両親が残した「あじさいの道」 DECKY ARCHIVE 第19話
Evernoteに残っていた記録を、作成された日付の順番に見返していた。
2015年のクリスマスパーティーや、消防団の年末警戒。
自分が地域の中で動き回っていた記録が続いたあと、時代は2016年に入っていった。
その中で、僕の目が止まった記録があった。
そこに残っていたのは、母が地域の活動について話しているインタビューだった。
母は当時、「あじさいの道ほほえみ会」の会長をしていた。
地域の道沿いにあじさいを植え、手入れを続け、花が咲く景色を守っていた会だった。
その写真を見た瞬間、僕はとても懐かしい気持ちになった。
「ああ、こんなこともしていたな」
そう思うと同時に、父と母が地域のために動いていた姿が次々と思い出された。
僕の両親は、有名になろうとして活動していたわけではない。
誰かに褒めてもらうためでもなかったと思う。
自分たちが暮らしている地域を、少しでもきれいにしたい。
通った人に、少しでも喜んでもらいたい。
ただ、その気持ちで動いていたのだと思う。
あじさいは、植えたら終わりではない。
草を刈り、枝を整え、毎年手入れを続けなければならない。
花が咲いている時期だけを見れば華やかだが、その景色の裏側には、長い時間をかけた地道な作業がある。
父も母も、そんな活動を黙々と続けていた。
今になって思うと、僕が地域の行事や消防団、PTAなどに一生懸命になったのも、両親の姿を見て育ったことが大きかったのかもしれない。
誰かに頼まれたから動くのではなく、
「自分がやらなければ」
と思ったら、まず動いてみる。
その姿勢は、父と母から受け継いだものだったのだと思う。
記録を残していた当時は、そこまで深く考えていなかった。
ただ写真を撮り、母の話を残しただけだった。
しかし、何年も経ってから見返すと、それはただの地域活動の記録ではなかった。
そこには、両親が生きた時間が残っていた。
そして、二人が地域に残したものが、今も静かに続いていることに気づかされた。
あじさいが咲く季節になると、多くの人は花を見る。
けれど僕は、その花の向こう側に、父と母の姿を見る。
暑い中で草を刈る姿。
みんなで相談しながら苗を植える姿。
花が咲いたことを喜ぶ姿。
あじさいの道は、ただ花が並んでいる道ではない。
僕にとっては、両親がこの地域で生き、誰かのために動いた証しが残る道だった。
Evernoteを見返していなければ、この記録も、いつか記憶の奥に埋もれていたかもしれない。
残しておいて、本当によかったと思う。
そして、この話には、まだ続きがある。
母がインタビューで語っていたこと。
父と母が、どのような思いで活動を始めたのか。
あじさいの道ができるまでに、どんな出来事があったのか。
その話は、特別編として、もう少し詳しく残しておきたいと思う。
両親が地域に残したものを、僕自身の記憶と一緒に、きちんと書き残すために。
