コラム33 2歳の悪魔(?)退治
「The Terrible Twos」(魔の2歳児)という言葉をご存じでしょうか。
2歳児はなに言ってもダメ。「イヤ」しか言わない。まともにコミュニケーションはとれない。
日本語で言うところの「イヤイヤ期」というものですね。
これって世界共通なんですねー。
1. 医学生時代の経験
「アメリカにも”Terrible Two“って言葉があってね。2歳ごろの子はとても大変なんだ」
20年以上前の医学生の実習の頃に、僕はこの言葉を小児科の先生から習いました。
今では採血もそこからできる、血管への長期留置カテーテルが頻用されるようになったり、他にも様々なデバイスが出ることで楽になりましたが、一昔前の小児病棟と言えば、朝から処置室は順番待ちで大変な光景でした。
点滴や採血など、大人では一瞬で終わる処置も、子どもではひたすら押さえて頑張る。押さえないとできないし、暴れるとむしろ危険ですからね。
泣き叫ぶ子ども。漏れ聞こえるその声を聞きながら、不安げな表情で扉の外で待つ親御さん。小児病棟特有の光景ですよね。
今ではそんな処置の数がぐっと減っていますが、もちろんゼロになったわけではありません。必要なので。
そんな処置の光景を初めて見る医学生は、「うわぁ…」と引いてしまうこともあるのですが、そんな医学生に「これはどうしても必要な処置なんだよ」と言いながら、小児科の先生は「特に2歳、3歳ごろは大変なんだ」と説明してくれたのでした。
2. 子どもを朝早く外来に連れてくるのは大変
処置に限ったことではありません。
単純に「病院につれて来る」というだけでも、子どもはとても大変です。
成人は違います。
病院を受診するにしても、基本的には自分が来ればいいですからね。
大きな病院では、通常開院前にながーい行列ができています。
朝早くから並んで採血し、その結果が出てから診察になるからですね。

ちょうど出勤の時に見るのですが、真冬には極寒の中まだ薄暗い朝にも結構な行列ができていたりして、すごいな…と思ってしまいます。
そして外来自体は通常9時開始となるわけですが…。
朝9時ぴったりから小児外来に人がいっぱいで大変…なんてことにはまずなりません。
30分、1時間超えたくらいから、患者さん(患児と親御さんたち)が増え始めます。
そんなものなのです。
3. 嫌がる子どもを連れてくるには?

子育てをされたことがある方は、ほぼ全員経験されたことがあるでしょう。
何をするのも「イヤ!」と言って、してくれない子どもの姿。
「出かける前にトイレ行っとこうよ」
「イヤ!」
「もう着替えないと…」
「イヤ!」
「出かけるよー」
「イヤ!」
………。
何を言っても効果なし。
あるあるです。
しかし、実際問題時間の制限ってものはあるんですよ。
わたしはね。あなたを連れて幼稚園に行き、預けて、そして仕事に行かなくちゃいけないのよ。
出勤時間はね、なんともうあと〇分。
幼稚園でかかる時間を考えるともうギリギリ。ってゆーかもうアウトかも。
イヤ!ですむなら、わたしだってもー今日の仕事はイヤ!ですよ。
そんな心の叫びをぐっとこらえ
「もう時間ないから、出かけるよ!」
「イヤ!」
最終通告のつもりで少し強めに言ってみても、願いは通じませんでした。
さあ、どうしますかね?
4. 医学生たちの答え
「イヤ!」しか言わない子どもを連れて出かけるにはどうしますか?
ほぼ全員育児経験のない医学生に、実習の時にこう聞くと彼らは真剣に悩み始めます。
① 「お菓子でつる」、「スマホを見せて夢中にさせる」
うーん、あまり推奨できない方法ですね。
特にスマホで動画見せる方法は、最近はよく使われていて、子ども達はすごく夢中になってくれるのですが、なぜかものすごく中毒性があって(おそらく射幸性が高いんでしょうね)、ことあるごとに「スマホ!スマホ!」と要求されるようになります。
② 「「なんで行きたくないの?」と聞いてみる」
おお、話し合い系ですな。子供の心を尊重する、いいお父さんお母さんになりそうです。
でもダメです。2歳児には通じません。会話できないのでね。
「イヤ!」と言われて終わりです。
③ 「「幼稚園についたら、楽しいことがあるよ」と言う」、「「また帰ってきたらいっぱい遊ぼう」と言う」
あとで楽しみがあるよパターンですね。
でも、これも無理です。2歳児にあるのは基本的に「目の前のこと」だけであり、将来を想像して目の前のことを飲み込んだり耐える…なんて考えはないのです。
「イヤ!」と言われて終わりました。
言うことをきかない子ども。
迫る時間。
④ 「とりあえず脇に抱えて無理矢理連れ出す」
はい、アウト。
まあ、実際にはそういう家庭もあるかもしれませんが。
そして結局外に出てしまえば、ぐずっていた子供も泣き止んで、次のことに興味がうつったりもするんですけどね。
やはり泣き叫ぶ子どもを無理矢理抱えて連れ出すのは、いい行為とは言えません。
虐待しがちな親への一歩を踏み出してしまいます。
5. 「ずらし」のテクニック
じゃあどうすればいいんでしょうか?

昔からよく使われている方法で、「ずらし」のテクニックというものがあります。
例えばこの「幼稚園に行きたくない!」と言い張るイヤイヤ期の子どもには、目の前に玄関から2種類のクツを持ってきます。
そして、それを見せながら子どもに聞くのです。
「ほら、今日はどっちのクツはいて行く?指さしてー」
「こっち!」
「そっか。じゃあ、一人ではけるかなー?まだお手伝いしないとムリ?」
「できる!」
まだちょっとムスっとしながらも、その子は片方のクツを指さし、玄関に行ってはきはじめました。
なんと、いつの間にか行く流れに…。
そんなうまくいかねーよ!
と言う人もいるかもしれませんが、実際にこれでうまくいくことも多々あったりします。
まあ、これはあくまでも1例ですからね。
目の前の興味がコロコロうつりやすく、何が「イヤ!」なのかもうわけがわからなくなっているような2歳、3歳児にはこの興味をずらすやり方というのは意外なほどに効果的なものなのです。
6. 実臨床でも使えます
僕が医学生の実習でこの質問(イヤしか言わない2歳児を連れていくにはどうするか?)をするのには理由があります。別に朝あまり患者さんが来ないからって、ヒマつぶしをしているわけではありません。ほんとに。
こういう「ずらし」のテクニックは2歳児、3歳児に対してだけではなく、その他のシチュエーションでも活用できます。そして、この他にも様々な会話のテクニックがあるのです。
そのような技術を、医療面接(問診)で使うこともあります。
僕は基本的に外科医なので、手術をするのが患者さんを救うメインの手段になってくるわけですが、世の中には「医療面接」を武器にして患者さんを救う医者もいます。
心療内科の先生方なんて、その最たるものですね。
彼らが使うのは言語だけではない。沈黙や視線誘導、その他にも様々なテクニックを駆使して、まるで外科医が手術をするように「医療面接」で患者さんを治療していくんだ…と学生の頃に習いました。
つまり、問診における会話のテクニックというのは手術と同じ。医者が生涯磨いていくべき技術なんです。
…と学生に教えているのです。
診察、問診を単なる会話と捉えるのではなく、「テクニック」と捉えるかどうかの意識の違いで、学習に差がついてくる。
目の前の医者がしている診察、一つ一つの言葉や行動が「何か意味のあるテクニックである」と認識しながら実習して初めて、それを自分なりに解釈し、盗んで自分のものにしよう…という気になるんだよ。
なんて言うと、学生はとても真面目に外来で見学実習をしてくれるわけですね。
まあ、なんかすごいえらそうなこと言ったわりには、その後の自分の外来で何も考えずに単に患者さんと雑談してることが多いけど(台無し)。
(参考)
なし
