創作大賞2026応募w 小説【ボクの道草】
※あらすじ
小学4年生の「ボク」と「イトちゃん」は同じクラス。二人はいつものように一緒に小学校から下校する。帰り道の橋の上から野球のボールを橋の下に落として探しにいったり、”怪人”に石を投げたり、路地裏の夫婦喧嘩にビックリしたり、公園でクツ飛ばしをしたり、砂場で遊んだり、川で亀を見つけたり、たくさんの”道草”をして、気が付けば辺りはもう薄暗くなっている。近道のはずなのになぜかいつもよりも帰りが遅くなっている。心配した母ちゃんに怒られ、父ちゃんとはお風呂で道草の報告。学校から家に帰るだけなのに、毎日がワクワクドキドキだった。仲良しな「ボクら」が学校から家に帰るまでの冒険道草ストーリー。あなたは道草してますか?
※※
※画像はGeminiで生成
「おとなたちは、だれも、はじめは子どもだった。(そのことを忘れているおとなは多いけれど。)」 ――サン=テグジュペリ『星の王子さま』
「せんせい、さようなら!みなさん、さようなら!こくばん、さようなら!きょうしつ、さようなら!」
1階の1年生の教室から甲高いキャーキャーした声が響いてくる。
「やるんだよなあ、黒板や教室にも」
校舎の中庭を一緒に歩きながら、イトちゃんが面白そうにボクに話しかける。
数年前は校舎の1階の同じ教室で、ボクらも黒板や教室に「さようならー」なんてやっていたのだ。
「ハハハ」
ボクらは顔を見合わせた。
校章の入ったグレーの帽子を深めに被って陰になったイトちゃんの顔は、楽しそうに笑っていた。
1階の渡り廊下をくぐって、ボクらは校門に向かって歩いていく。
「さようならー」
中庭をホウキを持って歩いていた浜先生に、イトちゃんが声をかける。
「はい、さようなら。気を付けて帰れよ」
ボクも軽く頭を下げて通り過ぎる。
校門のわきにある花壇に小学生達が群がっている。2年生か3年生くらい。
名前は知らないけど、赤い花の蜜を吸っているのだ。
花の真ん中の突き出た部分を指でつまんで抜き取り、口で吸うと甘い花の蜜が出てくる。その蜜の味にハマった子達が集まって花の蜜を吸っているのだ。
ボクはもうやらないけどね。
「あれ、甘いんだよなあ、クゥーッ!」
イトちゃんが懐かしそうな顔でおどけてみせる。
校門の前の道は、ほとんど車は通らない。年季の入った古い校門を出たところの、横断報道を渡ってボクとイトちゃんはなんとなく走り出した。
カタカタと背中のランドセルが鳴る。
「ハハハハ」
意味なく笑いがこみ上げてくる。二人で走るってどうしてこんなに笑えるんだろう。
学校帰りの赤いランドセルの女の子達を追い越したところで、走るのをやめて歩きながらイトちゃんが言った。
「でも浜先生のクラスはいいよなあ、おもしろいから。4年では男の先生は浜先生だけやん」
「そうやなあ」
ボクら1組の担任は五月(さつき)先生という女の先生だった。
五月先生も優しくてボクは好きだったけど、確かに浜先生は面白そうだった。
特に体育の時間は男の先生の方がいいに決まってる。
休み時間のドッチボールでは本気投げしてたけど、アレがいいのだ。浜先生は人気があって皆が寄ってくる。
でもボクらの担任の五月先生も人気がないわけではない。
丸っこい体形のおばちゃん先生だけど、ボクもイトちゃんも1年生の頃から担任はずっと五月先生だった。
母ちゃんよりも少し年上だと思うけど、優しくて時々面白いことも言うし、ボクは好きだったし、イトちゃんもきっとそうだと思う。
「まあ、五月先生も面白いけどね」
ボクは、イトちゃんにというより、独り言のように言った。
「まあ、そうやな」
イトちゃんは、こだわりもなさそうな感じで、前を向いたまま少し笑って言った。
帰り道にはこの辺りでは割と大きい川があって、その川には橋が架かっていた。ボクらはいつもその橋を渡って帰る。
ボクとイトちゃんは、橋の手前にある「あずまや」というお店の前まで来た。習字の道具なんかを売っている小さなお店だ。
橋に向かう短い坂道の手前に「あずまや」はあった。
「あーずまーやさーん、スーミくーださーい!」
イトちゃんが、半開きになった入口の引き戸の隙間から中に甲高い声を張り上げる。
店頭には誰もいない。
「スーミくーださい!」
ボクも後ろから声を上げる。
こうして「あずまや」に声をかけて帰るのが、イトちゃんと一緒に帰るときの習慣だった。習字用の墨はたぶん売ってるんだろうけど、ボクは見たことがない。中から人が出てきたことも一度もない。
イトちゃんは、自分の兄ちゃんからこの習慣を受け継いだそうだ。
実際のところ、ボクもイトちゃんも意味はよくわかってない。
「あーずまーやさーん、スーミくーださーい!」
ボクらが通り過ぎてしばらくすると、後ろから女の子の声で同じ言葉が聞こえた。
2年生くらいか。マネしてるのか、別の誰かから教えてもらったのか。
「いーくーぞー」
イトちゃんが後ろを振り返っていたボクに焦れたように声をかける。
「マネしてるんかも」
言いながらボクはイトちゃんに小走りに近づく。
「誰かに聞いたんやろ。みんなやってるやん」
たしかに、これを帰りにやってるのは、ボクらだけではなかったけど、他の人がやってるのを見ると、やっぱり気になる。
まあまあまあ、と言いながらイトちゃんは、ボクの肩を軽くたたいた。
川には橋が2本架かっていて、車道と歩道に分かれていた。正確には、歩道の方は古い昔の橋で、車道の方は新しく後から架けた橋だ。
ボクらは、古い橋を歩いていく。
最近は、人差し指と中指で人の足みたいにして、まるで橋の上を走っているように石の欄干(らんかん)を弾きながら歩くのが気に入ってる。
テレビのマンガで観た、猛スピードで走る男の子を想像しながら指を人が走っているように動かしていると楽しい気分になる。
「テテテテーテテテ テテテテーテテテ テテテテーテテテ テテテテーートォォウ!」
ここで想像の男の子は飛び上がる。「助けてくれー」
自分で飛び上がっといて助けてくれは可笑しいけど、飛び上がるといつもこう叫びたくなる。
イトちゃんはというと、腕を欄干の外側に伸ばして上下に揺らしていた。何かが頭で渦巻いているような真剣な顔で何かブツブツ呟いていた。
イトちゃんは、急に握っていた手を勢いよく上に広げた。
「ボウワ!ボググーボグーン!」
どうやら何かが爆発したらしい。
と、コロコロと足元に何かが転がってきた。見ると、ボクが1年生の時に飼っていたミドリガメ(5センチ程)くらいの石だった。
あ、と思っていると、後ろから現れた2年生くらいの男の子が石を勢いよく蹴とばした。
石は、橋の真ん中をコロコロと転がっていく。
「オレが、蹴る」
後ろから来た、別の小2くらいの男の子が、ボクを追い越しながら言った。黒いランドセルが開いたまま揺れている。
その男の子達二人は、サッカーでもしているように石を順番に蹴りながら歩いているようだった。
ボクは、ミドリガメが二人にイジメられているように感じて、浦島太郎を思い出した。ちょっとおかしいけど。
いつの間にかイトちゃんが横にいて、自分のランドセルの中を漁っている。
「ほら、コレ」
とイトちゃんがランドセルから出したのは、野球のボールだった。ゴムのおもちゃのボールじゃなくて、縫い目のある本物のボール。
ボールには、マジックでグニャグニャと何かが書かれている。
「ホンモノのボール。珍しいやろ」
「どうしたん、コレ」
「倉庫の中から出てきたんや。父ちゃんのやな、たぶん」
「大丈夫なん?」
ボクはなんだか心配になって聞いた。ボールがとてもキレイで、グニャグニャと何か書いているのも、特別な感じがしたからだ。
「大丈夫やろ」
イトちゃんは地面にそのボールを落として、跳ね返ってきたのを両手でキャッチした。ボールは地面でコツッという心地いい音を立てた。
イトちゃんの言葉はなんとも危なっかしい感じがしたけど、ボクはふーんと言うだけにした。ボクもそのボールに興味があったから。
ホラ、とイトちゃんはボクにボールを手渡してくれた。
ボクはボールを手に取った。縫い目がとてもかっこいい。
「ここに書いているのは何なん?」
「さあ、誰かのサインやろ」
ボクはボールを軽く上に放ってみた。頭の上くらいまでボールが上がり落ちてくる。ビクッとするように何とかキャッチして、ボクはボールをイトちゃんに返した。
イトちゃんは、ボールを地面でバウンドさせながら歩き始めた。
石を蹴っていた2年生二人は橋を渡り終えて、川沿いの土手の方へ歩いていた。まだ石を蹴っているようだ。二人が石を追いかけて、交互に前になったり後ろになったりしているのが見えた。
「あ!」
イトちゃんの焦ったような声が聞こえた。
「ああ!」
ちょっと泣きそうな声でイトちゃんがもう一度声を出した。
見ると、橋の欄干を乗り越えて白いボールが落ちていくところだった。
地面でボールがイレギュラーに跳ねてしまったようだ。
ランドセルをゴトゴト鳴らして追いかけ、顔を乗り出してボクとイトちゃんは橋の下を見た。
ボールは川の中ではなく、川べりの草むらに落ちたようだった。でも草の背が高くボールは見えない。
イトちゃんは焦ったような顔でキョロキョロを周りを見渡して「あっちから行けば下に降りられる」と橋を渡った先の土手を指さした。
土手の下は、一応、細く舗装されて整備はされてはいたが、川べりのところはけっこう高い雑草が茂っている。
ボクらは走って橋を渡りきり、土手を滑らないように気を付けながら降りて行った。
誰かが歩いた後なのか、草むらが押し倒されている細い道が見える。ボールが落ちているのは、たぶんその先の高い草むらの辺りだ。
土手を降りたボクらは、草むらの前でボールが落ちた辺りの見当をつけた。
目の前の草むらは、意外に険しく見えた。
「いけるかな?」
「いけるやろ」
「子供じゃ無理やないん」
「いけるやろ」
ボールが落ちたと思われる辺りは、橋の影になっていて、ここ最近さらに強くなってきた日差しも当たっていなかった。
イトちゃんは草むらの細い道に入っていった。ボクも後を追う。
草むらに入った途端に強烈な異臭が漂ってきた。
生臭いような腐っているような、気持ちが悪くなる匂いだ。
「う、くせえ」
イトちゃんの声が前から聞こえた。
「何の匂いや」
ボクも思わず口に出す。
魚か? イトちゃんが独り言のように言う。
「ボールは?」ボクはとにかくここから早く離れたくて、イトちゃんに本来の目的を思い出させた。
橋の欄干の下の辺りは、川の流れからはまだ少し離れていた。
イトちゃんが、それらしいところを探している。ボクも目を凝らしてボールを探す。見つかりそうでなかなか見つからない。
「あ!」
イトちゃんが声を上げた。
あった? ボクは聞いた。
「死体や!」
イトちゃんが興奮したようにさらに声を上げる。
「死体や、死体や!」
死体? ボクの体は固くなった。
「犬の死体や」
犬の、、ボクは頭を巡らせた。わからない。
「ほらそこ!」
草むらの一角に赤茶げたカタマリが見えた。
犬の死体や、イトちゃんはもう一度言った。
確かに、そのカタマリは犬のようにも見える。よく見ると口らしき部分には牙も覗いている。ぱんぱんに膨れ上がった腹の部分は赤とも茶色ともいえないような微妙な色でヒリヒリと擦りむいたような傷を連想させた。
ハエが死体の周りをブンブン飛んでいる。
「それで臭かったんや」
ボクはイトちゃんに言うともなく声に出した。
「あ、あった!」
素早い動きでイトちゃんが、何かを拾った。
イトちゃんの手には、さっき橋から落としたボールが握られていた。
「あっぶねー」
何が危ないのかボクはわからなかったけど、ボクもイトちゃんと同じように繰り返した。
「あっぶねー」
「ハハハハ!」
ボクらは顔を見合わせて笑った。
犬の死体でちょっと怖い気持ちがあったのに、ボクとイトちゃんはなんだかクスクスと笑いたい気持ちになっていた。
「ハハハ」
イトちゃんは、少しの間ホッとしたようにクスクスしていた。
笑い終わった後、イトちゃんは何かを思いついたように河原の石を拾った。
そしてその石を、犬のお腹に向かって投げた。
ボン!
と、なんとも言えない音を立てて石が犬のお腹に当たって跳ね飛んだ。
ボクも同じように石を拾って犬に投げてみた。
ボン!
パンパンに張った犬の腹は物凄い弾力を感じさせた。犬の足が強張ったようにカチカチに固まったまま突き出ている。
ブーンと数匹のハエが、円を描いて飛んでいる。
イトちゃんが、もう一度今度はもう少し大きめの石を拾って犬の死体に向かって投げた。
石は犬の腹から少し逸れて犬の顔らしい部分に当たった。
犬の死体が石の反動で、少し動いたような気がした。
「うわ!」
「キャー!」
ボクらは嬉々として奇々とした悲鳴を上げて土手の方に走り出した。犬の死体が飛び起きて追いかけてきそうな気がした。
シャリシャリと草むらを走り抜ける音とカタカタとランドセルが揺れる音が、まどろっこしくもスリルを搔き立てる。
また笑いたいような気持ちで草むらから出ると、ちょうど橋の真下あたりで、ボクらはハアハアと息を切って犬の死体の辺りを振り返った。
犬の死体は草むらに隠れて見えなかった。
ボクはこの重大事件を報告するべき友だち何人かを思い浮かべた。
「よかったー」
イトちゃんはボールを見ながら心底安堵しているように言って、ボールをランドセルに入れた。
※
ボクらは、いつもは土手の上を歩いて帰るのだけど、今日は何となくそのまま橋の下を横切って歩き始めた。
橋の下の少し暗いところに段ボールを集めて作った家?のようなのが見える。
段ボールの端からグレーぽいズボンの人の足がはみ出している。
イトちゃんが思い出したように言った。
「五月先生が、橋の下に人がいたら近づくなっていってたやん」
「うん」
ボクもそのことを思い出していた。
「なんでかな」
「危ないからやろ」
「追いかけてくるとか?」
追いかけてきたら確かに怖い、とボクは思った。ボクはテレビに出てくる”怪人”を想像した。
「石投げてみる?」
イトちゃんは信じられないことを言った。
「やめたほうがいいよ」
「逃げれば大丈夫やろ」
「えー、大丈夫じゃないやろ」
イトちゃんが本当に石を投げそうな気配だったのでボクは話を逸らした。
「神社でお祭りあるやん」
「夏休みに入ってからやろ」
「そうやけど、いくやろ?」
「まあ、たぶん」
言いながらもイトちゃんは、段ボールの方を気にしている。段ボールの周りをよく見てみると空き缶や空き瓶、茶色いバッグなんかも置いてある。
「アレって生きてるんかなあ?」
イトちゃんが言った。確かにいわれてみれば、とは思ったけどボクは
「生きてるやろ」
と言った。
イトちゃんが立ち止まったので、ボクはイトちゃんを見る。
「死んでたらどうなるんやろ」
イトちゃんは言った。
「警察が来るんやないん」確信はなかったが、ボクは言った。
「おーい!」
イトちゃんが段ボールに向かって大きな声で呼びかけた。
「イトちゃん!」ボクは慌てた。もし怪人だったら、、。
「おーい!」
イトちゃんはまた大声を出した。イトちゃんの少し甲高い声は、橋の下で跳ね返るように響いた。
段ボールは何の反応もない。ズボンの足もピクリとも動かない。
「石投げてみようか」
「やめたほうがいいよ」
ボクがそう言ってるのにイトちゃんは、足元にあった小石を拾って段ボールに向かって投げた。
小石は、段ボールの後ろのコンクリートに当たってカチッと音を立てた。
段ボールも足も動かない。
イトちゃんは、もう一度小石を拾って投げた。
小石は、後ろの壁で跳ね返って段ボールに当たった。
でも、足も何も動かない。
「やっぱり死んでるんやないん」
イトちゃんは真顔で言った。
「大人に言ったほうが、、」
ボクがそう言ってるのにイトちゃんは、今度はボクが飼っていたミドリガメ(5センチ程)より少し大きいくらいの石を手に持っていた。
少し段ボールに近づいて、その石を段ボールに向かって投げた。
石は、足が出ている段ボールの中に吸い込まれ、バスッ!という音と転がるような気配があった。
その瞬間、グレーのズボンの足がビクッと動いて
「おおおう!」
という雄叫びとも呻き声ともつかない声が段ボールの中から聞こえて、慌てているような起き上がるような気配が感じられた。
「なんや!」
今度は野太い声でハッキリとそう聞こえた。
「うわあ!」
ボクらは今度は本気で怖くなって、全速力で走り出した。ランドセルは背中でガタガタ鳴っている。
後ろから恐ろしい形相の怪人が両手を伸ばして追いかけて来ているような想像をしながら、ボクは半泣きになりながら走った。
しばらく走って息が切れて、ボクらは歩きながら後ろを振り返った。
どうやら追いかけては来てないようだが、まだ恐怖で心臓はバクバクしている。
イトちゃんも強張ったような顔をしていたが、
「生きてたね」
と少し震える声で言って、ふうーっと息を吐いた。
「あっぶねー」
ボクは小さく呟いた。
※
ボクとイトちゃんは同じ町内に住んでいた。同級生でクラスも同じ。1年、2年の時も同じクラスだった。クラス替えはあるけど、3年、4年も同じクラスで繰り上がるので、4年生の今も同じクラス。つまりずっと同じクラスということ。
担任もずっと五月先生。
小学校は、家から川沿いの土手を30分ほど歩いて橋を渡ったところにある。
登校するときは町内の皆と一緒に登校するので、土手を通っていくのだけど、帰りは土手を通らないときもある。
大体、土手は遠回りなのだ。
土手を通らないルートは、橋を渡ってそのまま真っすぐ歩いていくコースなんだけど、歩道がないのに、車の通りがそれなりにあるので歩きにくい。それに、道が家と反対方向に曲がっているので、かかる時間は土手とそれほど変わらない。それなら土手のほうがいい。母ちゃんは土手を通れといつも言っている。
イトちゃんとは同じクラスなので、一緒に下校することが多いけど一緒に帰らないときもある。時々、校門のところで近所の子や友達と会ったりすると一緒に帰ることもある。
一人で土手を歩いて帰ることもある。
そういうときは、時々、落ちている100円玉を拾うこともある。誰が落としていくのかわからないけど、土手にはよくお金が落ちている。
でも、イトちゃんと一緒に学校のことなど色んなことを話しながら帰るのはやっぱり楽しい。
イトちゃんは中学生の兄ちゃんがいるので、ボクの知らない情報を教えてくれることも多い。
「家に帰る近道があるんやけどいってみん?」
少し歩いて落ち着いたイトちゃんが言った。
「神社の横を抜けていくんやけど、知らんやろ」
ボクは小学校に上がる前にイトちゃんと同じ町内に引っ越してきたので、イトちゃんほどはこの辺のことは知らない。
神社の横に小さな道があるのは知ってる。でも、少し薄暗くてボクは今までそこに入っていこうと思ったことはない。
ただ、家に帰るのに土手を通るルートは、かなり遠回りしているのはわかる。
でも、安全なルートだからと、行きも帰りも土手を通るようにボクは、母ちゃんに言われてるのだ。
「わからんけど、危なくないん?」
「危なくないよ」
ふーん。ボクは近道はいいな、と思った。早く帰れるならその方がいい。
「危なくないなら、そっちで帰ってみる?」
「その方がいいやろ。兄ちゃんなんか土手なんか通らんで」
イトちゃんの兄ちゃんが通っている中学校は、ボクらがか通っている小学校の道を挟んだ反対側にあった。だから帰り道もほとんど同じはずだった。
じゃあ、神社の方へ、といいながらイトちゃんは土手を上がり始めた。ボクも後に続く。
土手を越えて道路を渡り、階段を降りたところに、神社がある。毎年夏にお祭りをやる地元の神社だ。
それほど大きな神社ではないが、毎年、たくさんの出店が出て、この辺りの小学生も楽しみにしているお祭りだ。
お祭りの時は、土手の上や前の道路も人でいっぱいになる。
家族でお祭りに来るときは、神社の中を一回りしてヨーヨーや金魚すくいをやったり、綿菓子や毎年楽しみにしているりんご飴なんかを買ったりする。
去年は、イトちゃんの家族とも偶然会った。
学校では、射的は禁止されていたけど、イトちゃんは兄ちゃんと一緒にやったりしていた。
見覚えがある小学生も何人かいたけど、地元のお祭りだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
階段を下りて、短い参道の先に鳥居が見える。
神社の脇の小道をイトちゃんは入っていく。少し暗い感じがするのは、神社の大きな木で陰になっているからだ。道のすぐ脇には古い民家が並んでいる。
前を歩いているイトちゃんのランドセルが左右に揺れている。
神社の周りは古くからの家が密集している地域だ。家と家の間に塀がないくらい密集しているところもある。
「こういうところも行けるんやけど、今日はわかりやすい近道でいくわ」
イトちゃんは、家と家の間(つまり人んチの間)も行けるというけど、そうだとしたら猫みたいやな、とボクは思った。
神社の横を抜けてその先の住宅街も抜けて、「県道まで出るんや」とイトちゃんは言う。
「文句があるんか!!」
神社の横を抜けて住宅街に入ったところで、大きな声が響いた。
ボクらはビクッとして顔を見合わせた。
神社の先の住宅街は、神社の回りよりも新しめの家が集まっている地域で道は狭いけど少し明るい雰囲気がある。でも静かだ。
静かなだけに、声も大きく響く。
「俺が家にいるのがそんなに気に入らないんか!」
「そんなこと言ってないです。そのアイスは私が食べるのに買ったものです。人のを勝手に食べないで。あなたのは昨日食べたでしょ」
「たまたまあったから食べただけやろ!そんなに食べたいなら、買ってくればいいやないか!」
「いつもいつも、私が買って置いてあるものを勝手に食べて!私は何回同じアイスを買ってくればいいんですか!」
「だからキタジマで買ってくればいいやないか!」
「自転車が壊れてるんです!歩いてキタジマまで何分かかると思ってるんですか!」
「そんなに食べたいなら買ってくるしかないやろ! 毎日家で寝てるんやから」
「それはあなたでしょ! あなたが食べたんだから、あなたが買ってきてください!」
「オレはそんなに暇やない!」
「暇じゃない人がパンツ一丁でアイス食べてるんですか!」
イトちゃんが耳を澄ませる素振りをして、声のする家に近づいていった。
ボクもイトちゃんの後を追って、恐る恐る声のする家に近づいていった。
玄関とは違う裏口の方から声は聞こえていた。道路沿いに塀はあったけど声は丸聞こえだ。
そのうち女の人のすすり泣く声が聞こえてきた。
「イトちゃん、いこう」
声のする裏口の方を塀越しに見ていたイトちゃんに声をかける。
ガチャっという音がして急に裏口の扉が開いて、女の人が出てきた。ううぅと言いながら泣いているようだ。
すぐ塀越しにイトちゃんが立っていたのに、女の人は気に掛けることもなく座ってすすり泣き始めた。
閉まりかけていた裏口の扉が、また勢いよく開いて水色のパンツ一丁の裸の男の人が顔を出した。
男の人はイトちゃんと目が合ったらしく「なんや!」と言ったが、イトちゃんが目を逸らして歩きだしたので、男の人はしゃがんだのかそのまま塀の陰に見えなくなった。
ボクはイトちゃんに追いついて言った。
「イトちゃん、この道危ないよ」
「大丈夫やって」
兄ちゃんもこの近道使ってるんやから、と言いながらイトちゃんは少し早足になっていた。
住宅街を抜けると、少し開けた広めの道路が現れた。
この道路はウチの近所も通っている道路だ。たぶん県道。何となく場所がわかってきた。つまりこの道路に沿って行けばウチの近くまで帰れるということだ。確かに土手よりは近いかも。
「もう少しあっちの方に出る道もあるんやけど、それは今度やな」
県道の、もっと家よりの方を指さしてイトちゃんは言った。たぶん、さっきの家の間を猫のように通っていくルートだ。
道路の向こう側は、緑の景色、田んぼや畑や家が広がっている。
ウチの町内はこじんまりした住宅地だけど、少し行くと田んぼや畑は多いし、奥には山も見える。
こういうところはおばあちゃんチに似てる。おばあちゃんチの周りは山ばかりだ。
でも、カブトムシやクワガタなんかは良くとれる。おばあちゃんチに行くと時々親戚のおじちゃんが連れてってくれる。
イトちゃんは、山の方にチャバタケというクワガタのとれる秘密の場所があるんや、といっているけどボクはまだ行ったことがない。というのもチャバタケに行くときは朝4時に起きて行くみたいだから、イトちゃんも行くときは兄ちゃんとしか行かないみたい。
車はそれほど多くないので、横断歩道にも信号はない。
ボクとイトちゃんは、車が来ていない隙に道路の反対側に渡った。
「もうちょっと行くと新しく出来たあの大きい公園のとこや。わかるやろ」
イトちゃんの言葉に、ボクは「うん」と答えた。ウチからは少し離れているけど、大きな公園があるのだ。父ちゃんと弟と一緒に遊びに来たこともある。
実は、新しいと言ってもボクが引っ越してきたくらいの時にできたらしいから、たぶん数年前ということになる。
公園の先にはボクらがよく遊んでいる小さな川があった。
ボクとイトちゃんはすることがないと、とりあえずこの川に来るのだ。
いつもは家に帰ってから川に行くので、ここから行ったことはないけど、ボクは自分がいる位置が少しわかってきた。
川に来れば何かしらのことがある。魚を追いかけてもいいし河原の石をひっくり返して気持ち悪い虫を見つけてもいいのだ。手ぶらでもいいけど虫取り網があれば尚いい。
「公園にいってみようか」
イトちゃんがボクに聞いた。
一回家に帰った方がいいかな、でも公園も近いし家までの道は何となくわかる。遊具もそれなりにあるし、少し遊ぶくらいなら大丈夫だろう。
ボクは
「そうやなあ」
と答えた。
公園は大きいといっても学校の運動場ほどではなかった。もっと全然小さい。でもブランコもあるしジャングルジムもあるし滑り台もあった。砂場もあるしトイレと水飲み場もある。
人は少なかった。小学校に上がる前くらいの小さな女の子が二人、何をしているのか滑り台のところに座っていた。
ボクとイトちゃんはブランコでクツ飛ばしをすることにした。
ルールは簡単でブランコに乗りながらクツをなるべく遠くに飛ばした方が勝ちというもの。公園の柵の向こうには家があったので、柵を越えてその家に入ったらホームランということになった。
ランドセルは、二人ともベンチに置いた。
並んでブランコを漕ぐ。
ブランコを漕いでいると、前に来た時に、弟がブランコに乗りながら「ハンバーグが食べたい」という歌を歌っていたのを思い出す。即興で適当に歌っているのだが、時々ダイコンが食べたいとかキャベツが食べたいとか歌の内容が変わっていくので、お腹がよじれるほど笑った。オシッコがチビってしまうんじゃないかと思うほどだった。
今考えるとどうしてあんなに可笑しかったのか不思議だけど、そのときは本当に我慢できなかった。生まれてからあんなに笑ったことはないくらい。
「じゃあ、かっちゃん先にいいよ」
イトちゃんが言った。
ボクは、勢いよくブランコを漕ぐ。クツを遠くに飛ばすにはブランコの勢いが大事だ。クツを半分脱いで、一番勢いがついたところで蹴るようにクツを飛ばす。
ビューン
クツは放物線を描いて飛んでいき、滑り台を越えた辺りで転がった。
「おお!」
イトちゃんが誰に言うともなく歓声を上げた。
「じゃあ、次オレね」
イトちゃんが勢いよくブランコを漕ぐ。勢いが乗ったところでイトちゃんがクツを飛ばす。
ビューン
イトちゃんのクツは、ボクのクツよりも低めの放物線で真っすぐ左の方へ飛んでいった。
そして、滑り台の前にいた女の子の小さな後頭部に直撃した。
「あ!」
イトちゃんが声を上げる
女の子は、一瞬何が起こったかわからない様子だったが、転がっているクツを見て悟ったようだった。こちらを見て、しばらくしたあと顔を歪めて泣き出した。
「びゃあああああ!」
イトちゃんは慌ててブランコを降りて、女の子に駆け寄った。
「ゴメンゴメンゴメン」
と繰り返しながら体を屈めて女の子を覗き込んでいる。
ゴメンゴメンと繰り返していたので、いつの間にか「メンゴメンゴ」になってしまって、イトちゃんは途中からメンゴメンゴと繰り返している。
イトちゃんの履いている子どものクツで、怪我をするとは思えないけど、もしかしたら女の子にしては、少し痛かったかも。
もう一人の女の子も寄ってきて「ダイジョウブ?」と声を掛けているうちに落ち着いたようで、泣き止んだようだ。女の子たちはそのまま二人とも帰っていった。
「かっちゃん、メンゴメンゴ」
イトちゃんはボクにも謝っていた。
イトちゃんは、やる気をなくしたのか、それでクツ飛ばしはやめてしまった。
だから、クツ飛ばしは、たぶんボクの勝ちということになるかな。
それからボクとイトちゃんは、砂場にいた。砂場でやることといえば、やっぱり山を作ることだろう。そして両端からトンネルを作って掘っていく。ボクとイトちゃんもトンネルを両端から掘っていった。トンネルの中で握手をすると、どうしてこんなにうれしいのだろう。
「イエーイ!」
ボクらは満足して、山を踏み潰した。
公園の遊具で一通り遊んだ後、
「川に行ってみる?」
と、イトちゃんがボクに聞いた。
「川かあ、一応いってみるか」
やっぱりいつものボクらの遊び場といえば川だったから、ここは行ってみないわけにはいかなかった。
※
川は近かった。
でも、いつも遊んでいる辺りではなかった。草が伸び放題伸びてて、水の傍まで行くのは少し難しそうだった。
ボクらは、川に沿って歩きながら、水に近づけそうなところを探していた。
ボクらがいつも遊んでいるところは、この先の小さな橋の近くでその周りは少し整備されていて、川に降りていく階段もあった。
でも、今の辺りは草ボウボウで、近寄りづらい感じがあった。ヘビなんかいたら怖いし。
ボクとイトちゃんは、歩きながら川の流れを見るとはなしに見ていた。
この川で6年生たちがライギョを手づかみで捕まえた、という話があった。捕まえたというか足で岸に蹴り上げたという話らしいけど。
「あ、亀や!」
川を見ていたイトちゃんが、突然叫んだ。
「ウソ!どこ?」
「あそこの石の向こう。すぐ川に入っていったけど」
「捕まえられる?」
「いや、無理やな。もう川に入っていったわ」
「スッポンかな」
「さあ、違うやろ」
スッポンは、嚙まれたら雷がなるまで話さないというウワサだから、かなり怖いけど、だからこそ価値がある。捕まえられたら捕まえたい、とボクは思った。
亀を川で見つけるのは、割と珍しいし、ボクは、1年生のときにミドリガメを飼っていたから亀は好きだ。
飼っていたミドリガメは、野球のボールより少し小さいくらいで、庭の小さな透明のケースに入っていて、サイコロより少し小さいくらいの四角くて茶色い餌を食べた。
餌はボクがあげることになっていた。
ケースに手を入れて、その四角い餌をミドリガメの口元に近づけると、パクっと食べるのが面白くて好きだった。
でも、あるとき、同じようにして餌をミドリガメの口元に近づけたら、そいつが間違えてボクの人差し指に噛みついてしまった。
亀には歯はないみたいだったけど、泣くほど痛くて、ボクはとっさに手を振り回してミドリガメを振り飛ばしてしまった。
ミドリガメは、ヒューンと飛んでいき、塀を越えて隣の家の庭の花壇の中に落ちた。
ボクは慌てて、隣の庭へ行って振り飛ばしたミドリガメを探した。
広い庭ではなかったので花壇も大きくはなかったけど、なぜかミドリガメはなかなか見つからなかった。
そして、そのままミドリガメは行方不明になってしまった。
飼い始めてまだそんなに経ってなかったので、人差し指の痛みとともにボクは大きなショックを受けた。
ボクは、亀がいたとイトちゃんが言ったところをしばらく見ていた。
川岸は草ボウボウで、歩いて入っていくのは難しそうだった。しかも、イトちゃんが言っていたのは、川の反対側の辺りだったので、見つけたとしても捕まえるのは無理そうだった。
「いーくーぞー」
イトちゃんが言った。
うん、と言ってボクは、少し先を歩いていたイトちゃんに走って追いついた。
「亀は、スッポンじゃなくても噛むって兄ちゃんが言ってたわ」
イトちゃんが歩きながら言った。
「知ってる。噛まれたことあるから」
「え、そうなん、どこで?」
「家」
「亀、飼ってるん?」
「飼ってたけど、逃げた」
え、という顔をしてイトちゃんがボクを見た。
「3年のときに、2組で飼ってた亀が教室から逃げたの知ってる?」
「あ、ああ、聞いたことある。でも見つかったんでしょ?」
「そうそう、でもめちゃくちゃデカくなってたらしい」
「あ、それ聞いた。亀ってけっこう大きくなるんやな」
「しかも、長生きするからね。まだ飼ってるやろ、たしか」
うーん、とボクはちょっと考えて言った。
「なんで逃げたんやろ。ケースに入ってたんやろ?」
「誰かが逃がしたんやろ? さすがにケースからは出れんやろ」
ふーん、とボクは言って、誰かがボクのように餌を上げるときに指を噛まれて、亀を放り投げているところを想像した。
「誰かが、亀が可愛そうやと思って逃がしたんやないかなあ、、あ、かっちゃん、なに笑ってるん?」
ボクは、無意識にニヤニヤしていたみたい。
「ああ、いや、何でもない、、フフ」
なんやー、と言って笑いながら、イトちゃんがボクにぶつかってきた。
「なんでもないって」
ガタンガタンという音がして、川の向こうにある線路を2両編成の電車が通り過ぎた。
「ちょっと暗くなってきたな」
イトちゃんが言った。そういえば少し暗くなってきたみたいだ。
川の周りをウロウロしながら、石を投げたりしていたら、けっこう時間が経っていたみたい。
ボクらは、川の草むらの中へは入っていかなかった。
また、犬の死体が出てくるんじゃないか、となんとなく警戒していたし、そうじゃなくてもその辺りの草むらは、誰かが入っていった気配が全くなかったから。
イトちゃんが、川に向かって石を投げた。
水面がチャポンという音を立てて、水の輪が広がり、すぐに流れに流された。
今日はまだ家に帰ってないけど、母ちゃんはまだ帰ってないと思う。ウチは共働きで、母ちゃんは保育士だから。でもそろそろ。
「そろそろ帰ろうか」
ボクは言った。
「そうやな」イトちゃんも言った。
今何時なんだろう。夕方だから5時くらい?
ボクらは、川沿いの道を歩いて行った。まだ舗装されてなくて、デコボコで歩きづらい。草も多くて。
もう近いよ、とイトちゃんが言った。
「近道だけど結構遅くなったね」
イトちゃんが、なんともいえない感じで言った。
「道草したからね」ボクは言った。
あ、ここかあ。
近道なのか遠回りなのかわからないけど、ボクが今どこにいるのかはハッキリわかった。この辺りはよく通るところだ。
辺りは少しづつ暗くなっているみたい。イトちゃんの家も近い。
「イトちゃんは大丈夫なん?」
「何が?」
「いや、遅くなって」
「ウチは大丈夫。兄ちゃんがいるから」
どうして兄ちゃんがいると大丈夫なのかわからなかったけど、大丈夫ならいいか。ボクは、どうかな。二人とも働いてるし、弟は保育園だし。考えたこともない。
「じゃあ、オレこっちやけん」
イトちゃんが言った。
いつもの川から帰るときは、いつもこの同じところで別れる。この辺りは、よく知ってる。
気が付くと、辺りは大分うす暗くなっている。
「うん」
ボクは軽く手を振った。
「近道は早いかもね。明日から土手はやめようかな」
自分チの方に向きながら、行こうとしているイトちゃんにボクは言った。
「道草しなければね。早いよ。土手よりは。近道やから」
「うん」
イトちゃんは自分の家の方に歩いて行った。
イトちゃんを見送りながら、ボクも家の方に歩いていった。
※
「カズ!あんた何してたん!今何時やと思っとン!」
母ちゃんはすごい剣幕で怒っていた。どういうわけか仕事から早く帰ってきてた。弟もいつもより早く迎えに行ったみたい。
「五月先生に聞いたら3時前には下校したって。あんた何しよったん!こんな時間まで」
まだなんとか明るかったので気が付かなかったけど、時間は夜の6時半くらいだった。家に帰った気配もないし、母ちゃんは学校にも電話したみたいだった。もう少し帰ってこなかったら探しに行くところだった、と母ちゃんは言った。でも土手に言っても何も見つからなかっただろう。
ホントにもう! と言いながら、母ちゃんは夕食の用意を始めた。
弟が寄ってきて
「兄ちゃん、遊んでたん?」
と聞いてきたから、ボクは「うん、近道ね」と言った。
弟は、意味がわからないのか「ふーん」と言って、少し不思議そうな顔をしていた。
夜、父ちゃんが帰ってきて、ボクは一緒にお風呂に入った。
弟は、あとで母ちゃんと入ると言うので、父ちゃんと二人でお風呂で色々話をした。
「お前、今日何しよったんか? 帰るの遅かったみたいやな」
「近道してた」
「近道? それで遅くなったんか?」
「イトちゃんに教えてもらった」
「イトウくんか? で、近道で遅くなったんか?」
「道草してた」
「道草ぁ?」
「うん」
「そうかあ、うーん、まああんまり母ちゃんを心配させるなよ」
「わかった」
ボクは父ちゃんに今日のことを話した。道草をすると話すことがたくさんある。
※
「カズのヤツ、学校から帰るときイトウ君と近道したって」
「近道? 遊んでたんですよ。公園とかあそこの川で!」
「うん、道草してたって」
「あたしは学校の五月先生にも電話したんですよ。何かあったんじゃないかって」
「まあ、何もなくてよかったやん」
「もう道草って、、、。ちゃんと言ってやってくださいよ」
「まあ、道草って楽しいんよ」
「せめて土手を通って帰るように言ってくださいね。探しに行っても見つけようがないから」
「う、うん。でもかなり楽しかったみたいだよ。犬の死体があったって」
「それのどこが楽しいんですか!」
その夜、ボクは河原で犬の死体に追いかけられている夢を見た。記憶は飛び飛びなんだけど、かなり怖かった。
イトちゃんは、イトちゃんの言う通り何も怒られることもなくダイジョウブだったみたい。
それ以来、ボクはイトちゃんと帰るときは”近道”をするようになった。
道草もするけど、なるべく一度家に帰ってから遊びに行くようにしてる。
母ちゃんは、ボクの帰りが多少遅くなっても、家にランドセルがあって一度帰った気配があれば、そんなに怒ることはなかった。
父ちゃんは、基本怒ることはなかった。時々、うっかり道草で遊んで帰りが遅くなって、ボクが母ちゃんに怒られたりすると「道草って楽しいよな」って内緒話みたいにこっそりボクに言うくらい。
ボクは、父ちゃんも仕事の帰りに道草をしているからだと思ってる、たぶんね。
「ボクの道草」おわり
