DECKY ARCHIVE 第12話三か月で約200件。僕は町中を走り回っていた。
前回、2014年のEvernoteに残っていた仕事の記録を見ながら、当時の僕にとってEvernoteは、単なるメモ帳ではなく、頭の中にある仕事場のようなものだったと書いた。
では、実際にどれほど使っていたのか。
今回は、2014年6月から8月までの三か月間だけを取り出してみることにした。
三か月ぐらいなら、すぐに見終わると思っていた。
ところが、一覧を表示してみると、名前と作業内容が画面いっぱいに並んだ。
テレビの故障調査。
インターネットがつながらないという連絡。
ケーブルテレビの機器交換。
引込線の撤去。
エアコンの取付けや修理。
冷蔵庫や洗濯機の配達。
照明、ウォシュレット、食器洗い機、防犯灯。
学校、病院、会社、店舗、一般の家庭。
確認できただけでも、三か月で約200件近い記録が残っていた。
しかも、検索の上限に達しているため、これですべてではない可能性もある。
今の僕がこの数字を見ると、
「よう、これだけ動いとったな」
と、少し驚いてしまう。
けれど、当時の僕にとっては、これが特別な毎日ではなかった。
朝、会社へ行く。
電話が鳴る。
名前、住所、故障の内容、希望の時間を聞く。
それをEvernoteに記録する。
必要な道具や部品を車に積んで、現場へ向かう。
一件終われば、また次の現場へ走る。
「テレビが映らん」
「インターネットがつながらん」
「エアコンが冷えん」
「冷蔵庫が壊れた」
今なら、メーカーのサービスセンターや大型店へ連絡する人も多いと思う。
けれど、あの頃の地域では、何か困ったことがあると、まず地元の電気屋に電話がかかってきた。
専門の範囲を少し越えていても、
「デッキーに聞いたら、何とかしてくれるやろ」
そんなふうに思ってもらっていたのかもしれない。
特に7月の記録は多かった。
夏になれば、エアコンの取付けや修理が一気に増える。
冷蔵庫が故障すれば、食べ物が傷んでしまう。
エアコンが止まれば、暑い家の中で何日も待ってもらうわけにはいかない。
テレビやインターネットの故障もある。
洗濯機やウォシュレットの交換もある。
予定をきれいに組んで、その通りに一日が進むわけではない。
急な連絡が入り、予定が変わり、部品を取りに戻り、もう一度現場へ向かう。
Evernoteに残っている記録は、とても短い。
「エアコン取付け」
「宅内故障調査NET」
「CM交換」
「照明取替え」
名前と住所、そして数文字の作業内容だけ。
それでも当時の僕には、それで十分だった。
名前を見れば家の場所が浮かんだ。
住所を見れば、どの道から入るか分かった。
作業内容を見れば、持っていく道具や部品を想像できた。
Evernoteに全部を書かなくても、残りの情報は僕の頭の中に入っていた。
今思えば、Evernoteと僕の頭が一つの仕事管理システムになっていたのだと思う。
けれど、この三か月に残っていたのは、会社の仕事だけではなかった。
A-Connectionの総会や理事会、懇談会。
創業補助金の資料。
雇用に関する助成金。
事業計画書。
そして、消防団の会議や夜間訓練、自主防災会議、夏祭りの電気工事、消防団の警戒。
昼間は電気屋として町を走り、夜になれば消防団の服に着替える。
別の日には、A-Connectionの会議へ行く。
会社の代表としての自分。
地域の電気屋としての自分。
消防団員としての自分。
新しい活動を始めようとしていた自分。
一日の中で、いくつもの役割を切り替えていた。
当時は、それを大変だとはあまり思っていなかった。
やることがあれば動く。
電話が鳴れば出る。
頼まれれば現場へ行く。
会議があれば参加する。
それが当たり前だった。
忙しいと感じる余裕すら、なかったのかもしれない。
今の僕は、脳出血の後遺症があり、あの頃のように現場を走り回ることはできない。
右半身に麻痺が残り、歩くだけでも体調を考えながら動いている。
だからこそ、過去の記録に並ぶ一件一件が、以前とは違って見える。
あの頃の僕は、町のあちらこちらへ出かけていた。
山を越え、川沿いを走り、家から家へ移動していた。
暑い屋根の上に上がることもあった。
狭い場所に入り、配線を調べることもあった。
重い家電を運ぶこともあった。
それでも、次の電話が鳴れば、また車を走らせた。
Evernoteを使っていた当時は、未来の自分がこの記録を読み返すとは思っていなかった。
まして、自分が現場へ出られなくなったあとに見ることになるとは、考えたこともなかった。
仕事を整理するために残した記録。
忘れないために書いた短いメモ。
それが十二年後、あの頃の自分がどれほど動き、どれほど多くの人と関わっていたのかを教えてくれている。
一件一件は、たった一行しかない。
けれど、その一行の向こうには、困っていた人の暮らしがあった。
そして、その暮らしを元に戻そうと、町中を走っていた僕がいた。
この三か月の記録は、単なる仕事の一覧ではない。
電気屋として働いていた僕の記録であり、消防団や地域活動に関わっていた僕の記録であり、あの頃の町の暮らしを残した記録でもある。
一覧を眺めながら、僕はあらためて思った。
あの頃の僕は、一日にいくつもの役割を背負いながら、それでも前へ進み続けていた。
そしてEvernoteは、そんな毎日を黙って覚えていてくれた。
最後の一言
忙しさの中では見えなかった自分の足跡を、十二年後のEvernoteが教えてくれた。
