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末っ子には、僕の一文字を残した――まっきーという名前 | DECKY ARCHIVE 第39話


2018年4月4日。

Googleカレンダーを見返していると、

「まっきー 矯正相談」

という予定が残っていた。

場所は松阪の矯正歯科。

この予定を見た時、最初に思ったのは、

「そういや、まっきー、長いこと矯正しとったな」

ということだった。


矯正って、こんなにお金かかるんや

実際に最初の相談へ行ったのは、たぶんりえだったと思う。

帰ってきて、

「これぐらいかかるよ」

と聞いた時、

僕は正直、

「矯正って、そんなにお金かかるんや」

と思った記憶がある。

その後も、まっきーはかなり長い間通っていたと思う。

歯には、金具のようなものを付けていた。

細かい治療のことは、ほとんどりえに任せていた。

僕自身が毎回連れて行ったわけでもないし、治療内容を詳しく覚えているわけでもない。

だから、矯正そのものだけでは、あまり話にはならない。

でも、カレンダーに残ったこの一行を見ているうちに、別のことを思い出した。




上の二人にはしていなかった

かずきも、こうようも、歯の矯正はしていなかった。

でも、まっきーにはしていた。

今考えると、

「まっきーには、結構お金かけたな」

と思う。

別に三人を差別していたわけではない。

三人とも、もちろんかわいかった。

でも、末っ子のまっきーは、やっぱりみんなが気にかけていた。

僕もそうだった。

りえもそうだったと思う。

兄ちゃん二人から見ても、一番下の弟だった。

まっきーは、ほんとにみんなにかわいがられとった。

矯正にお金をかけたことも、今振り返れば、そんな家族の空気の一つだったのかもしれない。


そもそも、三人の名前にはそれぞれ思いがあった

子どもが生まれる時、

僕は最初から、

「自分の名前の一文字を子どもにつけよう」

と思っていたわけではない。

むしろ、そんなことは全然考えていなかった。

長男のかずきにも、次男のこうようにも、僕の名前の文字をつけようとは思わなかった。

それぞれの名前には、それぞれ別の始まりがあった。


かずきは、どっしり立つ「樹」

長男の名前を考えた時、僕が使いたかったのは、

樹木の「樹」

という字だった。

僕の父方の親族に、正樹さんという人がいる。

「正しい」の正に、樹木の樹。

長男ということもあり、その正樹さんの「樹」を一文字もらおうと思った。

最初は、

「樹」一文字で「たつき」

にしようと考えていた。

ところが、名前を見てもらった神主さんから、

「画数が足りない」

と言われた。

そこで一文字加える案を出してもらい、最終的に「かずき」という名前になった。

でも、僕の中で中心にあったのは、ずっと「樹」だった。

地面にしっかり根を張って、

どんと座ったような、大きな樹木。

そんなイメージだった。




こうようは、その樹を照らす光

次男のこうようの名前を考えた時は、

明るい人になってほしい。

太陽のように温かい人になってほしい。

そんな思いがあった。

光があって、太陽がある。

そのイメージから名前を考えた。

かずきの時と同じように神主さんにも見てもらい、画数も考えながら、今の漢字に決まった。

僕の中では、

かずきが大きな樹なら、

こうようは、そこへ光を当てる太陽。

兄ちゃんを照らしながら、自分も一緒に育っていく。

そんな兄弟の姿を、何となく思い描いていた。




三人目は、女の子が欲しいと思っていた

これは少し言いにくい話やけど、本当のことだから書いておこうと思う。

三人目の時、

僕は、

「今度は女の子もええな」

と思っていた。

だから最初の頃は、男の子の名前をほとんど考えていなかった。

でも、男の子だと分かった。

「ああ、これで三兄弟になるんやな」

と思った。

一瞬、

「四人目に女の子を」

という話も出たように思う。

でも、さすがに四人は大変や。

結局、三人兄弟になった。

そして、その一番下が、まっきーだった。


最後の子に、初めて僕の一文字を入れた

まっきーの名前を考えた時、

初めて僕は、

自分の名前の一文字を入れよう

と思った。

僕の名前の一文字。

その一文字を、まっきーに入れた。

なぜそう思ったのか。

それは、まっきーが三人の中で一番最後に生まれた子だったから。

兄ちゃんたちよりも、僕と一緒にいられる時間は、どうしても短くなる。

そんなことを考えた。

だから、

僕の一文字を、この子には残しておこう。

そう思った。

かずきにも、こうようにも、自分の字を入れようとは思わなかった。

でも、最後のまっきーには入れた。

そこには、僕なりの理由があった。




「人」という字にも、僕なりのイメージがあった

まっきーの名前には、

「人」

という字も入っている。

僕の記憶では、

人と人が支え合うような人になってほしい。

そんなイメージがあった。

三人の名前を並べて考えると、

僕の中では、いつの間にか一つの風景になっていた。

どっしりと立つ樹がある。

その樹を太陽の光が照らしている。

そして、その下には、人と人が支え合っている。

もちろん、名前を決めた当時から、ここまできれいに物語として考えていたわけではない。

後から振り返って、

「ああ、そんなイメージやったな」

と思う部分もある。

でも、それぞれの名前に込めた思いは、本物だった。




まっきーは、かわいかった

振り返れば、

まっきーはかわいかったな。

もちろん三人ともかわいかった。

でも、一番下というのは、やっぱり少し違う。

上の兄ちゃん二人もかわいがる。

親もかわいがる。

家族の中で、自然とみんなの目が向く。

2018年のカレンダーに残っていた、

「まっきー 矯正相談」

という、たった一行の予定。

その後、長い時間をかけて矯正に通って、結構なお金もかかった。

当時の僕は、

「高いなあ」

くらいに思っていたのかもしれない。

でも今見ると、その予定の向こう側に、

家族みんなで末っ子を気にかけていた時間

が見える。

そして、そのずっと前。

まっきーが生まれる時に、

僕は初めて、自分の一文字を子どもに残した。

兄ちゃんたちより、少しだけ僕と過ごせる時間が短い末っ子へ。

あの時、そんなことを考えて名前をつけた。

今となっては、

その一文字を残しておいてよかったと思う。

DECKYの一言

カレンダーには「矯正相談」としか残っていない。でも、その一行から、まっきーの名前を考えた頃まで思い出した。家族の記録というのは、案外そんなところに残っとるんやな。




そして、2026年の夏


朝5時過ぎ。

いつものように家を出て、神社を回り、お寺へ行き、最後に両親の墓へ向かった。

今回は、まっきーも一緒だった。

歩きながら、いろんな話をした。

昔のこと。

家族のこと。

そして、これからの仕事のこと。

今、まっきーは就職活動をしている。

自分なりにいろいろ考えているようだった。

兄ちゃん二人は、それぞれ自分で仕事を始め、今は二人とも会社をやっている。

だからといって、まっきーにも同じ道を歩けと言うつもりはない。

ただ、これから人口がどう変わっていくのか。

仕事の形がどう変わっていくのか。

どこかの会社へ入るだけではなく、自分はどう生きていきたいのか。

そんな話を、歩きながらした。

両親の墓にも一緒に手を合わせた。

僕にとっては父と母。

まっきーにとっては、おじいちゃんとおばあちゃん。

その墓の前まで、将来のことを話しながら歩いた。

あの朝の話が、まっきーにとって何かを決める答えになるとは思っていない。

でも、これから自分の道を考えていく時に、ほんの少しでも何かのきっかけになればいい。

そんなことを思った。

そのあと、まっきーを駅まで送り、特急に乗るのを見送った。

今回の帰省は、ほんの数日だった。

昔、赤ちゃんだったまっきーを抱きながら、

「この子とは、兄ちゃんたちより一緒にいられる時間が少し短いんやな」

と思った。

あれからずいぶん時間が経った。

そして今は、そのまっきーと並んで歩きながら、これからの人生について話している。

名前に僕の一文字残した末っ子。

その子が今、自分の人生を自分で考え始めている。

昨日の朝は、そんな時間だった。

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