DECKY ARCHIVE 第13話 次の仕事をつかむために、僕は動いた
2014年後半のEvernoteを見返していると、これまでとは少し違う言葉が目につくようになった。
「光配線システム」
「光引込工事」
「施工方法変更」
「ONU設置手順」
「V-ONU設置工事」
光ファイバーに関する資料が、少しずつ増えている。
ONUとは、光ファイバーで届いた信号を、家庭の中で使える通信信号に変える機器のことや。
今では光回線があるのは当たり前になったけれど、当時はまだ、ケーブルテレビの設備が光ファイバーへ変わっていく途中だった。
これまで使ってきた同軸ケーブルとは、工事の方法も、使う道具も、必要な知識も違う。
仕事の仕組みそのものが、大きく変わろうとしていた。
その話を聞いた時、僕は思った。
このまま今までの仕事だけを続けとったら、いつか仕事がなくなるかもしれん。
新しい工事が始まっても、その技術を持っていなければ声はかからない。
待っているだけでは、仕事は来ない。
それなら、自分から動くしかなかった。
光ファイバー工事に必要な講習があると聞けば、一人で受けに行った。
光ケーブルの扱い方。
接続の方法。
測定器の使い方。
施工する時の決まり。
今までやってきたテレビ配線や電気工事の経験だけでは分からないことも多かったと思う。
それでも、これから必要になる仕事なら、覚えるしかない。
誰かが手取り足取り教えてくれるわけでもない。
分からないことは講習で聞き、資料を集め、自分なりに勉強した。
けれど、技術を覚えただけでは仕事にはならない。
講習を受けたからといって、自動的に工事を任せてもらえるわけではなかった。
工事を発注する側や、現場をまとめる側、ケーブルテレビの技術に関わる人たちのところへ何度も足を運んだ。
「光ファイバーの工事が始まったら、うちも使ってください」
そうお願いした覚えがある。
打ち合わせがあると聞けば参加し、これからどんな方法で工事を進めるのかを聞いた。
どんな工具を用意すればいいのか。
どんな材料が必要なのか。
どのような技術を身につけておかなければならないのか。
仕事に入れてもらえる保証はなかった。
それでも、何もしなければ声がかかることはない。
何度も話をしに行き、どうにか工事に使ってもらえるよう、自分から動いた。
振り返ってみると、あの頃は必死やったんやと思う。
会社を続けていくためにも、次の仕事を見つけなければならなかった。
今までの仕事にしがみつくだけではなく、時代の変化に合わせて、自分たちの仕事も変えていく必要があった。
2014年のEvernoteに光ファイバー関連の資料が増えているのは、その結果なのだと思う。
住宅向けの光配線資料。
引込工事の施工手順。
光ケーブルテレビの申込みに関する記録。
設置する機器の説明書。
一つひとつは、ただの技術資料に見える。
けれど、今になって見れば、それは僕が新しい仕事に入ろうとして動いていた証拠でもある。
ただ、その頃にやっていたのは、光ファイバーの準備だけではなかった。
普段の電気工事や家電の仕事を続けながら、住宅のリフォーム工事にも関わっていた。
Evernoteには、一軒のリフォーム工事をまとめた専用のノートブックが残っている。
解体を始めた日。
工事前のトイレや風呂場。
使う予定の材料。
配管や配線の図面。
既存のケーブルテレビ設備。
エアコンの裏側。
天井の設備配置。
平面図や立面図。
写真と図面を組み合わせながら、一軒の家の工事内容を細かく残していた。
天井の設備配置を示す図面は「天伏せ図」と呼ばれる。
天井を下から見上げた形で、照明や換気扇などの位置を記した図面や。
当時は、現場で必要になる情報を、忘れないようにEvernoteへ入れていただけやったと思う。
けれど、今見ると、Evernoteの使い方も変わってきている。
最初は、電話で受けた仕事を忘れないためのメモだった。
その後、完了した仕事を残す記録になった。
そしてこの頃には、写真、図面、材料、施工方法までまとめる、現場管理の道具になっていた。
一軒の家を、まるごとEvernoteの中に入れるような使い方をしていた。
光ファイバーという新しい仕事を追いかけながら、目の前ではリフォーム工事を進める。
新しい技術を覚えるために講習へ行き、仕事に入れてもらうために人に会いに行く。
その一方で、現場では壁や天井の中に通す配線を考え、図面を確認し、工事の記録を残す。
新しい仕事だけを見ていたわけではない。
目の前にある仕事を一つずつこなしながら、その先にある仕事もつかもうとしていた。
今になって思えば、仕事の幅を広げようというより、仕事を途切れさせないために必死だったのかもしれない。
時代が変われば、必要とされる技術も変わる。
昨日まで通用していたやり方が、明日も通用するとは限らない。
だから、分からないことでも勉強した。
知らない技術でも覚えようとした。
使ってもらえるか分からなくても、お願いに行った。
仕事というものは、待っていたら誰かが持ってきてくれるものではない。
特に、時代が大きく変わる時はそうやった。
自分から動き、技術を身につけ、人とのつながりを作り、ようやく次の仕事の入口に立つことができる。
2014年後半のEvernoteに残る光ファイバーの資料と、リフォーム工事の写真や図面。
それは単なる古い仕事の記録ではない。
変わっていく時代の中で、どうにか仕事をつなごうとした、あの頃の僕の足跡やった。
最後の一言
新しい仕事は、待っているだけでは来ない。
あの頃の僕は、次の道をつくるために、自分の足で動いていた。
