見出し画像

【創作大賞2024 恋愛小説部門】 思い出の恋を、思い出す時⑨(全9話)

「おまけに慰労会とか言うて、見た目豪華じゃけど何食べとるかわからんフレンチとか、いらんわそんなん。偉そうに『お金の使い方はメリハリが大事』とか言うて、はあ? 20年以上前に買ったとかいうポール・スミスのネクタイ自慢しとるヤツが言う? そういうこと言っちゃう? 意味わからんし。いやもうアイツ帰らせたあとの二次会は盛り上がったね、みんなでますぶちの悪口大会。あっはっはー」
 上を向いて高笑いしたかと思うと、千里はまたクッションに顔を埋めてしまいました。
 しーん。
 リビングに静けさが戻ります。未歩子の頭の中もフリーズ。情報量が多すぎてキャパオーバーです。

 やがて未歩子は静かに立ち上がりました。キッチンに戻り、ぬるい番茶を淹れます。その湯呑みに、梅干しをひとつ。
 実家の母が酔っ払った父によく作っていた梅干し番茶。こういうことは教えられていなくてもよく覚えているものです。

「ちーちゃん。気分はどう? 気持ち悪い? 大丈夫そうだったら少しこれ飲んでごらん」
 千里の背中に手を置きながら、湯呑みを口の近くまで持っていってやります。千里はこくこくと二口ほど梅番茶を飲むと、目をつむったままソファーに背を預けました。すぐにすーすーと寝息をたて始めます。

 青白かった頬が、すもものような色になっています。その顔が赤ん坊の頃と重なります。
 夜泣きがひどかった千里。癇癪持ちで、出来ないことがあると地団駄を踏んで悔しがった。負けず嫌いで、兄妹ゲンカはもとより友だちとのトラブルも多かった。
 乱れた前髪を撫でていると、いろんな思い出が蘇ってきます。
 学習発表会の最後で、全校生徒の前で作文を読んだ時。気負うあまり、何度も読み間違えた千里。それをクラスの男の子が笑い、千里は途中で舞台から走り降りてその子をグーで叩いたんだっけ。そこで「ようやった、それでこそウチの孫!」と義母が叫んだものだから、体育館は大混乱。

 ふふふ。笑いが漏れてきます。手がかからない子だと思ってたけど。けっこう、いろいろあったわよねえ。
 寝息をたてる頬の、涙の跡が痛々しい。
 地元に戻ってはきたけれど。想像していた未来とは違うと、がっかりしてるのかもしれない。もしかしたらそれは、この地を離れた進学先でもずっと、思っていたことなのかもしれない。
 涼しい顔で毎日仕事へ行ってたくせに。見栄っ張りは誰に似たんだか。

 先ほど、未歩子は千里の話におののきつつも、枡渕さんの顔をありありと思い浮かべていたのでした。

 猫背でせかせかと歩く枡渕さん。社員の背後に立ち、一挙一動をチェックする枡渕さん。メガネを光らせて嫌味を言う枡渕さん。癖毛を横に流していたあの髪型も、今はバーコードみたいになっているんだろう。ポール・スミスのネクタイって。まさか、あの頃のものをまだ使ってる?

 はい、終了。

 そこで頭の中にゴングが鳴り響きました。
 未歩子は天井を見上げます。
 あーあ。これまで付き合ってきた人の現在が、全員、わかっちゃったな。

 仕方ありません。それが、この狭いまちで暮らすということなのでしょう。

 娘と同じように目を閉じます。ふいに、まぶたの裏に赤い色が映りました。
 高級な薔薇の花を、ぎゅっと集めたような深い赤。あの下着。
 スリップドレスもショーツも、たしか、洗濯したら縮んでしわくちゃになったんだっけ。

 未歩子は目を開き、フォトフレームに顔を向けました。白いドレスをきた自分の目を、正面から見つめます。

 マハラジャも、パリもデンマークでの生活も知らないまま、この歳になったけど。
 今の私は、シルクの下着を縮ませることなくきれいに洗い上げる方法を知っている。毎朝見るキッチンの窓が季節で色を変えることも、床に落ちる影が、長くなったり短くなったりすることも、知ってるの。

 ドレス姿のあなたが、今の私をみっともないと思うことも、わかってる。
 ホームドラマみたいな愚痴を言ったり、必死で白髪を隠したり。小さな文字を四苦八苦しながら読む姿を、厭うことをわかっている。
 でも私は、24歳だった時のみっともなさも、わかるようになった。

 若いって。
 バカ、とつぶやいたのは昼間のことです。今、聞こえてくるのは、その時の自分の声なのか。それとももっと、年老いた自分の声か。

 未歩子はそっと体を起こし、寝室へと向かいます。毛布を手にしてリビングに戻り、奈良漬のような娘の体にかけてやります。

 明日の朝は、このまま起こさないでおこうかな。安心しきった寝顔にそう思います。きっと娘は怒るでしょう。また顔を真っ赤にして、二日酔いの頭を抱えて。そんな姿を見たら、大笑いしてしまうかも。

 若いっていいな。
 また聞こえた声が、未来の自分のものであることを、願います。

 未歩子は、熟睡する娘の背をぽんと柔らかく叩き、その手を湯呑みに手を伸ばしました。残った番茶を飲み干し、底にに沈んだ梅干しを口に含みます。そして酸っぱさに思い切り顔をしかめたあと、種をぷっと吐き出しました。(完)


#恋愛小説部門

#創作大賞2024

https://note.com/preview/n4317ab9f056a?prev_access_key=0d1c80ad36f5bbc69f7976825b4b72e4

①https://note.com/hukucat2929/n/n23d0c02cc9f7
②https://note.com/hukucat2929/n/ne241753299c1
③https://note.com/hukucat2929/n/n1addcd34273a
④https://note.com/hukucat2929/n/n5e48ae0e6826
⑤https://note.com/hukucat2929/n/nf01e9d4e1f5f
⑥https://note.com/hukucat2929/n/n146636a56ff1
⑦https://note.com/hukucat2929/n/nbb5a15d41703
⑧https://note.com/hukucat2929/n/nb5eef6d6a4ce

いいなと思ったら応援しよう!