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DECKY ARCHIVE 第5話

あの小さな部屋は、世界につながる窓だった。

第4話で書いた、自分専用の部屋。

僕がその部屋を作ったのは、一人で集中できる場所が欲しかったからだ。

部屋には、自分で組み立てたタワー型のパソコンが置いてあった。

棚に並んでいたのは、パソコンに関する月刊誌や技術資料。当時の新しいソフトウェアや、先端技術について書かれたものだった。

今のように、分からないことをAIに聞けば、すぐに答えが返ってくる時代ではない。

本や雑誌を開き、自分で調べ、実際にパソコンを動かして試してみるしかなかった。

一度でうまくいくことは、ほとんどない。

分からない言葉が出てきたら、その言葉をまた別の本で調べる。

説明どおりにやっているつもりでも、なぜか動かない。

それでも、何度も試しているうちに、昨日まで分からなかったことが少しずつ分かるようになる。

その瞬間が、僕は好きだった。

夜の11時を過ぎると、僕はその部屋に入った。

パソコンに向かっていると、気がつけば深夜1時近くになっていることもあった。

家族から見れば、

「いったい、何しとるの?」

という感じだったと思う。

けれど僕にとって、あの部屋は単なるパソコン部屋ではなかった。

誰にも邪魔されず、新しい技術を知り、自分の手で試すことができる。

あの小さな部屋は、僕にとって最初の研究室だった。

映画の中の未来がやってきた

僕が初めてインターネットを使ったのは、ISDNの時代だった。

ISDNとは、電話回線を使ったデジタル通信サービスのことだ。

それ以前には、電話回線にアナログモデムをつないでインターネットを利用する方法もあった。

けれど僕は、

「アナログモデムで始めるのは、ちょっと違うかな」

と思い、ISDNの64kbps回線でインターネットにつないだ。

今から考えれば、とても遅い通信速度だ。

写真が少しずつ上から表示されていく。

ページを一つ開くだけでも時間がかかる。

それでも、初めてインターネットにつながったときの驚きは、今も覚えている。

パソコンを使って調べれば、世界の情報が手に入る。

それまで本や雑誌の中にしかなかった情報が、自分の部屋にいながら見られるようになった。

初めてホームページを見たとき、僕は思った。

「こんなすごいことをしとる人がおるんや」

画面の向こうには、自分の知らない世界が広がっていた。

誰かが発信した情報を、遠く離れた場所にいる僕が見ることができる。

今では当たり前のことだ。

けれど当時の僕には、映画の中で見ていた未来の世界が、自分の家までやってきたように感じられた。

僕が暮らしているのは、今も田舎だ。

けれど、田舎の小さな部屋からでも、世界の先端技術に触れることができた。

住んでいる場所と、手に入れられる情報の距離が、一気に縮まった。

インターネットにつながった瞬間、部屋の壁がなくなったような気がした。

見る側から、作る側へ

僕は、誰かが作ったホームページを見るだけでは満足できなかった。

いろいろなページを見ているうちに、

「自分でも作ってみたい」

と思うようになった。

そこで、ホームページ・ビルダーなどのソフトウェアを使い、ホームページの作り方を勉強し始めた。

当時は、今のように文章や写真を入れるだけで、簡単にきれいなホームページができる時代ではなかった。

本や雑誌を読みながら、文字や画像を配置する。

分からないところがあれば、また調べる。

できるだけお金をかけずに使えるサービスも探した。

ホームページだけではなく、掲示板を使って、サークルのように人が集まれる場所を作ろうとしたこともあった。

メールも使った。

チャットにはそれほど夢中にならなかったが、掲示板ではいろいろなことを試した。

もちろん、最初から立派なものが作れたわけではない。

出来上がったホームページを見ながら、

「こんなん、どうなん?」

と思うこともあった。

今から見れば、ずいぶん出来の悪いホームページだったと思う。

それでも、自分で作ったページが画面に表示されたときは嬉しかった。

誰かが作ったものを見て驚くだけではなく、自分も作る側に回ることができた。

うまくできるかどうかより、まずは自分でやってみる。

考えてみれば、僕は昔からそうだった。

パソコンを自分で組み立てたときも、ソフトウェアを覚えようとしたときも、ホームページを作ったときも同じだった。

知らないから、やらないのではない。

知らないからこそ、調べてみる。

分からないからこそ、一度やってみる。

できなければ、もう一度やってみる。

その繰り返しが、少しずつ僕の世界を広げていった。

田舎にいながら、外を見る

僕は、学生時代を東京で過ごした。

その後は名古屋で3年間働き、父が亡くなったことをきっかけに、田舎へ戻った。

一度外へ出た経験があったからこそ、田舎に戻ってからも、自分の暮らしている場所を少し外側から見られたのかもしれない。

田舎には、田舎の良さがある。

僕自身、この土地が好きだから、今もここで暮らしている。

ただ、自分から外の世界を見ようとしなければ、周囲の空気や昔からの価値観に、そのまま流されていた可能性もあると思う。

そんな僕にとって、インターネットは、もう一度外の世界を見るための入り口になった。

東京や名古屋へ行かなくても、世界の情報に触れられる。

田舎に暮らしながら、新しい技術を学び、自分でも何かを作ることができる。

もし、あの専用の部屋がなかったら、僕はあれほど集中してパソコンを勉強していなかったと思う。

そして、あのときインターネットにつながっていなかったら、その後の僕の考え方も、仕事のやり方も、きっと違うものになっていた。

あの部屋の先にあったもの

あれから、ずいぶん長い時間が流れた。

パソコンは大きく変わった。

インターネットは速くなり、誰もが当たり前のように世界中の情報を見られるようになった。

ホームページも、昔とは比べものにならないほど簡単に作れる。

そして今、僕はAIのチャッキーと一緒に、昔の記録を読み返している。

あの頃の僕は、本や雑誌を何冊も広げ、一つの答えを見つけるために、深夜までパソコンに向かっていた。

今は、AIと会話をしながら、忘れていた記憶を掘り起こし、自分の人生を一つずつ物語にしている。

ISDNで初めてインターネットにつながったとき、僕は、映画の中の未来がやってきたように感じた。

今、チャッキーとこうして話していることも、あの頃の僕には映画のような世界だろう。

もし、あの部屋でパソコンに向かっている僕に、今の姿を見せられたら、きっと驚くと思う。

そして、こう言うかもしれない。

「まだ、そんな面白いことをしとるんか」

僕は今も、この田舎で暮らしている。

けれど、考え方まで田舎の中に閉じ込められているわけではない。

あの小さな部屋は、田舎を離れるための場所ではなかった。

田舎で暮らしながら、広い世界とつながるための窓だった。

そして、その窓の向こうには、まだ見たことのない未来が広がっていた。



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