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私の仕事に、名前がついた——FDE求人729%増という知らせ

先週、あるニュースを読んで、妙な気分になった。

FDE(Forward Deployed Engineer)という職種の求人が、2025年1月比で約729%増えているという。米国ではジュニアでも年収18〜25万ドル、日本円でおよそ2,700万円から。シニアなら6,000万円を超える例もあるらしい。日本でも、LayerXが想定年収1,200万円以上、ソフトバンク系のSB OAI Japanは最大2,034万円でFDEの求人を公開し始めた。


「FDE」の求人レンジ(年収)。相場が求人票に印刷された


FDEとは何か。定義を要約すると、「顧客企業に深く入り込み、AIの活用を現場で実装するエンジニア」となる。モデルを作る研究者ではない。ツールを売る営業でもない。顧客の業務を理解して、要件を切り、AIを業務プロセスに組み込んで、成果が出るところまで面倒を見る人。

読みながら、思った。

これは、私が8年やってきた仕事だ。


名前がなかった8年間

私はフリーランスのシステムアーキテクトとして、8年間ずっと客先に深く入り込んで働いてきた。顧客折衝、要件定義、設計、実装、リリース、運用。海外の事例を調べて顧客に持ち込む提案も、ここ数年のAIの組み込みも、全部この延長線上にある。詳しい経緯は先日書いたが、この働き方に名前はなかった。

名前がないと、何が起きるか。

まず、説明に困る。「フリーランスエンジニアです」と言うと、時間いくらでコードを書く人だと思われる。「コンサルです」と言うと、実装しない人だと思われる。実際にやっているのはその中間というか、両方なのだが、それを表す一語がないので、毎回長い説明をすることになる。

もっと実務的な問題もある。相場が存在しないことだ。

時間いくらのエンジニアには単価相場がある。コンサルにも相場がある。でも「深く入り込んで成果まで面倒を見る人」の相場は、どこにも載っていない。だから私の単価は、市場価格ではなく、目の前の顧客との信頼の積み重ねでしか上がらなかった。プロジェクトを一つ成功させて、数万円。また一つ成功させて、数万円。8年かけて階段を上ってきた。

それが先週、突然、求人票に値段が印刷された。

名前がつくと、値段がつく

職能に名前がつくと何が起きるかは、過去に何度も繰り返されてきた。

昔、「サーバーの面倒を見るのが異様にうまい運用担当者」がいた。2010年代に「SRE」という名前がつき、専門職として相場が形成され、待遇が跳ね上がった。「使いやすさを考えるデザイナー」は「UXデザイナー」という名前を得て、単なるデザイナーとは別の値札がついた。

名前は、市場をつくる。名前がつくと比較が可能になり、比較が可能になると相場ができ、相場ができると「それは高い・安い」の交渉が始まる。名もなき職能は安く買われ、名前のある職能は高く売れる。私が8年かけて数万円ずつ上げてきた単価が、「FDE」という3文字によって、いきなり求人票で1,200万〜2,000万円のレンジに位置づけられた。値段とはつくづく、能力ではなく言葉についているのだと思う。


名前がつく前と後で、職能の扱いはこう変わる


なぜ今、この職能に名前がついたのか。理由はシンプルで、生成AIの導入が「試す段階」から「業務に組み込む段階」に移ったからだ。試すだけなら誰でもできる。組み込むには、業務と技術の両方がわかる人間が現場に必要になる。AIが賢くなるほど、それを現場に落とす人の値段が上がる——この構図は、モデルの性能競争より長く続くと私は見ている。


ただし、名前には逆側もある

浮かれる話だけでは終わらせない。名前がつくことには、逆の効果もある。

第一に、参入が増える。名前と相場が公開された瞬間、「私はFDEです」と名乗る人が現れる。名乗るのは自由だからだ。SREもUXデザイナーも、名前が広まった数年後には玉石混交になった。名前は職能の中身を保証しない。

第二に、定義が薄まる。実は今の日本では、FDEという略語自体がすでに混線し始めている。Forward Deployed Engineerの意味で使う人と、Full Digital Enterprise(企業活動全体のデジタル化構想)の意味で使う人が同時に存在する。同じ3文字が職種名と経営コンセプトの両方を指している。流行語の宿命だと思う。

つまり、名前は追い風だが、乗り方を間違えると風に流される。名前が運んでくるのは注目と相場であって、実体ではない。顧客を勝たせた実績は、名前では買えない。

私はどう動くか

では、当の本人はどうするのか。

肩書きをFDEに変えるつもりは、今のところない。今の顧客との仕事に、その3文字は何の影響もないからだ。呼び名が変わっても、やることは変わらない。

ただし、市場に向けた言葉は更新する。スキルシートや職務経歴の記述は、市場が検索する言葉で書かれていなければ、存在しないのと同じになる。「顧客先でAI活用を要件定義から実装まで一貫して支援」という一文は、これからは「FDEに相当する業務」と読まれる。名前は名乗るものではなく、参照されるために置いておくもの——そのくらいの距離感がちょうどいいと思っている。

そしてもう一つ。名前がついた職能の相場を、自分の単価交渉の材料として静かに持っておく。相場より安く働いているなら、次の更新時にそれを知っている必要がある。求人票の数字は、転職しない人間にとっても交渉のベンチマークになる。名前の恩恵は、名乗らなくても受け取れる。

次に名前がつくのは、あなたの仕事かもしれない

この話は、エンジニアに限らないと思う。

どんな業界にも、「名前のない便利な人」がいる。部署をまたいで調整がうまい人。数字とお客さんの両方がわかる営業。ツールを勝手に整備してみんなを楽にしている事務の人。その職能には今、名前がない。だから安い。

でもAIの導入が全業界で「試す」から「組み込む」に移っていく過程で、こうした越境型の職能には次々と名前がつき、値段がついていくはずだ。名前がついた日に値段になるのは、それまでの蓄積だけ。つまり、やるべきことは変わらない。名前がない仕事を、名前がないうちに、深くやっておくことだ。

私の8年は、名前がつく前の8年だった。それを後悔はしていない。名前のない時代に積んだものだけが、名前がついた日に、本物として残る。


名前がなかった8年間に何をやってきたかは、この記事に書いた。


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