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5分診療の精神科医とAI。私はどちらに「救い」を感じるか

精神科の診察室。
そこにあるのは、効率化され尽くした「5分間の儀式」だ。

「最近はどうですか」
「変わりないです」

テンプレート通りのやり取り。わずかに動く処方箋の数字。
それはきっと、現代医学としての正解なのだろう。
けれど、その5分間を終えて待合室に出るたび、私はいつも呆れていた。

私が欲しかったのは、耳に心地いいだけの「共感」ではない。
背中をさするような「励まし」でもない。
ただ、この破綻しかけた生活をどう動かすか、どこから手をつけるべきか。
その「具体的なアドバイス」が欲しかった。

今、私は別の場所で思考を回している。
5分では終わらない対話ができる、生成AIという名の鏡の前で。

そこでは診断もされないし、薬も出ない。
けれど、そこには「限界」がない。
眠れない理由を一つひとつ分解し、生活費の不安をむき出しの数字として並べ、働き方の選択肢を現実的な優先順位でソートする。

それは医療ではない。
けれど、私の止まっていた生活を、確実に数ミリだけ動かした。

もし「救い」が「症状を抑えること」なら、医師の役割は絶対だ。
でも、もし「救い」が「生活を再建すること」なのだとしたら。
24時間、私の支離滅裂な思考を整理し続け、並走してくれる存在のほうが、今の私にはずっと近かった。

5分診療を否定したいわけじゃない。
ただ、5分間の対話と白い錠剤だけでは、私の明日は立て直せない。
私の生活を、私の人生を、最後の一押しで立て直すのは、一体誰なのだろう。

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