コラム62 小児外科医が患者を亡くすということ
ちょっと今日は暗いお話です。
1. 医者にとっての「お看取り」
医者というのは人の病気を治し、助けるお仕事です。
しかしそれと同時に、患者さんをお看取りするという大事な役目も担っています。
医師の死亡診断書なくして、火葬など葬儀はできません。人間というのは基本的に死ぬときには必ず医者に診てもらうことになるわけです。
つまり、医者のサイドからすると、患者さんにあまり関わることのない一部の科を除き、「死亡診断書」を書いたことのない医者というのは非常に少ないということになります。
僕は本業は小児外科医ですが、普段は外科医として他の病院の当直を行うことがあります(小児外科専門医は必ず成人の外科の専門医を持っています)。その時には成人の診察を行うわけです。なので、非常に高頻度に患者さんが亡くなる現場に立ち会い、死亡宣告を行って、死亡診断書を記載することになります。

死亡宣告にはもちろん、ちゃんと方法があります。
脈拍と呼吸が停止していることを触診と聴診で確認し、ペンライトで瞳孔が散大して対光反射がないことを確認します。そして、正確な時間を確認し、その時間での死亡を宣告するのです。そして、死亡診断書に正確にその時間や死因などを記載します。
くどいようですが、これは医者にしかできないと決まっています。
2. 小児外科医と死亡診断
では、僕の専門である小児外科医としてお看取り(死亡宣告)をすることがあるかと言われると、実は極めて少ないのです。
一般の方にはちょっと意外かもしれません。
手術ってなんだかアブナくて怖いイメージがありますからね。
「お子さんに全身麻酔で手術をします」と言うと、親御さんからはよく「失敗することってあるんでしょうか?」と聞かれたりします。
(多分に昔の医療ドラマとかの、手術終わったあとの大げさな「手術は成功しました」みたいなセリフも影響しているような気もしますが)
もちろんゼロではありません。
定義がありまして完全に手術をしている最中に亡くなってしまうことを術中死といいます。これはかなりまれですが、外傷などの出血でイチかバチか手術をせざるを得ない!というときにはあり得ます。
そこまでいかなくても、手術を受けた患者さんが手術から30日以内に亡くなってしまうことを術死(手術関連死亡)といいます。
通常、手術をしなければ生き残れたかもしれない時間を、手術で奪ってしまった可能性がある…という意味での期間設定ですね。

この手術関連死亡は昔は多かったのです。
図には赤ちゃん(産まれて1か月以内の新生児)の手術の死亡率を示していますが、僕が生まれた頃でも手術をすると赤ちゃんは4-5人に1名は亡くなっていました。
しかし今では劇的にこの割合は劇的に低下しています。先人たちの努力の成果ですね。
僕自身は、これは巡りあわせや運がかなりあるのですが、自分で執刀をした患者さんで、手術関連死亡になってしまった患者さんの数は、20年間以上小児外科医として執刀を続けていますが手の指の数までいってません。
では小児全体ではどうでしょう?

日本は恵まれた医療制度により世界トップレベルで小児の死亡率が低いですが、それでも1万人赤ちゃんが産まれたら、4-5人は4歳までに亡くなります。

原因はこのように様々ですが。
この多くのお看取りをすることになるのは小児科医なので、小児科医は小児外科医よりもずっと高い頻度で死亡診断書を書くことになるのです。辛い話ですが。
すると小児外科医は、外科医よりも圧倒的に、そして小児科医よりも、「自分の患者さんが亡くなって死亡診断書を書く」ということが少ないということになります。
3. 少ないからこそ、余計に…
じゃあ、少ないから楽か…と言われると、絶対にそんなことはありません。
逆に、少ないからこそ余計にきついのです。
小児外科でフォローをしている子というのは、たいていが自分で手術を執刀して、比喩ではなく直接命を助けた子がほとんどです。
おまけ話1 小児外科って何をする科なの?
で書いていますが、小児外科は成育医療を行う科です。
手術をしなければ100%亡くなってしまうような赤ちゃんの命を手術で救って、一生をフォローしていくのが役目。
つまり、両親の手前僭越ではありますが、自分の子どもであるのと同じくらいの想いを抱えながら診ています。
様々な原因がありますが、そういった子が亡くなっていくのを見るのは、本当に筆舌に尽くしがたいものがあります。
身を切られる思い。心に穴が開く。そんな言葉が生易しく感じられるくらい、年月が積み重なった想いの分だけ、悲しみがのしかかってきます。
先ほど言ったように、僕は幸いにしてまだそういったお子さん達の数はとても少ないですが、何年経ってもその顔を、表情を、いろんな瞬間を鮮明に思い出すことがあるのです。
最初は(辛いなぁ…)と思っていた、そういった瞬間ですが、僕は最近年を取ったせいか、(ありがとう)と思うようになりました。
ふとした瞬間にそういった子の顔を思い出せるということは、小児外科医として一生懸命に治療をした証だし、その子が心の中で生きてくれているということ。
この世からは去ってしまったけれど、おそらくその子は親だけでなく、外科医の心の中にも思い出として残ってくれているんだと思います。
ずっと忘れないでいたい。
治療に関して、「もっとああすれば良かったかも」「こうすれば良かったかも」というのはもちろんあるけれど、それを含めて心に残ってくれていることに感謝をしたいと思います。
ありがとうございます。
でも、願わくば。もう、赤ちゃんや子供は誰一人目の前で亡くなってほしくはないと日々思っています。
2025年11月に。
感謝を込めて。
