんだよね、あたしには年上過ぎるから、、実際、もう亡くなってるしね、だから好きなタイプっていうと年上で、あと、大学関係以外かな」

と言ってみたんだけど、リエちゃんは、あたしの顔をしばらくじっと見て

「なるほどね、でも、それは好きな人のタイプとは違うんじゃない? 年上なら誰でもいいわけじゃないでしょ?」

と言った。

確かに、でもゲンズブールみたいな人がいたとしても、同じ大学の人だったら嫌だなあ。

「うーん、実際のところよくわからないんだよね、、あたしは自分がちょっと変わってるから、相手も変わってないと合わないんじゃないかなって思ってる。向こうでは変わってるのが当たり前だから、あたしもそんなふうに育ったから。あたしは、普通っていうのがよくわからないし、、大体、才能ある人って変わってる人が多いから、、」

リエちゃんとは、前にもこんな話をしたことがあるような気がする。リエちゃんは、とにかく誰でもいいから付き合ってみたらっていつも言ってる。

なるほどねえ、ってリエちゃんは言ってまたカプチーノを一口飲んだ。

「まあ、スズキさんがどうなるかだね、、私は意外といいんじゃないかなあって気もしてるけどね、、、向こうはマリのこと気に入ってるみたいだけど」

あたしも、実はスズキさんが気になってきてるんだよね。まだ顔も知らないし、どんな人かも、会ったこともないんだけどね。まあ特別な才能はなさそうだけど、だからといって悪い人ってわけでもなさそうだし、でも好きかといわれれば、当たり前だけどまだそんなことはないし、、とにかく可能性があるってだけでこんなにドキドキできるっていうことは、あたしもやっぱり動物っぽいね。

「あたしも、スズキさんにパンツをプレゼントしようかな」

「え?」

「いや、お近づきのしるしに、あたしも下着のパンツをスズキさんにプレゼントしようかなって、リエちゃんが羨ましくて、、あたし彼氏にパンツをプレゼントするのが夢なんだよね」

「いや、だから私は今回はプレゼントしないよ、、てか、あんたまだスズキさんと付き合うって決まったわけじゃないでしょ」

「そうなんだけど、だからお近づきのしるしに、、、」

「パンツを? プレゼントするの? マリ、あんたが言うと本気に聞こえるから、、一応言っとくけど、そういうことはやめた方がいいよ」

あたしとリエちゃんは、それから30分ほどそのコーヒーショップで話した。

リエちゃんは、色々やることが溜まってるから家に帰るって言って帰っていった。リエちゃんは、一人暮らしだからね。それだけでも羨ましいのに、彼氏までいていいなあ。

それから、スズキさんにパンツをプレゼントするのはやっぱりやめた。

リエちゃんに、初対面で下着をプレゼントされたらどう思うって言われて、想像したら笑いがこみ上げてきて、リエちゃんも「それヤバイでしょ!」って二人で爆笑。

確かに、付き合う前にそんなことしたら変だよねって納得。


第7章 ジュリアン (マリ)


(十二)

「まあ、やっぱり見た目とフィーリングが一番大事ですよ」

とその店員のお兄さんは言った。

やっぱりそうだよね。

うーん、どうしようかな、、この赤いのもカッコいいし、でもこの茶色いのもプロっぽくていいよね。

あたしは、所狭しとエレキギターが並べられた店内を見渡しながら考えてた。

コーヒーショップを出て、リエちゃんと別れてから、あたしはどうしても衝動を抑えられなくて、西口公園の近くの楽器屋さんに来ていた。

駅を西口から出たときは、なぜか毎回西口公園の方に行くことが多くて、そのときにこの楽器屋さんの前をよく通ってて気になってたんだよね。


楽器屋さんのショーウインドウにはたくさんのカッコいいギターが並べられてて、あたしは憧れとともに、そのギター達に興味をそそられていて、いつかそのお店に行こうと思ってた。

リエちゃんの彼氏のサカガミさんがギターが弾けるっていう話を聞いて、なんとなく忘れていた情熱が蘇ってきたっていうのかな。

エレキギターを見ると、あたしは自動的にジュリアンっていうクラスメイトだった男の子ことを思い出すんだよね。

ジュリアンは、ちょっと背が低かったんだけど白人なりのハンサムな顔をしていて、よく話しかけてくれてあたしもちょっと気になってた男の子だったの。髪の毛もクルクルってしてていい感じだったしね。

当時のあたしは、海外生活にはそれなりに長くなって慣れてはいたんだけど、やっぱり差別されることがあったり、治安のことも親から結構言われてたこともあって、いつもどこか警戒心をもって生活してたんだよね。

特に、差別については露骨にされることもあって、最初はビックリすることも多かった。歩いてていきなり唾をかけられたこともあったからね。

もちろん、かわいがってくれる人も多かったけど、一定数そんな人がいるってことは知ってて、それが長い間彼らの当たり前の生活の中で育まれてきたことも一応理解はしていた。

つまり、そういうことはあって当たり前だと思ってたの。

だから、ジュリアンに家に誘われたときは、ビックリしたし少し警戒心もあって、けっこうドキドキしてたんだよね。その学校には、まだ転校して2、3ヶ月くらいだったしね。

でもジュリアンは、なぜかあたしに何かと声をかけてくれて、優しく接してくれてたんだよね。

ジュリアンは、あたしが日本人ってことに関心があったみたいで、色々と日本のことを聞かれたのを覚えてる。あんまりちゃんと答えられなかったんだけどね。


ある日、ジュリアンがあたしに家に来ないかって誘ってきたんだよね。

え、って思ったんだけど、仲良くしてもらってたし、興味もあったから、あたしは次の日曜日にジュリアンの家に行くことにしたんだよね。

誘われるままに一人でジュリアンの家に遊びに行ったんだけど、今考えてみるとあたしもなかなか大胆だよね。一応、ママには話をしたんだけど、ママは「いいじゃない」って軽い感じで言ってて、ちょっと嬉しそうでもあった。

でもなぜか本能的にパパには内緒にしてたんだけどね。別にパパはそんなことで怒るようなタイプではなかったけど、なんとなく秘密って感じもあたしは楽しんでたかな。パパはいつも帰りが遅かったから話せなかったというのもあるけど。

まあ、家にはジュリアンのパパもママもいて、二人きりってわけではなかったんだけどね。


家に行くと、ジュリアンのパパとママも出迎えてくれて、あたしはママが持たせてくれた手作りクッキーを渡しながら、まるで日本代表みたいな気分で挨拶したのを覚えてる。

あたしはジュリアンの部屋に招かれたんだけど、なぜかジュリアンがギターを弾いてくれて、戸惑いながらも、あたしはジュリアンが弾いてるその黒いエレキギターがカッコいいって思ってちょっとドキドキしたんだよね。

ジュリアンのギター演奏は天才的で、まるでプロレベルだった。

アンプっていう四角いスピーカーにギターのコードを刺して、物凄い速さでギターを弾いてた。結構大きな音で弾いてて、あたしも聞いたことがある有名な曲も弾いてくれた。

あたしは、ちょっとビックリしたけど、これはジュリアンなりの日本人のあたしに対する親愛のアプローチだと受け取ったんだよね。あたしは、大きなギターの音とジュリアンの超速い演奏に、とにかくシビレてあたしもギタリストになりたいと思ったくらい。

ジュリアンは、色々とギターや曲について説明してくれたんだけど、あたしはジュリアンの黒いピカピカのギターがカッコよくて、ウットリしてた。

ジュリアンのお父さんは音楽の教師をやっていて、専門はピアノだったみたいだったけど、ジュリアンは小さい頃から昔のバンドの映像を見ててエレキギターに目覚めたみたいなんだよね。

テレビでも、流行っている音楽だけじゃなくて結構古い音楽もたくさん放送されていたから、昔の良質な音楽に触れる機会も多くて、ジュリアンは15才ながら何十年も昔の音楽が好きなんだって。

ジュリアンのパパも、昔のロック音楽が大好きで、自分でもバンド活動をやってた事があるらしいって言ってたから、ジュリアンもきっとそのお父さんの影響もあるんだろうね。

ジュリアンは、近所の音楽好きのおじさん達と一緒に、何十年も昔の曲を演奏して、時々歌も歌ったりもしてるって言ってた。

その中に日本人もいるんだよ、ともジュリアンは言った。

あたしはといえば、どちらかと言うとロックとかそっち方面の音楽には疎い方なんだけど、家族でドライブに行くときは、パパがいつも有名な曲をかけまくってたから、耳だけはいいと思うんだよね。


ジュリアンとは、いろいろな話をした。

ジュリアンが、

「僕は日本が好きなんだ。アニメも好きだけどあの独特の文化は特別だと思う」

て言ったとき、あたしは、「確かに! ちょっと変わってるけど独特の魅力があるよね」って言ったんだけど、ジュリアンは面白そうに笑って

「マリだってそうだよ」

って言ったんだよね。

あたしは、そのときはあまり深く考えなかったんだけど、よく考えてみると何が”そう”なんだろうって話だよね。あたしは、変わってるって言われたのかと思って「ん?」ってなったんだけど、ジュリアンの顔がちょっと赤くなってて、なぜかわからないけど、あたしもなんだか恥ずかしくなったんだよね。

ジュリアンが、マリはどんな音楽が好きなんだいってあたしに聞くから、あたしは、チャイコフスキーとかストラビンスキーかなって答えた。

あたしは小さい頃バレエを習っていたから、バレエの音楽になんとなく馴染みがあったからね。あとはピアノを習ってたから、ショパンとか、、。

でも、パパはドライブのときに昔のロックやポップス、シャンソンなんかも聴いてたし、ママも音楽は好きだから、家では何かしらの音楽がかかってるって言ったら、ジュリアンは「へえ」って興味深そうに聞いてた。

ジュリアンとは、ギターを弾かせてくれたりして、なんとなくいい感じの雰囲気になってたんだけど、あたしはなんだか恥ずかしくて昨日見た夢の話とかを喋りまくってて、ジュリアンも、自分が好きな音楽の話を熱心に話したりしてて、あたしたちはそれぞれに少し照れながら自分の情報を相手に投げ合ってた気がする。で、それは、15才のあたしの大切な思い出の一つになった。


そのあとリビングに呼ばれて、ジュリアンのパパが、あたしに優しく話しかけてくれた。

「マリ、ウチは日本には結構関わりがあってね、私の弟は日本に住んでるんだよ」

なんて言ってて、あたしは、ヨーロッパの大人は厳格でちょっと威圧的な印象があったから、ジュリアンのパパのフレンドリーな態度はちょっと意外だったけどとても嬉しかった覚えがある。

「マリは、頭が良くて、成績はクラスで一番なんだよ」

ってジュリアンが言うとジュリアンのパパは「へえ、すごいね」って驚いてた。


とにかく、そのときにジュリアンが弾いてたギターがカッコよくて、あたしはいつかエレキギターが欲しいって思ってたんだよね。

ジュリアンは、学校でもあたしにとても優しくしてくれて、あたしが少し差別意識をもったクラスメイトに俗語でちょっとした悪口を言われたときにも「気にすることないよ」って言ってくれたりした。あたしはそういった俗語の悪口を理解できないフリをしてたんだけど、ジュリアンにはあたしが全てを理解してるってことが分かってたみたい。

あたしはそれから一年くらいで帰国することになったんだけど、帰国するときもジュリアンは手紙とギターのピックをくれたりした。

その学校でのあたしの友達は、どういうわけかアフリカ系の女の子が多くて純粋に白人系の男の子の友達はジュリアンしかいなかったような気もする。もちろん期間が短かったってこともあるけど。

今考えてみると、ジュリアンはあたしの初恋の相手だったのかなって気もするけど、結局、3回くらい家に行ったくらいでデートもしたことがないし、すぐに帰国ってなったから何も進展もしようもなかった。もちろん、色々美化されてるってこともあるだろうけど、今のあたしからしたら割とキレイな思い出の一つって感じだね。

ただ、ジュリアンがなにかのタイミングで「マリは日本人のなかで一番可愛いと思うよ」って言ってくれたことがあって、随分大人っぽいことを言うのねってあたしもついつい意識してたっていうのはあるかも。

向こうの男の子ってどこかマセたところがあるから、そんなことを言うのも普通なのかもしれないけどね。


とにかく、ギターっていうとどうしても、このジュリアンのことや、あのカッコいい黒いエレキギターを思い出すんだよね。物凄い速さで動くジュリアンのしなやかな指先も、あたしにとってはギターとセットって感じ。

あたしにとっては、ギターとともに、もしかしたらこれが淡い初恋の思い出ってことになるのかも、なんて後で思ったりもしたんだけど、なんにも具体的な進展もなくて、手を繋いだりもしなかったし、もちろんキスもしなかったし、そもそも好きなのかもよくわからなかったし、これって何だろうって感じだった。

でも今だにギターを見ると、ジュリアンのことを思い出してちょっとドキドキするってことは、やっぱりジュリアンはあたしの初恋の相手ってことになるのかもね。

考えてみると、このころのことがあるから、あたしはまずフランス人と付き合いたいと思っていたのかも。


(十三)

あたしは、目の前並べられたギターをぼんやり見渡しながら、無意識にそんなことを考えていた。なんだかあの頃の複雑な感情を思い出したような感じがして、

「うーん」

と、あたしは唸った。

「色とか形とかの好みもあるとは思うんですけど、意外と直感的に決める人が多いですよ」

店員のお兄さんがまた言った。

なんとなく、思い出に浸っている感じになっていたので、あたしは改めて目の前に並んでいるギターを見渡した。

「あれカッコイイかも」

あたしは壁の上段の右奥に掛けられている、赤茶色で、角みたいな突起が二つある渋い感じのギターを指さした。

「あ、SGか、いいですね」

お兄さんは言った。

ジュリアンのギターとはちょっと違う感じだったけど、あたしにはすごく個性的な感じがした。

「お客さん、バンドとかですか?」

って店員のお兄さんが聞いた。

ギターは初心者で、今はせいぜいアフリカの太鼓しか叩けないっていうのは最初にお兄さんに伝えてたんだけど、そういえばバンドとかそういうことは考えてなかったなあ。

あたしは、家で弾いてちょっと自慢するくらいかな、将来的にはわからないけどって答えた。

「あ、それなら、もっとお手頃なのがありますよ。あの辺は20万円以上する結構お高いヤツなんで、初めてなら最初はこの辺りがおすすめです。もちろん、最初からイイのを買っとくっていうのもアリですけど」

お兄さんは、手前の左側に並んでいるエリアを右手で指した。

なるほど、赤、白、黄色、と水色とちょっとかわいい感じのギターが並んでて、これはこれでいい感じ。ピカピカしてて、色つやもいいね。初心者用ってことなのかな。でもリエちゃんの言ってた通りギターって結構高いんだね。

お兄さんと目が合ったら、お兄さんはニコッと笑って左の窓側の初心者用エリアをもう一度指した。

でもあたしは、あのSGっていうギターにどうにも惹かれてたんだよね。


「マリ先輩!」

あたしは横から声をかけられて、声の方を見た。

「磯部コーハイ!」

そこには大学の後輩の”磯部コーハイ”がギターのケースを肩に抱えてこっちを見ていた。

磯部コーハイは、サークルの後輩の山下コーハイの仲のいい友達で、厳密には直接の後輩ではないんだけど、よく山下コーハイと一緒にいたから、ついでにコーハイっていう呼び方が定着してしまったんだよね。

ちなみに、サークルの後輩の山下コーハイは、山下コーハイっていう呼び方をサカガミさんに指摘されてからはなるべくしないようにしてて普段は「山下」って言うようにしてた。

だけど、磯部コーハイは直接の後輩じゃないから、逆に呼びやすい呼び方でいいかと思って、そのまま磯部コーハイって呼び続けてる。磯部コーハイも、そう呼ばれることについては何も言わないから、気にしてないか、あるいは”気に入ってる”?って思ってる。

「なんすか、マリ先輩、ギターっすか?」

「磯部コーハイ、偶然だねー、今日は山下は?」

「今日は一人っすよ、、マリ先輩、ギター買うんですか?」

磯部コーハイは、興味深そうな顔でこちらに近寄ってきた。磯部コーハイは軽音楽部に入っててバンドでライブとかをやったりしてるから、ギターには詳しそう。

「そうなんだよね、なんかギターが欲しくなって、見てるんだけど、あれがいいかなーって」

あたしが右奥に掛かっているSGというギターを指さすと、

「SGじゃないっすか! 、、けど、あれ27万円もしますよ、、、マリ先輩、ギター弾けるんですか」

「実はほとんど弾けないんだよね、今はアフリカの太鼓を叩くくらい」

「アフリカの、、」

磯部コーハイは、並んでいるギターを見渡し、あたしの左側の安いギターが並んでる辺りを指して

「マリ先輩、初心者だったら、その辺りの安いヤツにした方がいいんじゃないっすか?」

と言った。

「何かを始めるときは、良いもので始めるっていうのがあたしのこだわりなんだよね」

これは、実はいつもパパが言ってることで、何でもなるべく一流のものに触れることが大事だってあたしは小さい頃から言われてきたんだよね。

「はあー、やっぱ”お嬢”は違いますねえ、まあでも、自分が気に入ったのを選ぶのがいいとは思いますけどね」

「よかったら、ちょっと弾いてみますか?」

店員のお兄さんがあたしに言った。


(十四)

ガガガーッ! 

ガガガガーッ!

ガガガ、ガガガガーッ!

「ちょ、ちょ、マリ先輩!」

「なに? どした? 磯部コーハイ」

「試し弾きですから、そんないきなり激しい感じで弾くのはダメっすよ、マナー的に、、」

ねえ?、と磯部コーハイは、横にいた店員のお兄さんに言った。お兄さんが苦笑いをしているから、きっとそうなのかもしれない。

「そっか、ごめんなさい、、なにしろ弾いたことないからね、でもこういう前衛的な演奏もどこかで聴いたことある気がするんだよね」

店員のお兄さんが、ギターをアンプに繋いでくれて試し弾きをさせてくれるって言うから、あたしは例のSGギターを取ってもらって弾かせてもらっていた。

確かに、ジュリアンはもっと洗練された演奏をしていた記憶があるけど、そんな演奏はあたしができるわけないから、雰囲気で弾いてみたら、思いの外前衛的な感じになって自分でもビックリ。アンプに繋ぐとこんなに大きな音が出るんだね。

「まあ、マリ先輩、最初は持った感じとか、重さとか、ちょっと音を鳴らしたときにシックリくるかとか、フィーリングを確認するんすよ、、どうですか、持った感じは?」

「いいね、とっても! 確かにあたしはギターはまだ弾けないから、フィーリングを確認するしかないね、その意味では、かなりシックリくる気がする」

「だそうです」

磯部コーハイは、横で見ていた店員のお兄さんに言った。

磯部コーハイに答えて「あ、はい」とその店員のお兄さんが言ったところで、後ろから別に店員さんが来てお兄さんになにか耳打ちした。

お兄さんは、ちょっと驚いたような顔をして耳打ちした店員さんを見て、あたしたちに「ちょっとすいません」と言ってお店の奥に行ってしまった。

店員のお兄さんが歩いていくのを見ていた磯辺コーハイにあたしは言った。

「今度は磯部コーハイが弾いてみてよ、あたしはOK」

いやあ、オレが買うわけじゃないからなあ、と言いながら磯部コーハイはあたしからSGギターを受け取って、慣れた手つきでポロローンと鳴らした。

「磯部コーハイ、上手だね」

あたしは言った。

「コード鳴らしただけっすよ」

と言いながら磯部コーハイは、今度はどこかで聴いたことがあるような音階をギターで弾いた。

「あ、コレ聴いたことある!」

あたしは叫んだ。これ、ジュリアンも弾いてたような気がする。

「あ、知ってます? クラプトンっすよ、ギターの神様の」

「おお、けっこう有名人だよね」

たぶん、パパがドライブBGMにもあったような気がする。

まあ、そうっすね、と言って磯部コーハイはさらに慣れた手つきで色々と音階をSGギターで弾いた。

「やっぱ、高いギターは弾きやすいっすねえ」

磯部コーハイは、SGギターを弾きながら言った。

「磯部コーハイ、ギター上手だね!」

一応、バンドやってますからね、と言って磯部コーハイは得意気に笑った。

それから磯部コーハイは、「やっぱいいわ」と言いながら、いろんな音階をSGギターで弾いていた。


「でも、マリ先輩、ギターを買うんなら”軽音”に入りませんか。マリ先輩が入るとみんな喜ぶと思いますし、それにそのほうがたぶん、ギターも早く弾けるようになりますよ、、あと、ライブもできますし」

SGギターをポロポロ弾きながら、磯部コーハイが言った。

「軽音って軽音楽部のこと? なるほど、いいかもね、、あたしは家に誰か来たときに弾いて自慢できればサイコーって思ってたんだけど、確かにライブとかしてみたいかも」

あたしは、ギターを持ってステージの上でジュリアンみたいに演奏している自分を想像してテンションが上ってきた。

「よし、決めた! あたし軽音楽部に入るよ、、そしたら磯部コーハイ、あたしにギターの弾き方教えてよ」

「あーいいっすよ、マリ先輩来てくれたらみんな喜びますよ、マリ先輩、よく話題に出るんで、、それに、アオヤマさんやハルヤマさん、コナカさんとか知り合いですよね」

「あ、そう、サクラちゃんやリンちゃんもそうだし、ワカナちゃんもリコちゃんも友達だからね、、でもこっちのサークルの合宿のときはいけないけどね」

「あの、、お客様」

さっきの店員のお兄さんがいつの間にか戻ってきててあたしに声を掛けてきた。

「あ、あの、このSGギター買います!」

「ええ!」

磯部コーハイが大きな声を出した。

「マリ先輩、27万円っすよ! ホントに大丈夫なんすか! そのへんに1、2万くらいのヤツありますよ」

「大丈夫、株を売るから」

磯部コーハイは、いやホント、マジか、、誰と話してるかわかんなくなるなあ、と言って店員のお兄さんを見て

「だそうです」

と言った。

店員のお兄さんは「あ、はい」と言って、ちょっとソワソワしながらあたしをチラっと見て、磯部コーハイに耳打ちするように小声でなにやら話していた。

「ええ! マジっすか!」

磯部コーハイは驚いたように言って、困惑したように、いや、まあ、大丈夫だと思いますけど、、ええ、、?とあたしの顔を見た。

第8章 全米ツアー (ダイスケ)


(十五)

「全米ツアー!?」

俺は、大声を出した。

「全米ツアーってなんだよ! どういうこと? え? マリさんが? 全米ツアー? そう言ってるの?」

俺は、最寄り駅から自分のアパートまでの10分ほどの帰り道を、スマートフォンで話しながら歩いていた。もう夜の11時くらいだろうか。

電話の相手は、高校時代の同級生で親友の”サカガミ”シンゴだ。

俺は、建設会社に勤めており、今日は本当は久しぶりの休日だった。

でも、担当物件についてクレームが入ったとのことで、課長から連絡があり、今日は休日返上でその対応に追われていた。

現場を解放されたのが夜の10時。今から1時間ほど前というわけ。

通り慣れたアパートまでの道は、夜11時くらいになると人通りもほとんどなくなってくる。

実は、今日俺は親友のシンゴの彼女リエちゃんの紹介で、ミナシロマリさんという女子大生と会うことになっていた。

帰国子女でちょっと変わっているらしいが、写真を見せてもらうとメチャクチャ美人で一目ぼれしてしまい、少し無理を言って紹介してもらったのだ。ストレスフルな社会生活の中で、彼女でもいないと仕事のモチベーションも上がらないというものだ。

シンゴの話では、相手のマリさんも乗り気でシンゴと会うのを楽しみにしている、ということだった。

しかし、悪夢の電話でマリさんと会うという今日の予定は崩壊した。

ある種、そういう仕事ではあるし、よくあることでもあるが、よりによって”マリさんと会う”というその日が急遽仕事になってしまうとは、俺もツイてないよなあ。

とりあえず、状況を伝えてマリさんと会う予定を泣く泣くキャンセルするしかなかった。

ミナシロマリさんは、シンゴの彼女のリエちゃんの大学のサークル仲間で、紹介してくくれたのもリエちゃんだったが、やり取りはシンゴと彼女のリエちゃんを通して、マリさんと連絡を取ることになっていた。

つまり、マリさんと俺の間をシンゴとリエちゃんが仲介しているような感じ。

何を警戒しているのかとも思ったが、そのときはシンゴの彼女のリエちゃんとも初対面だったし、マリさんとリエちゃんは親友ということで、これはまあ、マリさんを紹介してくれただけでも喜ぶべきだろう、と俺は納得していた。

だから、今日はマリさんと会った時に、直接SNSや連絡先を教えてもらうのが、俺のミッションの一つでもあった。

まあ、いずれにしても、今日の予定はキャンセルされてしまったので、俺はガッカリしながらも次に備えるべく、マリさんの様子を聞くためにシンゴとSNSでやり取りしていたが、話がなんだか変なのだ。

”で、マリさんの様子は? なんか言ってたって?”

”残念そうにしてたらしいよ。実は今日リエはミナシロに会ったらしい”

”え、そうなの”

”一緒に買い物したらしいけど、特に気にしてなかったってさ”

”そっか、まあ、ならいいけど、また改めて誘うって伝えてもらって、、”

”それはもちろん! ただ、その、ミナシロからリエに連絡があって、なんでもアメリカに行くからダイスケも一緒に行かないかって”

”へ? どういうこと?”

”ミナシロがアメリカに行くって言ってるらしい”

”だからどういうこと?”

”一緒に行かないかって”

”アメリカに? いや、意味わからん”

”全米ツアーって話”

”ますますわからん”

”スティーブとかなんとか”

”ますますますわからん! 何の話?”

”全米ツアーだってさ”

”だからどういうことだよ! マリさんがアメリカでツアーでもするのかよ”

”よくわからんが、そういうことらしい”

SNSでは埒があかないと判断して、俺はシンゴに電話した。

「全米ツアーってなんだよ」

「いや、電話が切れちゃってリエもよくわからないらしいんだけど、ミナシロがアメリカに行くって言ってるらしいんだよ、で、シンゴも一緒に行かないかって」

「いや、話がよく見えないんだけど、、」

「んーとりあえず、リエが言ってることを伝えると、ミナシロがどういうわけか、今日、楽器屋でギターを買ったらしいんだよ、それも27万もするヤツを、、で、どういうわけかそこに来てたスティーブなんとかっていう外国のミュージシャン、ギタリストらしいんだけど、にナンパされて、一緒に全米ツアーを回らないかって誘われたらしいんだよ」

「はあ? なにそれ!」

「だよなあ、リエもちょっとミナシロが何言ってるのかよくわからなかったらしいんだけど、どうも、気に入ったからアメリカに来ないかってことなんじゃないかって、つまりナンパだよ」

「ナンパでアメリカに来ないか? そんなことある?」

なんか、俺の想像を微妙に超えてくるんだが、どういうこと?

「よくわからんが、そういうよくわからんことが起こるのがミナシロなのだよ」

「、、、話を聞いてもよくわからないんだけど、、つまり、マリさんは、そのナンパに乗ったってことなの? まあ、あれだけ美人ならナンパはされるだろうけど、、アメリカに? で、俺にどうしろと?」

「まあ、電話が切れたらしくて俺もリエも話がよく分からないから、リエがミナシロにまた聞くってさ、そしたら連絡するよ、まあ、今日のことはミナシロは全く気にしてなかったって言ってたから、あんまり気にするなよ、あ、ちょっと電話かかってきたから切るぞ」

「お、おい!ちょ、、」

「ツー、ツー、ツー、、」

有無を言わせず電話は切れてしまった。

はあ? どういうこと? アメリカ? 全米ツアー? スティーブ? 俺は何が起こっているのか全く分からなかった。

マリちゃーん、一体どういうこと?

第9章 スティーブ (マリ)


(十六)

「ママ、あたしちょっとアメリカ行ってくる」

え、オレも行きたい! という弟のケンタの声が後ろから聞こえた。

「アメリカに何しに行くの?」

キッチンカウンターの向こうで夕食の用意をしていたママが、特に気にする様子もなく、あたしを見て言った。

「今日、楽器屋さんでアメリカ人のミュージシャンの男の人に声を掛けられて、アメリカに誘われたの、全米ツアーに一緒に来ないかって」

「全米ツアーって、、その人は一体だれなのよ、知ってる人?」

「知らない人、ミュージシャンのギタリストなんだよね、少し演奏してくれたんだけど、プロ並みにギターが上手だったよ、当たり前だけど」

「有名な人?」

「たぶん、ちょっと、まあ、それはわからないけど、今、日本に来ている世界的に有名なアーティストのサポートメンバーなんだって、スティーブっていうんだけど」

「スティーブ?」

「うん、スティーブ・ドゥカップルニャー」

キャハハハハ! 後ろでケンタの笑い声が聞こえた。

「、、変わった名前ね、ドゥカ、、、?」

「ドゥカップルニャー」

キャハハハハ! ケンタがまた笑った。ケンタが笑うので、あたしも釣られて笑いそうになって口元を押さえた。

「ケンタ、人の名前で笑うのはよくありませんよ、失礼よ」

ママがケンタを睨んで言った。

「だって”ニャー”って言うから」ケンタが不満気に小さく言い返した。

「で、そのスティーブが10月から別のグループの全米ツアーに参加するから、それに同行しないかって、費用なんかは全部出すからって」

「ツアーってどれくらいなの? 1ヶ月くらい?」

「半年くらいだって」

「半年、、、」

ママはちょっと困惑したような顔をしてた。

「どうしてそんなことになったの?」

「よくわからないんだけど、どうもあたしのことが気に入ったみたい、スゴイ勢いで褒めまくってきて、で、スティーブもハンサムだったからね、ついついあたしも話を聞いちゃって、、最初はお店の店員さんが来て、その人英語が出来るらしいんだけど、なぜかあたしのコーハイに話しかけて、スティーブがあたしと話したいって言ってるって、どういう気の回し方なのかよくわからないんだけど、コーハイとその店員が話してるときに、スティーブがやって来て直接あたしに声を掛けてきたんだよね、ギターを買うのかいって。
最初は、よかったら食事でもって話だったんだけど、今来日してるアーティストのサポートしてるって言ってたから、有名人かと思ってあたしも気になってきて、話を聞いてるうちに、スティーブが別グループで10月に全米ツアーに参加するって聞いて、、よかったら来るかいって言うから”いく”って」

「マリ、あなた考えなさすぎ、もう少し考えなさいよ、あなたは学生だし、なにより年頃の娘なんですからね」

「費用は全部出すっていうから、いや、あたしもなんかホントかなって思って、やっぱり彼氏に相談してみるって言ったら、彼氏も呼ぶといいよっていうから、、」

「マリ、彼氏なんていつできたのよ」

「彼氏はいないよ、候補はいるけどまだ彼氏じゃないんだよね」

「それ、パパには言わないほうがいいわよ、心配するから、でも彼氏ができたら、ママには言わないとダメよ」

「だから、彼氏と一緒ならアメリカもいいかなって思って、、」

「彼氏はいないんでしょ」

ママと話しながら、あたしは考えてた。もしかしたらアメリカに行くためのネックになりそうなのは”彼氏”ってことになるのかな。

「マリ、あのね、一応言っておくけど、そんな話でアメリカに行くのはママは反対、大体、あなたは学生なのよ、それなのに半年も遊びで海外に行くなんて、お金がかからないとしても、そんなのはダメよ、、あなたのことだから、そのために無理やり彼氏を作るなんてこともやりそうだし、大体、そのスティーブっていう人がどういう人かもわからないのに、どんな目に会うかもわからないのに、そんな話を許可する親はいないわよ」

ママは真面目な顔であたしに言った。

ママの話を聞いて、あたしも、まあそっか確かにって思ったんだよね。あたしの考えでは、今日会いそびれちゃったけど、スズキさんを彼氏にして二人で全米ツアーっていうのも悪くないかなってちょっと思ってたの。でも、確かに、そんな簡単な話じゃないのかも。実際のところ、今あたしには彼氏はいないし、スティーブもハンサムだけどどんな人間かまでは確かにわからないし、もしかしたら国際的な犯罪組織の人間だったってことも可能性としてはゼロではないし、、そうなったら、スズキさんにも迷惑かけるかもしれないし、最悪命の危険もあるかも。

あたしはうーんって考えてしまったんだよね。


「ふーん、それで?」

リエちゃんが言って、カプチーノのカップに口を付けた。このあいだの西口の駅前のコーヒーショップ。

「そのあとパパが帰ってきて、音楽雑誌の出版社の知り合いにスティーブのことを調べてくれるように頼んだだよね、そうしたら次の日に連絡があって、スティーブが今来日してるアーティストのサポートメンバーっていうのは本当で、ミュージシャンとしては色んなグループやバンドのサポートメンバーとして、けっこう評価されてる人だったの、、で、10月から全米でツアーを始めるグループのサポートメンバーっていうのも本当だったの」

「へえ、だったら本当に本当だったんだ、じゃあ本当に行くの、アメリカ」

「いや、それで、ネットではこういうサポートメンバーの細かい情報までは、あまり出てこないんだけど、パパの知り合いが詳しく調べてくれた情報によると、スティーブってかなり女癖が悪くて、しかもDVでも訴えられたことがあるんだって、あたしもこれは流石にマズイなって、、すぐに連絡して断ったの、家族にダメだって言われたって」

「なるほどね、まあでも、そんなことだろうとは思ったわ、あんたがアメリカに行くって言い出したときはどうなるかと思ったけど、あ、スズキさんもビックリしてたよ、あんたが、まだ会ってもいないスズキさんも行かないかってアメリカに誘ったから」

「リエちゃん、スズキさんには、アメリカには行かないことになったって伝えといてね、なんか、今回はあたしも反省してる、、パパにも言われたけど、あたし、いろんなことをぶっ飛ばしてる?すっ飛ばしてる?んだって」

「それはそうだよ、だってホラ、あんた、あのとき私と別れたあとその27万もするギターを買ったんでしょ、全く弾けないのに、それだってそうだよ」

リエちゃんは、イスに立てかけてあるSGギターのケースをチラッと見て、呆れたように肩をすくめた。

でもすぐ後に「でもまあ、それが、あんたの面白いところなんだけどね」ってちょっと面白がるように言った。

あたしは、SGギターの黒いケースを見て、

「あ、これはこれから磯部コーハイに教えてもらって弾けるようになるから、、あたし軽音楽部に入ることにしたの」

って宣言した。

「ええ、そうなの? サークル掛け持ちするの?」

頷くあたしに「ホント、なんなのあんた」ってリエちゃんは言って笑った。

第10章 学園祭 (ダイスケ)


(十七)

大学の構内は凄い数の人で、一般のお祭りなんかと違い独特の青臭い熱気が感じられた。

ほとんどは学生なんだろうが、俺のように一般の人も結構いるようだ。模擬店が並び、所々で飛び交う呼び込みの声も張りのある生きの良さがあった。

チアリーダーのような恰好をした女子大生が二列に並んで、一人が叩く太鼓に合わせて踊りながら俺の横を通り過ぎる。これは、何かの宗教儀式か?

大学の構内は、何か異様に感じられる、というと言い過ぎかもしれないが、非日常だがどこか懐かしい空間があった。

俺は、大学に進学しなかったので、大学の学園祭に来るのは初めてだった。

「学生じゃなくても入れるの?」

と、思わずリエちゃんにそう聞いてしまったが、大学の学園祭など意識することのない高卒のニート上がりの会社員にとって、そこは立ち入ってはいけないある種の聖域のようなものだったからだ。

そこには、俺とは違う、いわゆるリア充のご子息、ご令嬢の方々がいらっしゃるハイソサエティな場所というわけだ。あ、リア充ってもう言わないのかな。

大学の構内は、今まで改修工事でお邪魔させていただくことが何度かあったが、そのときも決して学生さんの邪魔にならないように、迷惑をかけないように、卑屈なほど気を使って歩いていた。

今は学園祭の来訪者として、堂々と歩いていてももちろん誰も何も言わないが、やはりどこか”学生様”に迷惑をかけてはならないという意識が働き、隅の方を歩いてしまう。学歴コンプレックスを持つ高卒会社員の悲しい性だ。

まあ、心の中を深く掘り下げていくと、どこまでも自分のコンプレックスが発掘されるが、実際のところ日常生活では、そのことを意識することはほとんどなかった。俺の周りは皆同じようなコンプレックスを持った似たような人間ばかりだったから。

つまりは、そんな中で、俺はまあ、毎日楽しくやってるってこと。強がりじゃなくてね。


ところで、俺は、ライブイベントの会場である野外特設ステージを探していた。

「音楽が聞こえると思うんで、そっちの方に歩いていけばそこが野外特設ステージです」

まあ、そりゃそうなんだろう。リエちゃんの説明は本当にアバウトだった。

晴天の青い空に響くぼんやりしたバンドサウンドの方へ、なんとなく歩いていただけだったが、気が付くと、本当に目の前に野外に特設されたステージが現れた。

たくさんの人が集まっており、ステージに設置された音響機材の向こう側に学生バンドが大きな音で演奏していた。

会場の中央には客席が用意されていて、その両側に立ち見の観客が集まっていた。

踊ったり歌ったり、また談笑しながら笑ったり、もちろん興味なさそうに後ろを通り過ぎたり、つまりそれぞれがそれぞれの楽しみ方で、この空間を味わっているようだった。

リエちゃんの話だと、大学の軽音楽部が野外でライブ演奏をするということで、軽音楽部にとっては年間の大きめのイベントの一つということだった。

演奏される曲は様々で、流行りの曲のカバーだけでなくオリジナルの曲を演奏するバンドも少なくない、とリエちゃんは言っていた。

演奏は、それなりにハイレベルに俺には感じられたし、ドンドンと身体に響く重低音も迫力があって観客の学生達もかなり盛り上がっていた。

さて、ところで、なぜ俺はこんなところにいるんだろう。

大学の学園祭なんて今まで全く縁がなかったのに、今、その学園祭の野外会場で学生バンドの演奏を聴いている。

実は、一週間ほど前に高校時代からの親友サカガミシンゴから連絡があった。

シンゴは俺の親友で、リエちゃんの彼氏だ。


「ダイスケ、実は来週、ウチの大学の学園祭があるんだよ、で、その学園祭で、ミナシロがライブデビューすることになったらしくてな、お前、よかったら見に来ないか? 前回、お前が仕事で会えなくて、結局、そのままその後もミナシロには会えてないだろ?」

そう、俺は前回の”あれ”以来、なぜか仕事がとても忙しくなってしまって、まだマリさんには会えていなかった。


「ダイスケ、ミナシロが一緒にアメリカに行かないかってさ」

シンゴの言葉を思い出して、俺の胸にそのときの衝撃とドキドキ感が蘇ってきた。

「全米ツアーに一緒に行こうってさ」

何度聞いても、何を言ってるか全くわからない。ミナシロマリさんが、一緒にアメリカに行こうって? 


俺は、まだ会ったことのないミナシロマリさんとアメリカに行くのか? しかも全米ツアー? 半年間も? 費用はかからないって? 

理解が全く追いつかない。会ったこともないのに一緒にアメリカ? 全米ツアー? それが何なのかもわからない。

いや無理だ。いや、待てよ、でもこれはもしかしたらチャンスなのかも。いやいや、でも仕事はどうする? 半年間も休めるわけがない。、、、やめるか、仕事? いや、何を考えてる。 でも、、、いやおかしい。相手はまだ一度も会ったこともない女子大生だぞ。


俺は、悶々としたまま数日過ごした。現実感のない、そのよくわからない話とリエちゃんが見せてくれたミナシロマリさんの変顔の写真。

日中もボーッとしていて何度も課長に怒鳴られたが、それでも俺はまだ、浅い眠りの中で夢を見ているようだった。

マリさんとアメリカかあ、、。


しかし、寝ぼけたような状態は、数日後のシンゴからのSNSのメッセージであっけなく終了した。

”ミナシロが、アメリカに行くのやっぱりやめるってさ”

”ごめんなさいってお前に謝っといてくれって”

、、、、、ええ、ああ、、まあ、そうだろうな、、、そりゃそうだろ、、そうですとも、そうですとも、、そりゃそうですとも、そりゃそりゃ、、、。

そのとき、着信が入る。スマホの画面に「課長」と表示されている。

「スズキ、クレームだ!」

怒気を含んだ課長の言葉も、まるで現実感がなく、頭を素通りしていく。

「、、、、ハイ、、、わかりました、、、グズッ」

「なんだ、どうした、、お前、具合でも悪いのか、、、、、、え、、お前、まさか、、泣いてるのか?」


今、思い出してみても、俺はなぜ泣いていたのか全くわからない。本当に不可解。

会ったこともない女子大生に一緒にアメリカに行かないか、と誘われて、どうしようか悩んでいるうちに、やっぱやめた、ごめんね、って話。いや、悩むか普通。そんなの無理、で終わる話だ。

でも俺は、、なんというか、、一瞬でも、夢を見ちゃったんだよなあ、たぶん。気が付かないうちに俺はけっこうメンタルをヤラれてるのかもなあ。

ただ厳密には、俺は、例えばその女子大生に振られたわけではないし、もちろん付き合っていたわけでもないし、もっと言えば会ったことすらない。

それなのに、涙が後から後から流れて、課長の言葉に満足に返事することすらできなくなっていた。ヤバ過ぎる。

なんなんだ、一体。

そんなことがあった後、俺はどういうわけかメチャクチャ忙しくなって一ヶ月も全く休みが取れないくらいになってしまった。まあ、それはそれで、良かったのかもしれないが。

「あ、ああ、もう忙しくてな、なかなか休みが取れないんだよ、でもマリさん、まだギターを始めて確か2か月くらいだろ、もうライブとかできるんだ? 」

「あ、まあそれはノリで大丈夫なんだそうだ」

「ふーん、なんか、相変わらずって言っていいのかどうかわからんが、なんか、スゴイな、、マリさん、今度はライブかあ」

シンゴが誰かに電話を替わる気配があった。

「スズキさん、リエです」

「あ、リエちゃん、久しぶり」

「スズキさん、マリもなんか色々お騒がせしてスズキさんに悪かったと思ってるみたいで、気にしてるんですよね、、だから、ライブもそうなんですけど、よかったら、打ち上げに来ませんか、マリも直接謝りたいみたいだから」

「え、いやあ、全然気にしてないから、、ただ今、俺、仕事がマジで忙しくて、でも、もし休みが取れて行けそうだったらマリさんのライブは見てみたいなあ、さすがに打ち上げ行くほど俺も図々しくはなれないけど、、、」

「んーやっぱそっか、じゃあ、とりあえず、マリが出る時間を教えるんで、できたらなるべく来てくださいよ」

「わかった、でも確実に休みが取れるかわからないからマリさんには言わないで、それに会う時はちゃんと会いたいから、でもライブは行けたら必ず行くよ」

というわけで、偶然その日になんとか休みが取れたので、こうしてマリさんのライブデビューを観るために、こっそり学園祭に乗り込んできたというわけ。なんだかんだ言って、俺はまだ諦めてないんだな。

いや、ていうか、まだ何も始まってもいないから。なにしろ、まだ会ってもいないんだから。


第11章 鼻が光る紳士 (ダイスケ)


俺は、学生だらけの人ごみをかき分けて、なるべくステージの方に近づいた。

とにかく熱気が凄い。いや、若さって凄いな。俺もそんなに年は変わらないんだけど、こんな元気はもうないな。

ステージでは、五人組のバンドが最近の曲だろうか、どこかで聞いたことがある曲をテンション高く演奏していた。

意外に上手いもんだな、と俺は思った。

リエちゃんに聞いたバンド名からすると、マリさんのバンドは次みたいだ。

マリさんのバンドといってもマリさんはゲストみたいな扱いらしく最初に一曲だけ演奏して、あとはマリさん以外のメンバーで演奏を続けるらしい。

つまり、マリさんは最初の一曲だけ演奏するゲストってことみたい。でも、マリさん、オリジナル曲を演るんだって。凄いな。

学生の歓声と拍手の中で五人組は演奏を終え、ステージを降りる。

次はいよいよマリさんのバンドだ。

ステージ上に、次のバンドメンバーが袖から出てきた。それぞれのメンバーがセッティングとチューニングを始める。

マリさんらしき人はいないようだ。

よく考えてみると、俺が”生”マリさんを見るのは、これが初めてということになる。なんだか俺は、不思議な高揚感を感じていた。

俺は、リエちゃんが最初に見せてくれたマリさんの変顔の写真と、平常時の写真を思い出していた。

ついに、、。

なんだか俺、アイドルか何かの追っかけみたいだな、俺が思った時、ステージの袖から、紺色のジャージの上下を着た女の子がすたすたとギターを抱えて出てきた。

女子大生にしては、少し幼い印象で、華奢だけど堂々とした佇まいがあるその女の子は、甲高い独特の声でステージ袖の誰かを呼んでいるようだ。

呼ばれた男は、床に落ちていたシールドを拾って、その女の子のギターに挿した。ギターがアンプに繋がった独特のブオンという音がした。

マリーッ! という声が客席の方からした。

その女の子は、声の方を見て嬉しそうに笑って手を小さく振った。

あれが、マリさん? あのジャージ、写真のジャージだ。

俺は、急にドキドキし始めた。

バンドの準備が整い、マリさんがステージ中央のマイクに近付いた。

マリーッ! マリーッ! と客席のあちこちから声が上がった。

マリさんは、ガガガーッ! とギターを弾いて、そしてすぐにやめた。

それからマイクに向かって、

「あ、そっか、えーっと、じゃあ、一曲だけやります、、あ、あたしがね、、、あ、アオイちゃん!」

と言って、また嬉しそうに手を振った。

俺は、ドキドキしながら何かクスクス笑いのような奇妙な感情のカタマリが胸の底から湧き上がってくるのを感じていた。

マリさんは、真っすぐステージの上に立ち、またマイクに向かって

「えっと、じゃあ、あたしは一曲だけです、、あたしが歌詞を書いて、磯部コーハイが作曲しました、、、」

と言って一呼吸おいて

「鼻が光る紳士、、、チェケラー!」

と甲高い声で言って、ガガガガーッ! とギターをかき鳴らし始めた。

歓声が上がる。

同時に、客席のあちこちから、友達だろうか「アハハハ!」という女の子の楽しそうな笑い声が聞こえた。

俺はというと、「チェケラー」で思わず吹き出してしまって、それから大きな声で笑った。

鼻が、、光る、、?

ハハ、、やっぱりマリさん、変わってるよ。

まいったな、、ハハハ。


第12章 道草 (マリ)


(十八)

「鼻が光る紳士〜」

あたしが歌い始めると、客席のあちこちで笑いが起こった。

まあ、それはそうだよね、我ながら変な歌で、どう考えても意味不明。

あ、アオイちゃんも笑ってるー。アオイちゃんが笑ってるのを見ると、あたしまで笑いそうになるよ。

まあ、練習で歌ってるときも、みんな笑ってたからね。

やっぱり歌詞はアオイちゃんに頼んで書いてもらった方がよかったかも。でも、せっかく歌詞を書いたからやっぱりこれはこれでいいよね。まあ、最初は”詩”のつもりだったんだけどね。

曲は磯部コーハイが付けてくれて、わりとカッコいいんだけど、あたしは覚えたコード2つをひたすらガシャガシャ繰り返すだけ。

あとは、バンドの方でうまく展開してくれるから、歌を音が外れないように歌うのがあたしのメインの使命なんだよね。

でも、一応、ギターも結構練習したからね。

だって、気に入って買ったSGギターだからね。ガシャガシャやるだけで大興奮。

あたしは、幸せを感じながらSGギターをガシャガシャやって、この意味不明の歌を一生懸命歌ってた。

ジュリアンとかスティーブみたいにはまだ弾けないけど、いつかあのレベルで弾けるようになるといいなあ。

「おお、鼻が光る紳士よ〜」

ギターを買ったと言ったら、パパが「マリは、ミュージシャンにでもなるつもりかな?」っていうからあたしは「それもいいかもね」って言ったの。

「それはすごいな」

パパは楽しそうに言って、夕食後のワインを片手にリビングのソファーに腰を下ろした。

「楽しみだな、マリがギターを弾くのを見るの」

「もう少し弾けるようになってからね、そしたらパパの前でも弾くよ」

「マリ、あなた今回のこと少し反省しなさいよ、勝手に話をドンドン進めて、、アメリカ行きを断るのも大変だったんでしょ、少しは考えて行動しなさい」

ママが、キッチンカウンターの向こうから言った。

「うん、わかった、、あたしも今回は反省してる、、ちょっと簡単に考えすぎてた、まずは彼氏を作ってからだよね」

「彼氏、、、?」パパが、少し反応した。

「そういうことじゃないでしょ、マリ!」

ママがカウンターから少し乗り出して言った。

パパが、おほんっと咳払いをして言った。

「まあ、音楽雑誌関係にパパの知り合いがいてよかったね、サポートメンバーまではネットでも情報を見つけるのは結構大変らしいからね。その彼は、ミュージシャンとしての実力はかなり評価されているらしいけど、私生活ではちょっと問題もあったみたいだから、、その、、マリ、何と言ったっけ、スティーブ、、、」

「ドゥカップルニャー」とあたしは言った。

「キャハハハ!」

と、たまたまお風呂上がりでリビングに入ってきたケンタが笑った。

「フフ、、ケンタ、よく飽きずに笑えるね、この名前のどこがそんなに面白いの?」

と、あたしは言ったけど、あたしも実はちょっと面白いとは思っていたんだよね。でも、やっぱり失礼だと思うから気を付けてたの。

「えー、ニャーっていうのがネコみたいで、、あ、姉ちゃんも笑ってるー」

「ドゥカップル、、、ニャー!」

「キャハハハハ!」

「コラ、二人とも! いい加減にしなさい! マリも、子どもじゃないんだから」

ママが、キッチンカウンターの中から大きな声を出した。

「マリ、人生は時々人間関係を通して展開してくんだよ。今回はたまたま、そのドゥカップルニャーがイマイチだったわけだけど、、、だけど、やってみたい、行ってみたい方向に進んでいくのはとても大事なことだし、パパは応援するよ」

「うん、パパ、ありがとう」

「あなた、そんなこと言って、マリが本当にミュージシャンになるって言いだしたらどうするのよ」

と、ママがまたカウンターの中から言った。

「それが、マリのやりたいことなら、パパは全力で応援するよ」

パパもそうやってきたから、ママに出会えたんだよ、ってパパは言った。こういうところ、パパは本当に上手いんだから。

「そんなこと言ってると、マリがまたおかしなこと始めるわよ、あなた、、この子は興味を持ったら行動するのに躊躇しないんだから」

ママは、呆れたように言ったけどちょっと嬉しそう。意外と単純なんだよね、ママも。

「まあ、やってみてから、ちょっと違ったってこともきっとあるだろうけどね。でも、人生はたくさん道草しながら歩くのが楽しいんだよ。それに、マリもケンタも、それからママも、パパの都合で長い間あちこち引っ張り回してしまったからね。だから、好きなことをやってるのをみると、パパは嬉しいんだよ」

パパの顔はちょっと赤いみたい。

「あら、あたしは海外の生活楽しかったわよ、もちろん、大変なことも多かったけど、、」

ママが言った。

「あたしも!」

と、あたしも言った。ケンタはリビングから出ていっちゃったけど、きっとケンタもそう言うと思う。

キッチンから、ママがリビングに出てきて

「でも、マリは学生なんだし、道草もいいけど、危ないことには気をつけないと、、」

と言ってソファーに座った。

「わかった、気をつける」

と言いながら、あたしは考えてた。

スズキさんには悪いことをしちゃったから、ちゃんと謝らないとね。だいぶ混乱してたって話だから。

お詫びのしるしに”男物のパンツ”をプレゼントするっていうのはどうかな。まだ彼氏じゃないけど、それだけに特別なプレゼントで謝罪の気持ちを表すっていうのもいいかも。

もし、リエちゃんに「あんたが男物のパンツをあげたいだけでしょ!」って言われたら、それはその通りなんだけどね。

第13章 乾杯! (アオイ)


マリちゃんは、アオイちゃん!って言ってこっちに手を振ってくれた。

実は、マリちゃんがライブに出るって、結構楽しみにしてた。どう考えても、面白そうだったしね。

実際、マリちゃんが歌い出してから、私はずっと笑ってた。

「あなたの鼻には完敗です~」

マリちゃんの独特の甲高い声は、音楽に負けずによく通る。

マリちゃんの歌を聴きながら、私は、マリちゃんはやっぱり詩の才能があるんじゃないかなって思い始めてた。

いや、でもこういうのって才能っていうのかな。

鼻が光る紳士、、、。

いや、私には絶対に書けないし、しかも、それを歌にして歌うだなんて、考えられない。

でも、マリちゃんを見てると、楽しそうだし、笑われても平気で気にしてないように見える。

もちろん、心の中は見えないから、本当のところはわからないんだけど、私はなぜだか、「私も頑張ろう」って気になるんだよね。

笑われたってけなされたって、それが私だし、自分自身を生きるってきっとこういうことなんじゃないかな。

マリちゃんの日常は、楽しそうだし、私もあんな風に生きたいな。

「乾杯~! ピラフを一つお願いします~」

ハハハハ! いや、ホント、わけがわかんない。でもマリちゃん、サイコーだよ。

いつも、ありがとうね!

バンドの演奏はエンディングでジャーン!ってカッコよく終了したけど、マリちゃんのギターだけガガガガーッて少しズレて終わった。

マリちゃんは、珍しく少し恥ずかしそうにしながら、グルっと客席を見渡した。

そして、私の方を見て、いつものようにニコっと笑った。

ありがとう!

帰国子女のマリちゃんは、日本語でそう言ってすたすたとギターを抱えて、ステージの袖に消えていった。

あー面白かった! でも、毎日こんな日常でいいのかな? 

きっといいんだよね、ね、マリちゃん。

ステージに残ったバンドメンバーが、次の曲の演奏を始めた。


エピローグ (ダイスケ)


「それでね、よく見たらそのおじさんの爪が5センチくらい伸びてて、、」

「へ、、へえ、、」

「しかもけっこう汚れてて、、あたしはどうしても我慢できなくて、近くのコンビニで爪切りを買って持ってってあげたの」

「その、、ホームレスの人に?」

俺が飲もうとしていたコーヒーは、口に近づいては戻るを何度も繰り返していた。

マリさんは、まるで昔からの親友と話しているかのように、楽しそうに、だが真剣な顔で話している。

「そう、でも直接わたすのはちょっと怖かったから、寝てる時を見計らってこっそり近づいて、、パッと爪切りを」

マリさんは、何かを置いて手を引っ込める仕草をした。マリさんはライブの時と同じジャージの上下を着ている。

「もう、あたしにとってはかなり大きなミッションだったけど、なんとかそこまではやり遂げて、、でね、次の日に大学の帰りにこっそり見たら、、そのおじさんの爪が短くなってて、、もうあの時の充実感と言ったら! なんていうか、、へそが茶を沸かすっていうのかな?」

「へ、へそが、、、?」

俺は思わず、マリさんを見返して、そう呟いた。

夕方の少しレトロな感じの喫茶店「白いバラ」。

店内には、それなりに客がいたが日曜日だからだろうか、少し落ち着いた雰囲気が漂っているような気がする。大学生くらいの女の子だったら、もう少しオシャレなところに行っているイメージがあるが、マリさんは違うのだろうか。まあ、そうであっても俺はもう驚かないが。

マリさんの学園祭が終わってから2週間が過ぎ、外の空気もかなり肌寒くなってきた気がする。

俺は、ようやく取れた休みにぶつけて、シンゴを通してマリさんをあらためてデートに誘ったのだ。

一度は俺の仕事の都合でキャンセルしてしまったから、俺としては申し訳ない気持ちもずっとあったが、マリさんはマリさんで、例の全米ツアーの件で俺に謝りたいとずっと言っているという話だった。

そんなわけで、今回のデートはすんなり決まった。

デート? いや、デートと言っていいのかどうか。

実はマリさんはこの後スポーツジムの予約があるらしかった。なんでも、仲のいいインストラクターの人が辞めてしまうということで、今日が最後の日だからどうしても行かなくてはならないとのことだった。

まあ、忙しい人なのはなんとなく予想はしていたが。

とはいえ、初顔合わせであり、初めて直接話すということに変わりはなく、俺は喜びながらも、柄にもなく緊張なんかしていたのだ。

俺は、待ち合わせの時間の20分前にお店に着いたが、マリさんはすでにお店の奥の席にいて、一人で何かジュースを飲んでいた。

俺は惹きつけられるように、すぐにマリさんを見つけた。

俺は、緊張しながらマリさんの座る席に近づいて「お疲れ様です!」と声をかけた。

マリさんは、すぐに顔を上げて

「あ、スズキさんですか?」

と少し訛ったような独特な甲高い声で言って、綺麗でどこか無防備な笑顔を見せた。

俺は、まるで仕事の仲間にするような挨拶をすぐに後悔したが、とりあえず席に座りコーヒーを注文してあらためてマリさんに向き直った。

マリさんはまるで久しぶりに会った昔からの友達のように流れるようにしゃべり始めた。

海外には「お疲れさま」という言葉がない、ということ。大学の工事の人は「お疲れ様です」とは言わずに「オズレッス!」と言うこと。ここは自分が気に入っている喫茶店で、よく来ること。自分は海外で育ったから日本のことは普通の人ほどは知らないので、よく変わってると言われること。最近は詩を書くことにハマってる、ということ。

俺は、マリさんが喋る合間を狙って、なんとか軽い自己紹介と前回のキャンセルを詫びた。

マリさんは、全然気にしてないどころか、むしろ色々あって感謝している、と言い、自分もアメリカの件では皆に怒られて反省していると申し訳無さそうな顔をした。

それから俺は、なんだか時間を忘れたようにマリさんの楽しそうな顔を見ながら、そのあっちこっちに飛んでいくマリさんの話を聞いていた。えーと、顔が3つある仏像の話から、今はホームレスの人に爪切りをあげた話ですね。

怒涛の勢いでマリさんは喋り、おれはマリさんの話をまるでラジオのように聞きながら、なにか俺に起こっている非現実を夢のように楽しんでいた。

そして、席について30分くらい経ったころに、マリさんのスマホに着信があり、それをきっかけにマリさんはバタバタとお店を出て行った。

いや、まあ、最初からその予定だったのだ。俺はあまり話はできなかったが、別に驚きはない。

マリさんが変わってるって? 確かに。でも、そんなところが俺には不思議に心地よかった。マリさんは美人だし。

でも、マリさんがマリさんであるということは、マリさんが美人だということよりも、俺には特別に感じられた。

「フ、フフッ」

残された席に座ったまま、俺は一人で小さく笑った。

テーブルの上には、綺麗に包装されたノートパソコン位の箱が置かれている。

マリさんが、例のアメリカの件のお詫びだと言って置いていったものだ。中身はタオルか何かだろうか。それにしては随分綺麗に包装されている。

マリさんとの関係がこれからどうなっていくのかはわからないが、俺はなんだかそんなことすらどうでもいいような不思議な気持ちになっていた。

今、この瞬間がとても楽しくて心地いい。そして、なんだかとても愉快だ。

やっぱマリさんって、、、。

「クククッ、へそが、、茶を沸かすだって、、、ククッ」

思い出して俺は、綺麗に包装されたその箱を見ながら、周りに気付かれないように、また一人で小さく笑った。

おわり


いいなと思ったら応援しよう!