コラム40 手術のIC(インフォームドコンセント)は何のため!?
僕は小児外科医なので、手術を行う前には患者さん(主に親御さん)に詳しいIC(インフォームドコンセント)を行います。
それだけでなく、今ではちょっと侵襲的な検査や処置(鎮静を行う場合を含む)のたびにICが必要です。なんでもかんでもIC。大量の書類を作り、患者さんに署名してもらい、最近ではできる限り看護師さんに同席してもらい、一緒に署名してもらい、全てをスキャンして電子カルテに保存する。
どんどん仕事は増える一方なのですが、本来ICって何のためにしているんでしょうね?…というお話です。
1. 昔は適当だったIC
ほんと、僕が医者になった頃は昔なので、むかーしむかし…みたいなお話で申し訳ないのですが、ICという言葉よりも「ムンテラ」という言葉の方がまだ多く使われていました。
数年のうちにICで統一されることになりましたが。
ムンテラという言葉は、ドイツ語のMund(口) therapy(治療)の略です。
手術をする前にムンテラをする…という行為は、前もって患者さんに対して説明という名の治療をするという意味合いがありました。
でもそれは、なんとなく患者さんをいいように丸め込んでいるような感じを受けますよね。
まだ本人にがん告知をせずに、家族だけに告知して手術や治療を行っていた時代の名残りを感じさせます。
もっと医療従事者は利益不利益を隠さず患者さんに伝え、十分に理解をしていただいた上で、患者さんの自由意志による同意を得なければならない。
…というのが、1964年に提唱(1975年に更に改定)されたヘルシンキ宣言(世界医師会総会で採択された「ヒトを対象とする生物医学的研究に携わる医師のための勧告」)の考え方になります。
ここで、IC(インフォームドコンセント)という言葉が出てきました。
とても立派で、患者さんの人権を重視した宣言ですね。
こういった考え方が広まっていき、現在は病気や治療についてなるべく分かりやすく、包み隠さず説明し、患者さんの同意を得て治療を行うのが当たり前になっています。
2. どんどん書類が分厚くなる

昔は大きな手術ならいざしらず、比較的小さめの「小手術」と呼ばれる手術では全身麻酔であっても同意書はA4の紙一枚なんてことはザラでした。
それが今や、どんな小さな処置などであっても3ページ以上は当たり前。少し大きな手術になると5~10ページの手術同意書(説明書と同意書は別に署名が必要)に、輸血同意書、血液製剤の同意書、更にここに麻酔科からの同意書も加わり、あっという間に小冊子の出来上がりです。
大学ですから、ここになんらかの臨床研究など入ろうものなら、その小冊子が更に製本レベルの厚さになるまで一瞬です。
そしてそれらは全てコピーして患者さんにお渡しし、署名していただいた原本はスキャンして病院の電子カルテに保存することになっています。
ものすごく煩雑な業務ですね。
同じ治療(高度化はしていますが)をしているのに、なぜそんなに文章の量だけが天文学的に増えるのか。
定型文が増えたことが大きいですね。
一般的な病気の説明や、治療の説明、合併症の説明というのはこれまでもしてきましたが、現在の説明・同意書には、必ず「偶発的な合併症が発生した場合の対応」や、「処置や手術をしなかったらどうなるか」、「他の方法との比較」、「摘出した標本をどうするか」、「同意の撤回が可能であること」、「セカンドオピニオンの希望の有無を書く欄」など、全てを記載しなくてはならないルールになっています。
そのため、どんどん書類は長くなっていきます。
まあ、真面目に説明するんですけど。
昔はA4の用紙1枚だったのが、なぜにこんなに全てを記載して説明するようになったのか。
これってやっぱり、「訴訟にならないこと」が目的になっているように思うんですよ。
世の中は(日本だけじゃなく、海外も含めて)多くの医療訴訟があります。
そして、そういった訴訟が起こるたびに、「これは同意書に記載されてない。十分に説明されてなかったのではないか」となる。
すると、同意書の記載が義務化される…。
3. 置き去りになる患者さん(親御さん)の心

そうして束のように分厚くなっていく説明同意書を見ながら、いつも思うんですよ。
これが札束だったらなぁ…
じゃなくて、
これ、真面目にみんな全部読んでるのかな?って。
ふと原点に立ち返ってみたときに、ICって何のためにするんでしたっけ?
患者さんに十分説明して、同意をしてもらうためですよね。
つまり、ICで最も大事なのは、納得して治療を受けてもらうことだと思うんです。
訴訟が起きないように、なるべくどんな小さな芽もつぶして、危険性をきちんと書いて…、それで十分に説明する時間が取れず、「あとは読んでおいて下さいね」であまりに大量の文章を患者さんが読めなくて…では、本末転倒ではないですか?
4. 小児外科ならではの緊張のIC
小児外科という科は初対面の親御さんに「あなたのお子さんは手術が必要です」と伝えることが多いところです。
それは場合によっては緊急手術であり、すぐその場での判断をお願いすることになります。
そんな緊張のICの場面にあふれる小児外科ですが、そんな中でもMAX緊張ムードのICは、産まれたばかりの新生児に手術が必要な場合です。
今ではエコーなどの出生前診断で、産まれる前から病気を疑われることも多くなってきましたが、疑うことができない病気もままあります。
つまり、元気に産まれてきたはずの赤ちゃんに、今すぐメスを入れないと助からないかもしれない…というお話を、出産直後の両親にしなくてはならないわけです。
緊張の面持ちの両親を前に、
「このたびは、赤ちゃんのご出生おめでとうございます」からお話を始めます。(昔ある先生から、「赤ちゃんが産まれるのはいついかなる場合でもお祝い事なんだから、礼儀を欠かしちゃダメ」って教わったのです)
そして、相手の表情の変化を観察しながら、なるべくゆっくりと病気の話をしていく。

成人のICで最も大事なICはがんの告知でしょう。
たいてい誰もが重い病気の説明を受けたときに、否認や怒りを覚えます。「そんなわけない!」「なんで自分(の子)に限って…!」と思うわけですね。
自分が病気ですと言われた時には、それは「自分ごと」なので、いくら否認しようが逃げることなんてできないわけですが…。こと、産まれたばかりの赤ちゃんに関してはこの「否認」が大問題になることがあります。
赤ちゃんを受け入れられないことにつながる危険性があるのです。
いくら医者が頑張って赤ちゃんを治療しても、最終的に親御さんがしっかり受け入れて一緒に生きていく気持ちになっていただかないと意味がありません。
なので、最初のICの時にいくら緊急だからといってパパっと急いで同意書をとって、親御さんもわけがわからないうちに手術して…なんてことをすると、後で大変な苦労をすることになってしまいます。
初対面のICですることは、単なるインフォームドコンセントの直訳(説明と同意)にあらず。
親御さんの「この子を助けたい!」という意思を確認し、医療従事者が最大限それをサポートし、「一緒に頑張っていきましょう!」とワンチームになることを確認する場なのです。
つまりは、「説明と同意」ではなく、今後の継続的な治療に向けた「説明という名の治療」です。
…あれ?
それってムンテラ(Mund therapy)なのでは?
5. ICのコツ

結局は昔の人の言葉が正しい部分も大いにあるという話ですね。
手術や治療の説明というものは、確かに「全ての正しい情報を開示し、患者さん自身に治療法を選ぶことができるように選択肢を示すこと」が大事です。
2つの商品があってどっちを買おうか迷った時に、両方の利点欠点(値段や使いやすさ、デザインなど)をしっかり見定めて買おうとする行為はとてもいいことです。
でもね。医師の治療って買い物じゃないんですよ。
大前提として患者さんは病気という弱い立場にある。そして医療行為は往々にしてその人自身への侵襲を伴い、完全な安全性は担保されないわけです。
そこに必要なのは、単純な説明と同意ではありません(書類としては大事だけど)。
僕はICに大事なことというのは、「治療を受ける人の心のバランス」であると思っています。
不安にさせてはいけない。かといって、過度に安心させすぎてもいけないのです。
医者はよく、「絶対大丈夫です!」と言ってはいけないとされています。
過度に安心をもたらし事態を楽観視させる行為は、医療従事者への信頼・依存をもたらしますが、いざ何か不都合が発生した際にこれは一気に不信感へと転落しかねません。
「私失敗しないので!」なんて言っていいのはドラマ(虚構)の中だけなのです。
ICをする医師が一番心がけなくてはならないことは、独りよがりの均一な説明にならないようにすることです。
きちんと全てを説明するのはもちろん大事ですが、その内容を聞く人がどう受け止めるかは本当に千差万別です。それなら、みんなに同じトーンで同じ説明をすればいいなんてことにはならないですよね。
途中で一息ついてしっかりと相手の目を見ながら、この患者さん(親御さん)がどう感じているかな…と観察します。そして、あまりに安心側(多分大丈夫だな…と楽観視していたり、信頼しすぎている)に傾いていると感じた場合には、しっかりとリスクを強調する。
逆にすごく神経質になっていたり、医療不信を感じていたりするような場合には、実際の数値などのデータをしっかり示してあげることで、その漠然と感じている不安を客観視できるようにしてあげる。
そうして、ICが終わる最後のほうでは安心と不安がきっちりとつり合っているくらいになっているのが理想だと思っています。
あ、あくまで理想なので、みんながそうはなりませんよ。
まあつまりは、誰に対しても長―い手術の同意書を順番に読んでいって、あまり目も合わせずに「全部読み切った!」みたいな説明をする医者はヤバイってことです。
ムンテラからICへ名前は変わってしまいましたが、本当に求められるものは変わっていません。
ICは同意をとるための手段ではありますが、ムンテラとしての、大事な治療の一環という役割ももちろん残っているのです。
年々増えていく文章量ばかりに気をとられることなく、「技術の一つ」と捉えて医師には腕を磨いていっていただきたいものです。
(参考)
なし
