長男を広島へ送り出した春——一人分の空席が大きかった|DECKY ARCHIVE 第22話
2016年4月。
長男のかずきが、広島で大学生活を始めることになった。
広島大学を受験した時は、僕とかずきの二人で広島へ行った。
せっかく息子と二人で広島まで来たのだから、広島で一番ええホテルに泊まらせてやりたい。
そんな気持ちで選んだのが、リーガロイヤルホテルだった。
試験が終わった夜には、ホテルの鉄板焼きを二人で食べた。
その時は、まだ合格するかどうか分からなかった。
それでも僕にとっては、長男と二人で過ごした、忘れられない広島の夜になった。
そして、かずきは無事に広島大学へ合格した。
もちろん、うれしかった。
ただ、合格したということは、かずきが三重の家を離れるということでもあった。
喜びが少し落ち着くと、今度は広島での新生活に向けた準備が始まった。
長男の新生活が始まる
クロネコのコンテナに詰めた新生活
かずきが入るのは、大学の寮だった。
普通の一人暮らしとは違い、机や洗濯機などを一からそろえる必要はなかった。
持っていく大きなものといえば、小さな冷蔵庫くらいだったと思う。
あとは衣類や布団、身の回りの日用品があれば、とりあえず生活を始められる。
荷物は、クロネコヤマトにあった引っ越し用のサービスを利用した。
正式な名前までは覚えていないが、1メートル20センチから1メートル50センチ角くらいのコンテナに荷物を積み、そのまま運んでもらう仕組みだった。
冷蔵庫や衣類、日用品などをまとめて、一つのコンテナへ積み込んだ。

息子一人を送り出す荷物としては、思っていたより少なかった。
けれど、その中には、かずきが初めて親元を離れて暮らすために必要なものが詰まっていた。
まーしくんとステップワゴンで広島へ
Googleカレンダーを見ると、引っ越しのために予定を取っていたのは、4月1日から3日までになっている。
広島へ向かった車は、ハイエースではなく、当時乗っていたステップワゴンだった。
そして、この広島行きには、僕の友達のまーしくんも一緒に来てくれた。
「引っ越し、手伝ったるわ」
そんな感じだったと思う。
まーしくんは、かずきだけではなく、こうようやまっきーのことも、小さい頃からずっと可愛がってくれていた。
うちの三人の息子にとって、親戚のような存在だった。
だから、かずきが家を出る大きな節目に、一緒に来てくれたことはありがたかった。
とはいっても、実際のところは、引っ越しの手伝いというより、ほとんど一緒に遊びに行ったようなものだった(笑)。
寮で始まる、かずきの新生活
広島へ着くと、まずは寮へ向かった。
クロネコヤマトで送った荷物を受け取り、かずきの部屋へ運び込んだ。
冷蔵庫を置き、衣類や日用品を片づける。
荷物が部屋に収まっていくにつれて、何もなかった部屋が少しずつ、かずきが生活する場所になっていった。

それまで、子どもが家にいるのは当たり前だった。
朝になれば顔を合わせ、夜になれば家へ帰ってくる。
特別な話をしない日があっても、同じ家の中にいる。
その当たり前が、これから変わる。
かずきは、この寮で暮らし、自分で朝起きて大学へ行き、自分のことを自分でするようになる。
食事はきちんと食べるのか。
洗濯はちゃんとするのか。
大学の授業についていけるのか。
友達はできるのか。
親として考え始めれば、心配はいくらでも出てくる。
それでも、いつまでも親がそばにいるわけにはいかない。
かずきが、自分の力で生活を始める時が来たのだと思った。
引っ越しのはずが広島観光へ(笑)
まーしくんと歩いた広島の町
寮での準備がひと段落すると、せっかく広島まで来たのだから、少し観光もすることにした。
まーしくんも一緒だったので、引っ越しだけで帰るような旅にはならなかった。
広島市内へ移動し、商店街のようなところを歩いた。
原爆ドームや広島城にも行った。
僕もそれまで広島をゆっくり見たことがなかったので、かずきの引っ越しで来たとはいえ、初めて見る場所が多かった。
宮島にも渡った。
厳島神社のある、広島を代表する観光地である。
宮島では、名物の穴子丼を食べた。
「あなご丼って、こんな感じなんやな」
初めて食べた時の印象は、そんなものだったように思う。
広島へ来たからには、お好み焼きも食べなあかん。
そう思って、広島駅の近くだったか、お好み焼き屋へ入った。
麺をそばにするか、うどんにするかを選べた。
僕は、うどん入りを頼んだ。
本場の広島のお好み焼きということで、かなり期待していたのだと思う。
ところが、食べてみると、
「そこまで言うほどでもないな」
というのが、正直な感想だった(笑)。
もちろん、その店や注文した組み合わせにもよったのだと思う。
今なら別の店も試してみようと思うのかもしれないが、その時は「広島のお好み焼きって、こんなもんなんかな」と感じた覚えがある。
引っ越しに来たのか、観光に来たのか分からないような広島での時間だった。
けれど、今になって振り返ると、それでよかったのだと思う。
寮へ荷物を運び込んで、すぐに別れるだけでは寂し過ぎる。
まーしくんも一緒に広島の町を歩き、名物を食べ、笑いながら過ごした。
それは、かずきが大学生活を始める前に一緒に過ごした、最後の家族旅行のような時間だった。
親元を離れていく長男
大勢の中から息子を見つけた母
4月3日は、広島大学の入学式だった。
入学式には、りえが朝から新幹線で広島へ向かった。
会場には、新入生だけでも数千人が集まっていた。
保護者まで合わせれば、ものすごい数の人だったと思う。
僕はあとから、りえがスマートフォンで撮った写真や動画を見た。
広い会場には、本当に大勢の学生が並んでいた。
その映像を見た時、僕は思った。
「この中から、かずきを探すんか」
どこを見ても人ばかりである。
僕なら、あの人数の中から見つけられたかどうか分からない。
ところが、りえは、その大勢の中からきちんとかずきを見つけ出し、スマートフォンで撮影していた。

「よう見つけたな。大したもんやな」
素直にそう思った。
何千人という人の中にいても、自分の子どもだけは分かる。
やっぱり母親やなと思った。
画面の中にいるかずきは、もう高校生ではなかった。
広島大学の新入生として、大勢の仲間たちと並んでいた。
これから、僕たちの知らない場所で、僕たちの知らない人たちと出会い、自分の人生を歩いていく。
親として頼もしく思う一方で、少し遠くへ行ってしまったようにも感じた。
一人分の空席を乗せた帰り道
かずきを寮へ残し、三重へ帰る時が来た。
広島へ向かう時には、ステップワゴンにかずきが乗っていた。
しかし、帰りには、その席にかずきはいない。
荷物を載せていたわけではないので、車の中の広さは、行きも帰りも変わらない。
それでも、一人分の空席は大きかった。

「本当に、広島へ置いてきたんやな」
広島から離れるにつれて、その実感が少しずつ湧いてきた。
大学に合格したことは、うれしい。
自分の行きたい道へ進めたことも、親として本当にうれしかった。
けれど、子どもの成長を喜ぶことと、手元から離れていく寂しさは、別々のものではなかった。
大切に育ててきたからこそ、うれしい。
そして、大切に育ててきたからこそ、寂しい。
親は、子どもを育てながら、いつか送り出す日の準備をしている。
頭では分かっていても、実際にその日が来ると、簡単に割り切れるものではなかった。
うれしさと寂しさが重なった春
長男を広島へ送り出した、2016年の春。
寮へ運び込んだ、小さな冷蔵庫とわずかな荷物。
まーしくんと一緒に回った、広島の町。
宮島で食べた穴子丼。
期待したほどではなかった、うどん入りのお好み焼き。
そして、大勢の新入生の中から、かずきを見つけ出したりえ。
一つひとつは、何気ない出来事だったかもしれない。
けれど、僕にとっては、かずきが自分の人生を歩き始めた、大切な春の記憶である。
そして、この春、新しい一歩を踏み出したのは、かずきだけではなかった。
こうようは松阪高校へ進学し、まっきーも中学生になった。
長男は大学生、次男は高校生、三男は中学生。
わが家の三人の息子たちが、それぞれの道へ進み始めた春だった。
その話は、また次に書こうと思う。
