いい人をやめたい
美容室の先輩のスタイリストが妊娠した。
当時見習いの僕は24歳、今度こそは「本当にいい人」にならねば。
そう思った。
その2年前にこんなことがあったからだ。
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当時、妊娠した別のスタイリスト。
僕をすごくかわいがってくれていた先輩だ。
この人の負担を軽減することが「お客さんへの満足につながる」そう感じ、とくに手伝った。
「シャンプー入ります」
「かわるんでその間休憩しててください」
毎回、少し歪んだ笑顔で「ありがとう」
そう言っていたが、ある日言われた。
「こめん。ずっと言えんかったけど妊娠してから男の人の体臭が無理やねん。」
ガーーーーーン
とかの前に「そら言いにくかったやろな」そんな申し訳なさが大きかった。
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話は現在に戻る。
こんな経験があったからこそ次はそれを活かす。
それが失敗から得る成長だろう。
「あのー、つわりとかで僕の臭いとか大丈夫ですか?」
「ん?いや、そんなんはないけど。」
よし、今回は大丈夫そう。
「妊娠した先輩の身体は2人分の重さ」
そう考えると、大変さは想像を絶するものだろう。
毎朝「コンビニ行きますけどいるものあります?」
「あぁーんじゃ中華丼で」
朝の髪をセットする時間を利用してコンビニに走る。
「買ってきましたよ!」
「うん。冷蔵庫入れといてー。」
本当に余裕がないのだろう。いつも大変そうだ。
冷蔵庫の右上手前。ここが中華丼の定位置だ。
そんな日が半年続いた。
子どもが産まれて、先輩が仕事に戻ってきた日のこと。
「お疲れ様でした!かわいいお子さんっすね」
「ほんまに!疲れたわー」
「毎日コンビニに走った甲斐がありましたよ!少しでも力になれたならよかったです」
今回は「いい人」になれただろう。胸を張ってそう言える。
「あんた、はよ中華丼買ってきてや」
「ん?あ、はい。まだやっぱ身体しんどいですか?」
「そうじゃなくてあんた私のパシリやん」
あぁ。こんな人やった。
「礼も言えん大人の買い出しなんか行きませんよー。常識じゃないですかー笑」
いいことをして、僕はその対価に「ありがとう」を求めていた。
でも、それくらいも求めてはいけないだろうか。
「これからも礼を言わないママで、お子さんを幸せにしてあげてくださいね」
臓物から出た本心だった。
僕は「いい人」には向いてなかった。
