ルーツを辿って見えたもの....
「なぜ、私はこんなにも神社に惹かれるのか」
「なぜ、無機質で精巧な物に目を奪われるのか」
「なぜ、音楽やアートに触れた時に、こころゆさぶられるのか」
「なぜ、物事の『真実』を突き止めずにはいられないのか」
自分の中にずっとあった小さな不思議。
その答えを探して、私は自分のルーツを遡ってみた。
そこには、想像もしなかった物語が眠っていた。
1. 祖父が遺した「探究」というギフト

私の祖父は、歴史のロマンや真実を追い求める情熱に溢れた人だった。
私はそんな祖父を父母よりも慕っていた。
祖父は偏屈な人と言われたりもしていたが、私にはそうは映らなかった。
祖父はいつも
「なおちゃんはそのままでいいんだよ。」
と、どんな時も肯定してくれる唯一の理解者であり、私の知らない世界を教えてくれる存在だった。
自ら家系を辿り、
「うちは平家の末裔なんだよ」
という言い伝えを証明してみせた人。
地層の中からアンモナイトを発掘し、目に見えない過去の断片を繋ぎ合わせ、一つの真実を導き出す姿。
私が安藤忠雄氏の建築に惹かれるのは、余計な装飾を削ぎ落とした先に現れる「本質」を見たいから。
ファッションや、ヘアスタイルにこだわるのは、装いを通じて「本当の自分」を表現したいから。
この「なぜ?」と問い続け、本質を掘り起こそうとする力は、間違いなく祖父から受け継いだギフトだったのだと、今ならわかる。
2. 「光」と「境界」の美

平家がそのルーツとして仰いだのは、太陽の神・天照大御神。
それを知ってびっくりした。
超有名な神。
私が無意識に「明るい人」を求め、自らも光を放ちたいと思ってしまうのは、その血脈が呼応しているからかもしれない。
などと、思ってみるw
伊勢神宮、明治神宮、北海道神宮、琴似神社に惹かれ、足を運ぶのも、
先祖たちが厳しい開拓時代に心の拠り所とした場所らしく、
無意識に導かれてたのかも……?
平家の美学は、武士の強さと貴族の優雅さが同居する「境界」の美しさらしい。
平家の美学など全然知らなかったけど、調べてみたら、そこに何か私と共鳴する何かはあるだろうか?
私が好きな安藤建築のコンクリート(物質)に差し込む光(精神)の対比にも似ているのかな?
物質という器を借りて、目に見えないエネルギーを形にする。
私が長年こだわってきた美的感覚は、
遠い祖先たちが大切にしてきた感覚の一つなのかも知れない。
3. 心の地層を掘り進む

父母の代で、一度静かになったように見えていたその力強い流れを、もう一度取り戻せたらいいな〜。
明治時代、屯田兵として北海道の厳しい大地を切り拓いた先祖たちのように、
私も自分だけでも納得できる何かを残せたらいいな。
今、私は心の仕組みを学んでいる。
けれど、誰かが決めた型にはまれないかもしれない。
要らないものは削ぎ落とし、必要なものに厚みを持たせる。
こうやって自分なりの形を作っている。
祖父がアンモナイトを見つけ出したように、私は人々の心の中から、まだ見ぬ光を掘り起こしていきたい。
我ながら上手い表現w
こんなふうに言葉にすると
すんばらしい人に憧れる痛い人に聞こえるかもしれないけど、単純に挑戦して、叶えていく人を見てるのが好き。
とんでもないパワーがあって、
元気になる。
祖先のこと、血筋のことは
「ただのこじつけかもしれないけどw」
というか、多分こじつけなんだけど、それでもいい。(本家じゃないしw)
自分が諦めたりしないで進む活力になるからそう思うことにする。
私はとても単純だ。
でも単純で、素直で良かった!
どこかで冷静な自分が笑っているけれど、この「腑に落ちた」感覚こそが、私にとっての真実。
過去を悲しむためではなく、今を突き破り、新しい場所へ進むためには、こうゆう繋がりも、お守りになる。
決められたルールではなく、自分らしくいられる方法を自ら生み出すこと。
思い返せば、病に向き合った時もそうだった。
世間一般的な正解を進まず、
実験しながら、
自分が感じる直感だけを信じて治癒にまで辿り着いた。
間違ったら、また戻ればいい。
その間違いも糧になる。
それができたとき、私は自分という存在を、心から誇れる気がしている。
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